またマツダからのサプライズとして、同施設の所蔵車を見学する時間も与えられました。
歴代のマツダRE車、コンセプトカーなどがズラリと並び、圧巻の光景でした。
トークショーののち、オーナー同士の交流の時間として、会場の屋外ギャラリースペースでの歓談時間が設けられました。ボディカラーごとに並べられたFD3S型RX-7たちを前に、小早川さん、小野さんを交えてオーナーたちのトークに華が咲きました。
FD3Sの最終生産は2002年8月26日。最後の1台はチタニウムグレーのスピリットRタイプA。その日からもすでに15年が経過しています。色とりどり、年式ごとに異なる仕様、オーナーによるモディファイと、さまざまな顔を覗かせるFD3S。しかしその色褪せることのない美しさは、年月を経て唯一無二のものへと昇華しているようでした。
50周年とマツダREにとって象徴的な1年であった今年の12月20日、技術者としてマツダREの黎明期から開発にあたり、その後、マツダの社長、会長を歴任した、山本健一さんが逝去されました。
12月25日と年末に報ぜられたマツダREの父ともいえる山本健一さんの訃報。
悲しみの中ではありますが、本年、マツダRE50周年に世界各地で開催されたロータリー関連イベントを眺めてみれば、いまなお数多くのロータリーファンが世界中でロータリーサウンドを轟かせていることがわかります。
ロータリー四十七士と呼ばれたRE研究部。その部長であった山本健一さん。
実用化は困難であると言われたREは、1967年5月30日、マツダ(当時の東洋工業)によってコスモスポーツとともに世に羽ばたき、現在(2012年6月22日)までに199万7366台のRE車が生産されています。
その礎を築いた山本さんの功績を讃えるとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。