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【「役満」のようなフルスペックを持つアウディA8】
こんにちは、花嶋言成です。今回はアウディのフラッグシップ・モデル「A8」を取り上げます。アウディA8は1994年に誕生し、この新型が4代目となります。
A8といえば「ASF」(アウディ・スペース・フレーム)と名付けられたオールアルミ軽量ボディ、2世代目から標準装備された車高調整機能付きのエアサスペンション、そして走破性抜群のクワトロ4WDシステムに高出力エンジンと最先端豪華装備を組み合わせた、いわば麻雀で言えば「役満」のような、量産車と言われる範囲においては最もハイスペックなモデルといえます。
何年か前、これのW12エンジン搭載車に荷物を満載してキャンプへでかけたときの痛快さは忘れられません。高速道路では思うがままのハイペースを保ち、現地についたら車高を上げて4WDを駆使して、SUVのようにサイトの真横に着けられるのですから。
エンジン2種、ホイールベース2種を選べるラインナップの中から、今回試乗したのは最もベーシックな「55 TFSIクワトロ」でした。カタログプライスは1140万円、オプション各種を含めると1411万円になります(ともに消費税込み)。3リッターのV6直噴ターボユニットは最大340psと500Nmを発揮し、JC08モード燃費は10.5km/Lです。
【デザインだけではない洗練性】
試乗車はショートボディですが、それでも全長は5170mm、全幅も1945mmと、乗り込んだ瞬間から相当なサイズ感です。隣の助手席までがとても遠い。
いっぽうで、ステアリングをいっぱいに切ってスタートすると、とても小回りが効くことに驚くはずです。それは28万円のオプションとして装備された4WS(ダイナミック・オールホイール・ステアリング)のおかげで、最大で後輪を5°操舵する仕組みにより、最小回転半径が5.8mから5.3mに短縮されているのです。
全長約5.2mに対して4WD車でこの値というのは、普通には考えられない水準ですね。不思議なのは、このオプションはロングボディでは選べないことです。まあ、ロングボディは運転手付きが普通だから、何度も切り返せばいいのかもしれませんが。
ドライ路面の市街地を走り出してまずわかったことは、ロードノイズの遮断がすごいレベルに達している、ということです。そもそもサスペンションがスムーズで、19インチ・タイヤが跳ねる音をうまく防いでいるのに加えて、基本的な振動遮断のレベルがすごく高い。運転していて対向車線をすれ違うクルマの音がわりとはっきり聞こえるくらい、車内は非常に静かです。
ステアリングもレスポンスと操舵力のバランスがすごくよくて、本当に練り込んで設定された感じがします。2017年7月の世界発表から日本導入まで1年以上経つ間に熟成が図られた成果かもしれません。このようにスムーズさと軽さ、重さとレスポンス、直進性がきっちりハーモニーを奏でているクルマというのはなかなかないように思われます。
そういった洗練性をさらに裏打ちしているのが細部の、とくに室内のデザインです。従来型ではセンターコンソールに数多くあったボタンやダイヤルが消え去り、10.1インチと8.6インチのLEDタッチパネルに置き換わりました。ウッドパネルの一部が格納されて現れるエアコンのダクトや、数mmクリックするとオープンするドアノブ、ハーマンミラーか何かのデザイン家具のように洗練された形状のバックミラーや、ボタンがなくランプ自体にふれると明るくなるリーディングランプなど、目に見える部分はあらかたエンターテインメントになっています。
そもそもアウディ車全体に言えることですが、とくにA8というクルマについては、ボタンまですべてのディテールに配慮が行き届いています。尖るべきところは尖り、丸めるべきところは丸められて、マット処理されるべきところはマット処理され、輝くべきところは輝いています。
ビジュアル面に心を奪われつつ、実用性をチェックしてみると、まず右ハンドルの輸入車にもかかわらず、ハンドルが運転席の正面からずれずに付いているのに好印象を抱きます。さらに電動シートの調整代がかなり大きく、小柄な人でも正しい運転姿勢を取れそうなことにも気づきました。身長172cmの乗員が、運転席を正しいポジションに合わせて後席へ移ると、ひざ前には24cm、頭上には7cmの空間が残りました。
【圧倒的な快適性、地味目だが強力なエンジン】
引き続きいつものコースを走らせてみましょう。首都高速ではアウディドライブセレクトを通じてサスペンションをオート・モードにして、乗り心地を観察すると、目地段差を踏んでも衝撃がほとんど身体に伝わってこないことに気づきます。荒れた路面におけるピークの衝撃はそれなりに強めですが、ここもアウディらしく、入力後の振動を残さないので、踏んだ瞬間だけピシッとくるけれども次の瞬間、車体は一目散に前へ向けて走っていて、そこが不快感のなさにつながっています。
