アスカ・ディーゼル・ターボが男気速度記録に挑んでいた!【OPTION1984年1月号より・前編】

午後6時10分、突然のピットイン。異音が発生、あわただしい点検作業が行われ、約2分後にピットアウトしていった。雨が激しさを増した午後7時16分、今度は予定のピットイン。ドライバー交代、給油と、溝の深いレインタイヤに交換。2分間のピットインだ。

夜間になるとペースダウンする。ラップタイムで1秒、約1km/h程度ダウンする。雨による走行抵抗の増加で、エンジン回転が4350rpmに落ち、アベレージで2~3km/h落ちとなる。が、断続的に降っていた雨は、夜中の11時ごろに上がった。暗闇の中、孤独な疾走が続く。

夜が明ける。路面は完全なドライになる。予定外のピットストップによるロスタイムを取り戻すべく、ドライバーはペースを上げた。順調にゴールを目指していたアスカだが、午後2時、ゴールまであと十数分のところで油温上昇。「4280rpmに抑えろ」との指示を出し、ラップタイムを1分35秒台にペースダウンする。

そして10月22日午後2時41分、無事5000kmを走破したアスカ・ディーゼル・ターボはゴール、この静かなドラマは幕を閉じた。

5000kmを205.35km/h、24時間を205.35km/hで走り切ったわけだ。なお、燃費は7.7km/Lであった。

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谷田部を24時間走る・・・レースではなく、スピードチャレンジで。淡々と、ドライバーもメカニックも自己との戦いか。次回【後編】では、チャレンジしたアスカ・ディーゼル・ターボを紹介します。

[OPTION 1984年1月号より]

(Play Back The OPTION by 永光やすの)

 

この記事の著者

永光やすの 近影

永光やすの

「ジェミニZZ/Rに乗る女」としてOPTION誌取材を受けたのをきっかけに、1987年より10年ほど編集部に在籍、Dai稲田の世話役となる。1992年式BNR32 GT-Rを購入後、「OPT女帝やすのGT-R日記」と題しステップアップ~ゴマメも含めレポート。
Rのローン終了後、フリーライターに転向。AMKREAD DRAGオフィシャルレポートや、頭文字D・湾岸MidNight・ナニワトモアレ等、講談社系車漫画のガイドブックを執筆。clicccarでは1981年から続くOPTION誌バックナンバーを紹介する「PlayBack the OPTION」、清水和夫・大井貴之・井出有治さんのアシスト等を担当。
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