見れば納得! 鮫やエイがテーマの歴代「コーベット」

前回は小魚カーでしたが、今回は、大物クルマ、造った人たちです。

GM2代目デザイン役員ビル・ミッチェルと"1959ミッチェル・スティング・レイ・レーサー"(左)と1961年"メイコ・シャーク"コンセプト(右)。スティング・レイはギンギンのレーシング・マシーンで、実戦で活躍。 コルベット育ての父、ロシア出身ゾーラ・アーカス- ダントフの純レーシング SSシャシーを使いました。メイコ・シャークは3代目C3デザインに通じます。
GM2代目デザイン役員ビル・ミッチェルと”1959ミッチェル・スティング・レイ・レーサー”(左)と1961年”メイコ・シャーク”コンセプト(右)。スティング・レイはギンギンのレーシング・マシーンで、実戦で活躍。 コルベット育ての父、ロシア出身ゾーラ・アーカス- ダントフの純レーシング SSシャシーを使いました。メイコ・シャークは3代目C3デザインに通じます。

シボレー・”コルベット”はGMジャパンの公称、アメリカでは”コーヴェット”と発音して下さい。相手がエンシューでしたら、”ヴェット”で通じます。コルベットとは小型快速護衛艦ですが、いまやスポーツカーの方が有名です。

1953年に初代が発売されましたが、間もなくGMはワークスレース活動禁令を出しました。58年にGM2代目デザイン役員となったウイリアム・L・”ビル”ミッチェルは一計を案じ、開発中のXP-87プロトタイプを”ミッチェル・スティング・レイ(「スティングレイ」と繋げず、初期は2語)・レーサー”と名付け、1959年、自費でメリーランド州のレースに名ドライバーに託して参戦し、見事4位でフィニッシュしました。60年まで活動を続けました。

スティングレイ(1語)は赤エイの一種で、長い1−2本の尾に毒針を秘めています。

これがスティングレイで、最長35cmに育ち、尾部に1-2本の毒針を持ちます。刺されても致命傷にはいたるのは稀ですが、相当痛いということです。(wiki)
これがスティングレイで、最長35cmに育ち、尾部に1-2本の毒針を持ちます。刺されても致命傷に至るのは稀ですが、相当痛いということです。(wiki)

ビル・ミッチェルとは70年代、同じ趣味の高性能バイクが縁で知己を得ました。といっても、彼は最新モデル、それも独自カスタマイジングを7、8台、私は手頃な価格車1台の格差でしたが、よくデトロイト北方のデザイン・センターと所外の秘密基地を訪問したものです。

ミッチェルの腹心で、コルベットと数種のスポーツカー・コンセプトをデザインしたのが日系二世ラリー・シノダです。2代目、3代目コルベットは、シノダ作品でした。

日系デザイナー、ラリー・シノダは、ビル・ミッチェルの腹心として、スポーツカー・コンセプトおよびC2、C3コルベットをデザインしました。両親は移民で、太平洋戦争中は敵性外国人収容所で過ごした体験を持ちます。インディ500優勝チームのエンジニアを務めたのち、デザイナーに転じました。
日系デザイナー、ラリー・シノダは、ビル・ミッチェルの腹心として、スポーツカー・コンセプトおよびC2、C3コルベットをデザインしました。両親は移民で、太平洋戦争中は敵性外国人収容所で過ごした体験を持ちます。インディ500優勝チームのエンジニアを務めたのち、デザイナーに転じました。

1961年2代目C2 (数字は世代)は、明らかにミッチェル・スティング・レイ・レーサーをイメージしたデザインです。名前もコルベット・”スティング・レイ(2語)”です。エイの尻尾を意図した2分割リアウインドウについては、賛否両論が出ました。コルベットの育ての親となるアーカス-ダントフは否定派で、またオーナーからも後方視界を狭めるとの声が出て、マイナーチェンジでワンピースとなります。いまや、2分割の方が蒐集家垂涎の的となっています。