「拝啓、clicccar編集長様。やっと待ち兼ねたご注文頂きました。」
ジェイムズ・ボンド、女王陛下秘密機関ダブルオー・セヴン(007)のクルマには思い入れがあります。1964年4月、私の自動車もの書き商売はじめのストーリーものでした。イアン・フレミング原作の純正ボンド・カー群から書き出しました。まずはそこから。
さて、ボンド・カーというと映画のアストン・マーティンを連想するでしょう。1959発刊『ゴールドフィンガー』でボンドが乗るのは DB3でした。これは00部門所有のいわば公用車ですが、海軍中佐階級のボンド好み“バトルシップ(戦艦)グレイ”塗色です。映画のDB5のような大仕掛けと比べると、敵車に体当たりでくる頑丈なフロントバンパー、光色を変えられるヘッドランプ、コルト45ピストルを収めた隠しボックス程度です。
ボンド個人の所有で、フレミング作品中、大活躍するのが2台のベントレーです。これぞ正真正銘ボンド・カーといえるでしょう。まずは、1933年ボンド(彼の真の歳が判ります)がほとんど新車状態で手に入れた4½ブロワーです。ベントレー設計者、W.O. ベントレーは過給化を嫌いましたが、ベントレーでル・マンを3回優勝したドライバーで同社長ウールフ・バーナートとエンシュー女性富豪ドロシー・パジェットがスーパーチャージャーでパワーアップさせ半ば強引に55台製作させました。
また、フレミングは4 ½ ブロワーのラジエーター前に突き出したスーパーチャージャーの製作者、アムハースト・ヴィリアースと親交があったということです。
イアン・フレミングは、ロイター通信記者時代、ル・マンでのベントレーとメルセデス・べンツの激闘を観戦し、ボンドはベントレーを駆り超悪玉のメルセデス・ベンツ300Sを追跡中、戦前ルマンの2車の激闘を連想します。ところが悪漢の奸計でボンド/ブロワーは、クラッシュ、修復不可能となります。
300Sは戦前戦後のシルバーアロウ、メルセデスGPカー設計開発者、ルドルフ・ウーレンハウトの戦後の力作、SOHC燃料噴射直6、全輪独立サスで、エットーレ・ブガッティがトラックと評したベントレーで追うのは常人の技ではありません。
通りかがりの1932アルファ・ロメオ8Cスポーツカーのドリッチ若者ドライバーが生死を賭けたチェイスとは知らず路上レースに参加、気の毒なことに彼もクラッシュします。
今回は、オールディをお見せしましたが、今後は映画に出てくる我らの007とボンド・カー、どんどん若くなります。
(山口京一)