ラミネートガラスの効果で、遮音性も万全です。ドイツ車らしくないなと思ったのは、ワイパーの作動がすごくスムーズなこと。アウトバーンなど超高速巡航を前提とした外国車では、ワイパーをすごく強くウィンドシールドに押し付けていて、動かすとギコギコ無粋に音を立てるものがあります。このA8に関してはまったくそういう気配がなく、スムーズに作動します。
オプションのコンフォートパッケージ(84万円)に含まれるフロント・シートのマッサージ機能は、肩から腰まで左右に設けられたひとつひとつの空気セルがかなりはっきりと膨らんで、グイグイ押してくる感じがあります。同乗することになった女性を、後席ではなく助手席に誘うきっかけにもなるでしょう。
このようにさまざまな特徴を観察したあとでは、340ps/5000〜6400rpm、500Nm/1370〜4500rpmの3リッターV6直噴ターボユニットは、このクルマの主役ではないように思えます。実際のところ、ちゃんとマルチシリンダーらしいサウンドはするのですが、スウィートというより若干の濁りを伴い、また低速では大排気量ユニットに劣らぬ力強さを発揮するとはいえ、最大出力を発揮する5000rpmから先はトルクの盛り上がりがフェイドアウトします。3リッターの排気量から340psを絞り出すので、基本的にはターボ・チャージャーがトルクを作り出している感じです。
このターボの旨味を引き出してくれるのはティプトロニック8段ATのダイナミックモードで、エンジン速度が落ちにくいのでスロットル・レスポンスが高いように感じ、無慈悲に速いように思われます。ちなみにモードを変えてもシフトショックが強まる傾向は見られませんでした。
8速での100km/h巡航回転数は1500rpmです。アウディドライブセレクトのダイナミックモードを選ぶと、オートマチック・モードよりも目地段差でのショックを若干強く感じるようにはなりますが、アダプティブエアサスペンションの車高が低く設定されるため、空力的に高速での安定感がより高くなることを実感できます。ブレーキ時のノーズダイブも減ります。もしもアウトバーンに行ったら、ダイナミックモードを選ぶのが習慣になるでしょう。
とはいえオートマチック・モードのままでもしっかりとしたステアリングインフォメーションは得られ、正確なハンドリングを楽しむことが可能です。いつものダブル・レーンチェンジに挑むと、太いタイヤがゴリゴリゴリっとグリップして何事もなく収めてしまいました。
今回の試乗距離は306.4km、オンボード・コンピューターによる平均燃費は7.4km/Lでした。いつものコースにおける燃費は7.9km/Lを記録しました。
【1000万円超でも「お買い得」と言いたい理由】
序盤に述べた通り、A8はあらゆる自動車技術を惜しみなく、セダンとしては最も大きなクラスの車体に満載しています。自動運転支援関連のセンサー類、ドアやトランクのオートクロージャー、パワーシート、マッサージなどはいちいち重さの増加を伴うわけですが、アルミボディの採用などにより車重は2トンと少しに収められており、スポーツセダンを名乗るに足る動力性能と敏捷な身のこなしを両立しています。デザイン、品質、乗り心地、と全方位的に洗練されていて小回りも効く。技術の進化というのはすごいなと心底唸らされました。
クルマによっては、アルミボディやエアサスは振動の伝え方に独特のクセを持つものもありますが、このクルマでは軽さと巧妙な衝撃吸収性や車高調整機能といった、メリットしか感じられませんでした。ただし、これらの装備は事故や故障の際のコストが割高になるケースが多いことには気をつけましょう。つまり、車両保険は充分にかけたほうが無難ですし、低年式・多走行車は整備費のリスクを考えておいたほうがいいでしょう。
バリュー・フォー・マネーの面はどうでしょうか。「A8 55 TFSIクワトロ」の日本仕様価格は1140万円と、欧州でのベース価格90,600ユーロ(約1135万円)に比べ、ほとんど差がありません。これまで、輸入車の価格は日本仕様のほうが高くなることが当たり前でしたが、最高級車クラスのエントリーモデルは、実は日本でも厳しい価格競争にさらされています。BMW 7シリーズが1096万円〜、メルセデスSクラスが1138万円〜で売られている中、アウディだけが高いスタートプライスを掲げるわけにはいかないというわけです。
後篇で紹介する自動運転支援機能も考え合わせると、A8 55 TFSIクワトロは、その実力に比べてお買い得なのではないかと私は思いました。
(花嶋 言成)