バイクの内燃機関は生き残れるか? 国内2輪4メーカーが水素エンジンの共同研究を開始

■小型モビリティ用の水素エンジン研究組合「HySE」設立

カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みとして、4輪車では最近、特にバッテリーとモーターで100%走るBEV(バッテリーEV)が注目を集めていて、各メーカーからさまざまな新型モデルも登場しています。

会見では、HySEの目的や活動内容などを説明
会見では、HySEの目的や活動内容などを説明

一方、より車体が小さい2輪車の場合は、大型のバッテリーを搭載できないことで航続距離が短くなるとか、充電時間が長いといった課題があります。また、従来のガソリンエンジンを搭載するバイクの乗り味が好きなライダーであれば、内燃機関はなくなって欲しくないと思っている人も多いでしょう(筆者もそのひとりですが)。

そんな中、カワサキモータース(以下、カワサキ)、スズキ、本田技研工業(以下、ホンダ)、ヤマハ発動機(以下、ヤマハ)の国内2輪メーカー4社は、水素を燃料とするバイクなどの小型モビリティ向けエンジンを共同研究する技術研究組合「HySE(ハイス)」を設立することを発表。2023年5月17日(水)に、報道関係者向け発表会を開催しました。

従来からの内燃機関を使い、ガソリンの代わりに水素を燃料とするエンジンの研究を共同で行うための組合がHySE。しかも、特別組合員には、トヨタ自動車(以下、トヨタ)やカワサキの親会社である川崎重工業(以下、川崎重工)も参画するといいます。

特に注目なのは、スーパー耐久シリーズに「水素エンジンカローラ」を投入し、レースの舞台で水素エンジンの可能性を探っているトヨタも協力すること。また、川崎重工は、ヤマハと共に、トヨタの水素エンジンのプロジェクトに参加するなど、水素に関するさまざまな知見を持つことでも知られています。

では、これら6社では、これから一体どんな研究などを行うのでしょうか? また、将来的に実用化される見込みはあるのでしょうか?

●なぜ水素エンジンの研究を始めるのか?

今回の発表会は、2023年5月11日に、HySEの認可を経済産業省から得たことを受け、正式に設立へ向け動き始めたことで行われたものです。

ちなみに、HySEとは「Hydrogen Small mobility & Engine technology」の略で、日本語では「水素小型モビリティ・エンジン技術研究組合」という名称になります。また、正式な設立は2023年6月を予定しているといいます。

当日は、

カワサキモータース 伊藤 浩 代表取締役 社長執行役員
スズキ 鈴木 俊宏 代表取締役社⾧
ホンダ 塚本 飛佳留 執行職 二輪パワープロダクツ開発生産統括部⾧
ヤマハ 日髙 祥博 代表取締役社⾧

といった蒼々たるメンバーが登壇。また、ヤマハの小松 賢二 理事長候補からHySEの概要についての説明がありました。

左からヤマハ発動機 日髙 祥博 代表取締役社⾧、カワサキモータース 伊藤 浩 代表取締役 社長執行役員、スズキ 鈴木 俊宏 代表取締役社⾧、本田技研工業 塚本 飛佳留 執行職 二輪パワープロダクツ開発生産統括部⾧
左からヤマハ発動機 日髙 祥博 代表取締役社⾧、カワサキモータース 伊藤 浩 代表取締役 社長執行役員、スズキ 鈴木 俊宏 代表取締役社⾧、本田技研工業 塚本 飛佳留 執行職 二輪パワープロダクツ開発生産統括部⾧

それによれば、カーボンニュートラルの実現には、昨今話題となっている電動化だけでなく、さまざまな地域や用途などに応じた複数の方法で目標達成することが必要であり、水素エンジンはそのひとつだといいます。

特に、2輪車の分野では、世界で販売されているバイクの50.2%が国内4メーカー製。そのため、日本メーカーが率先して研究や実用化などを目指すことで、グローバルに環境問題に関する課題解決へ繋げたいという目的があるといいます。

なお、バイクなどの小型モビリティ向け水素エンジンの技術研究は、HySEが世界初なのだそうです。

●水素エンジン課題解決を目指す

では、一体、どんな研究を行うのでしょうか? それについては、2輪車では、水素エンジンの使用について、主に以下の3つの課題があるといいます。

1. 水素はガソリンに比べ着火しやすい(異常燃焼の恐れあり)
2. サビなどの問題がある
3. 車体が小さい2輪車では水素タンクなどの搭載スペースが狭い

トヨタ・ミライ
トヨタ・ミライ

1.について、水素はガソリンと比べ着火性が約9倍、可燃範囲は約14倍にもなるといいます、そのため、4輪車と比べ排気量が小さいバイクでは、ボアやシリンダーなども小さくなり、より着火のコントロールが難しいのだそうです。

