“ピラーのデザイン”について考えたことがありますか? その2【CARSTYLING VIEWS 5】

さて、1960年代まで細いピラーが流行したのと並行して、安全意識が高まってきたのも同じ60年代でした。特にアメリカでの交通事故死者の増加は社会問題化し、1965年に米国交通安全局(NHTSA)が設置されました。そして米国連邦安全基準FMVSSを生んでいくことになります。そんな安全意識の高まるなかで、ピラーは死角を増やさず、しかし乗員を守るものという意識が高まってきました。FMVSSではルーフ強度の確保のため、Aピラーに車重の1.5倍の力を一定時間加えてピラーの変位が一定量を越えてはならないという規定をしています。その基準はさらに強化される可能性があるといいます。

 

1970年型リンカーン。ピラーの安全性に関する要求はここから高まっていく。このモデルでも4ドアHTながら、隠れるように強固なBピラーが見られる。

 

またピラーがボディ強度に大きく影響を与えるモノコック・ボディの構造自体は1920年代にランチアに初採用されましたが、それ以前からのラダーフレームの良さも否定できず一般化するには長い道のりが必要となりました。ヨーロッパでは50年代に拡大、アメリカでは70年代に一般的になりましたが、ちなみにトヨタ・クラウンでは1991年の9代目でマジェスタに採用、1995年の10代目でロイヤル系にも採用されました。またクロカン系SUVも多くのモデルが最近になってようやくモノコックに代わってきています。モノコック化の進度は違っても、現代のピラーはボディを支える構造部材となり、高い剛性を保つことが重要となってきました。視界のよさと背反した条件を持つ、きわめて悩ましい部位となったのです。

これまで発表された幾つかのコンセプトカーでは、フロントピラーの中をくりぬいて先を見えるようにしたり、フロントピラー自体を橋のようなトラス構造とするものが提案されるなど、死角を減らすことの重要さが感じられます。また市販車でもたとえばBMWでは外側から見たピラー幅を拡大せずに室内側の厚みを増やして、ピラーの断面積を拡大して死角を増やさずに強度を高めるなどのアイデアを実用化しています。

コンセプトカーのFT86コンセプトには、視認性向上のためAピラーに小窓がついていたが、FT86コンセプトIIではなくなった。

 

ボルボSCC(2001,コンセプトカー)はAピラーをトラス構造として、強度を確保しながら死角をほとんどなくしている。

 

近年ではさらに経済性を重視し空気抵抗を低減するために、フロントウィンドウを寝かせる傾向となっています。ルーフ前端は頭部に近づき、Aピラー根元をはるか前方に移動させることで空気抵抗を低減させます。ところが、強く傾斜したピラーは死角を増やす可能性が高く、各自動車メーカーにとっては視界の確保が大きなテーマとなっています。またそれを嫌いポルシェなどでは、走りに影響を与えるような傾斜のきついAピラーは採用せず、できるだけ邪魔にならない手前に配置するともいわれています。

ポルシェ911、タイプ964(1974-1989,写真上)とタイプ997(2004-,写真下)。ピラーは後傾してきているが、その変化はわずか。

 

 

ただしフロントピラーと死角の関係は、アイポイントやピラーの位置とも大きく関係し、傾斜させることだけに問題があるわけではないようです。大きく傾斜するフロントピラーを持つランボルギーニは、シートポジションがボディの中央寄りにあることと、極めて低いアイポイントを持つことによって想像以上に良好な前方視界を得ています。またフィットもフロントピラーは先代モデル以上に前進していますが、むしろ死角はかなり少なくなったと感じられます。

フィット先代型(2001,写真上)と現行型(2010,写真下)。現行型のほうがAピラーは傾斜して前進しているが、視認性は向上している。傾斜と視認性の関係は一概には決められない。

 

クルマのピラーは、燃費性能や安全性能、走行性能、居住性に大きく関与しています。しかしエクステリアとインテリアのデザイン上でも重要な存在であることから、その形状そのものも決して無視できません。ピラーはクルマをデザインする上で、他には例をみないほどに多岐にわたる重要な条件が絡み合っている場所のようですよ。

アコード・セダンの変遷。上から初代(1977年)、3代目(1985年)、8代目(2008年)。ピラーは内部構造で剛性を上げながら、傾斜していくのがわかる。それでも最新モデルは外観的にも太い。

(MATSUNAGA, Hironobu)