激動の一年。諦めないハートでモンテ完走・プロジェクト完遂!【TEAM DARUMA JAPAN報告会】その2

午後からの報告会ではメンバーの学生より画像と映像を使って報告が有りました。
(撮影会、車の写真は
こちら)

ノスタルジック2デイズでは、30分と云う時間の制約もあり海外でのラリー本番の話が中心でしたが、今回は国内の活動開始から話は始まります。

メンバー紹介。全員参加出来なかったのは残念でした。

3.11の影響で学期の開始が一ヵ月遅れ、5月の後半にプロジェクト開始されます。目標は昨年より台数を1台増やし、2台体制での「完走+α」と掲げました。しかし、プロジェクト開始も1月遅れです。本番の日程は前年と変わりませんから活動期間が既に10%経過した状態での始動です。これは大きなダメージ。これにより東大・関東自工大共に時間に追われ続ける事になりました。
車検取得は予定を1週間遅れ、シェイクダウン会場への途中でもトラブル続き。道端でも修理もしました。ラリーニッポンイベント中の「腹を割って話そう」事件。

某イベント会場。スタート直前に「潜りそうな」勢いです

リーダーの今井君が直前までプロジェクト継続の危機を感じた程のチーム内の噛み合わなさ「価値観の違い」を自分達で克服したメンバー達はモータースポーツジャパンの参加後、車をヨーロッパに送り出します。車を送り出しても地図の作成を始め、作業は山積み。3班に分かれて出国しても、中発/後発隊は仕事が山盛りだったそうです。
両校合わせたメンバー20人の中で、MT免許はおろか車の免許そのものを持っていない者がまさかの4名。モータースポーツやモンテカルロラリーより「授業で海外に行けるらしい」と云う響きに惑わされた、正に「現代っ子」も居たとかいなかったとか。そんな普段運転していない面々に海外での運転は難しいと、教授はサポートの協力を依頼。4台のサポートカーのために8名の大人たちがサポートカーの運転を買って出てくれました。
そして、イタリア南部・ジョイアタウロで車を受け取り、ニースでの整備後にスタート地であるトリノへ向かいました。このニースへの移動中に路面凍結による軽い接触(相手は高速道路の壁)があり、現地の(元)板金業の方に修復願ったのですが、これが後に怪我の功名となります。

折からの雪で5時間程の移動予定が8,9時間掛かった悪コンディションの中、トリノで夜のスタート。初日のコンセントレーションランに出発していきます。ゼッケン97TA22ダルマとゼッケン98TE27トレノは共に順調に走行を続けますが、ダルマを「あのクラッシュ」が襲います。不幸中の幸い、石橋の欄干に45度の角度でぶつかりラジエーター等は壊さずに済みましたが、足回りの部品がオイルパン喰い込むほどの重症……リタイヤの文字がちらつくなか、草加教授や国政氏(国政久郎氏:ラリー/ダートラ界の重鎮)らオトナのアドバイスを受け、辛うじて自走可能な状態となったダルマは目標を完走に切り替え全てのチェックポイントを無視、この日のゴールを目指します。一方トレノは1分前を走っている筈のダルマを失い、ナビゲーターの木村氏は大慌てとなったそうです。

翌日トレノが競技を継続する一方、ダルマは前出の板金業者の協力も得て、完走が見込める程度の修復を実施。(とはいえ、ドライバーの松波氏によると右には大きく切れず右ヘアピンは切り替しが必要、左コーナーはカウンターが当てられない大変な状況)更に同じルートを走っての時間内のゴールが難しい為、ダルマは競技ルートとは異なるルートをショートカットする必要がありました。サポート隊はそのルートも検討・提示しながら、競技を続行中のトレノのサポートも継続する過酷な状況に置かれます。
そんな中でも…いや、中だからこそメンバーは着々と成長を遂げていきます。指示待ちで動く印象の強かったメンバーが、「自分で考え、動く」という姿勢をどんどん出していきます。そして、トレノもダルマも競技4日目、憧れのチュリニ峠を駆け抜けて見事に完走しました。

このプロジェクトを通してリーダーの今井君は「価値観の違いを理解する」事と「諦めない気持ちでやり遂げる」事の重要さを改めて学んだそうです。

リーダーの今井君

草加教授は今年の目標を聞いて「欲を出した」と感じられ、「多分上手く行かないだろう」と思ったそうです。しかし、+αは叶わなかったものの2台とも完走と云うのは充分な成果を出すと同時に、「学生の国際化」と云うゼミの目的を充分に達成し、他の教授達からも「学生が変わった」と評価も高かったそうです。

TEAM DARUMA JAPANの活動はここで終了です。……が、翌年も東京大学+関東工業自動車大学の学生ラリー参戦プロジェクトは続きます。(目標イベントはラリーモンテカルロ・ヒストリック以外となる可能性もある模様)
ただしダルマは借用していたクルマだったと云う事でお返しし、今年新しく作る車はP10バイオレットとなりました。これは、同じメーカーの車を使い続けてはプロジェクトの最大目的である「学習」の効果が下がってしまうためという点もあります。また、トレノは再登場の可能性が有るそうですが、エンジン等のオーバーホールが必要な時期に来ているとの事でした。

左からダルマのドライバー松川氏、トレノのドライバー山口氏/ナビの木村氏。旧車文化の素敵さもお話し頂きました。

2時間の報告会はラリーカークルー(ドライバー/ナビゲーター)の3名、指導教官(楳澤(うめざわ)関自工大教官・草加教授)を紹介・コメントを頂いて、あっという間に終了しました。更に懇親会では学生・ラリーカークルー・支援者が混然となり最後の楽しいひと時を惜しみました。リーダー今井君が“オトナたち”に「片付けないといけないので解散して下さい」というほどに。

2012ラリーモンテカルロ・ヒストリックプロジェクトは終了しました。学生達は、就職に・大学院進学にそれぞれの新しい道を歩み始めます。

プロジェクトメンバーは大変な一年でもやり遂げました。

新メンバーも今年とほぼ同数が手をあげている様です。新章が楽しみです。

(川崎BASE)

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