また、2.では、水素を燃料とすると、たとえばオイルに水が混入するなどの問題があり、内燃機関内にサビなどが出る恐れもあるのだとか。

そして、3.もかなり重要。現在、4輪車でも、水素を燃料とする場合、航続距離を伸ばすためにはかなり大型の水素タンクが必要となりますが、車体がコンパクトな2輪車では、搭載がかなり難しいという課題があるそうです。

1833cc・6気筒エンジンを搭載するホンダの大型ツアラー「ゴールドウイングツアー」でも燃料タンク容量は21L
1833cc・6気筒エンジンを搭載するホンダの大型ツアラー「ゴールドウイングツアー」でも燃料タンク容量は21L

たとえば、4輪車のFCEV(燃料電池車)であるトヨタ「ミライ」の場合、高圧タンク3本を搭載し、容量はなんと141L。一方、2輪車では、排気量1000ccを超える大型のツアラーでも、現行のガソリン車で燃料タンク容量は20Lをちょっと超える程度。とても、4輪車ほどの大容量の水素タンクは積載できないため、対策が必要なのです。

そして、こうした課題を技術的に解決するのが、HySEの目的なのです。

●トヨタの「液体水素」は2輪車に使える?

これら課題のなかで、特に、筆者が気になったのが、水素タンク。これについて、たとえば、トヨタがスーパー耐久の2023年シリーズに投入する予定と発表している「液体水素」は、2輪車に使えないのでしょうか?

水素エンジンでスーパー耐久に出場している水素エンジンカローラ(写真は2022年モデル)
水素エンジンでスーパー耐久に出場している水素エンジンカローラ(写真は2022年モデル)

トヨタは、2021年からカローラをベースにした水素エンジンのレーシングマシンをスーパー耐久に投入していますが、従来は気体水素が燃料。一方、2023年モデルでは、液体水素を燃料とすることで、気体水素使用時の4分の1程度までコンパクトにできるといいます。

ということは、ひょっとして2輪車にも応用できるのでは? そう思った筆者は、会見で質問してみました。

これについて、カワサキの技術者によれば「液体水素は、車両のなかで気体にする必要があり、2重配管などのスペース面やコストなどの問題があるため、2輪車に向いているかどうか分からない」とのこと。そして、これも今後の課題なのだそうです。

たしかに、トヨタの水素エンジンカローラも、車両側で水素を液体から気体に変えているようですが、そんな複雑なシステムを2輪車には搭載できないかもしれませんね。

う〜ん、そう考えると、水素エンジン搭載のバイクって、なかなか難題が多いようです。

●水素エンジン車はどんなバイクに使えそう?

それでも「なんとかする」のがHySEの目的。そのため、従来ライバルである各メーカーが仲間となって、一緒に課題解決をしていくのだそうです。水素エンジンは、環境問題の解決はもちろん、従来からの内燃機関を残すことができるという意味でも、かなり注目ですからね。

ちなみに、今回の会見で、個人的にはヤマハ日高社長のこんなコメントがとても印象的でした。

ツーリングなど趣味の領域で楽しめるバイクは水素エンジンになる?(イラストはイメージ)
ツーリングなど趣味の領域で楽しめるバイクは水素エンジンになる?(イラストはイメージ)

「私も1人のバイクユーザーですが、リニアでスムーズな走りの電動バイク、パワーバンドに入った時にグンと出力が出る内燃機関のバイク、どちらの乗り味も大好きです。だから、できれば内燃機関も残したい。我々2輪メーカーが、何十年もの年月をかけて開発してきた技術を活かす意味でも。

将来的に、たとえば、移動距離なども限定される電動車は、日々の暮らしで使う(近距離移動用の)原付バイク的な役割、内燃機関を使った水素エンジン車は(ツーリングなど)趣味の領域で楽しめるバイクといった感じになるといいでしょうね」。

なお、HySEでは、これから研究し開発していく水素エンジンの技術を、2輪車だけでなく、軽4輪車や軽飛行機、ドローン、ミニショベル、フォークリフトなど、さまざまな小型モビリティに応用していくことを考えているそうです。

また、当初は国内4メーカーが中心となり、大学などの研究機関とも共同で研究開発を実施。トヨタや川崎重工がそれぞれの知見を提供するなどで協力するそうですが、将来的には、たとえば、海外の2輪メーカーなど、他メーカーの参画も大歓迎なのだそうです。

さて、水素エンジン搭載のバイクは果たして生まれるのか? HySEでは、具体的な実用化の時期については未定としていますが、まずは5年間を目途に、研究開発を開始するそうです。

(文:平塚 直樹

この記事の著者

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平塚 直樹

自動車系の出版社3社を渡り歩き、流れ流れて今に至る「漂流」系フリーライター。実は、クリッカー運営母体の三栄にも在籍経験があり、10年前のクリッカー「創刊」時は、ちょっとエロい(?)カスタムカー雑誌の編集長をやっておりました。
現在は、WEBメディアをメインに紙媒体を少々、車選びやお役立ち情報、自動運転などの最新テクノロジーなどを中心に執筆しています。元々好きなバイクや最近気になるドローンなどにも進出中!
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