コンパチビリティの分析から見えてきた、クルマのサイズによる危険度の「違い」と相反する対策の「難しさ」【週刊クルマのミライ】

■「小さいクルマほど衝突時に危ない」をデータで証明。対策の難しさとは?

ホンダコンパティビリティ対応ボディ
大きなクルマと小さなクルマが衝突した際に双方の安全性を確保しようという「コンパチビリティ」という考え方は20世紀からあった

日本において交通事故の研究を専門に行なっている機関といえば、ITARDA(イタルダ)の愛称で知られる公益財団法人 交通事故総合分析センターです。

同機関のマクロ・ミクロでの調査結果は多くの発見を自動車業界に提示、事故対応へのヒントを提示してくれています。そのイタルダの第23回調査研究・分析研究発表会が、新型コロナウイルス対策もあってWEB上で開催されました。

今回、7つのテーマで研究発表が行なわれましたが、ここでは主任研究員 谷口正典 氏による『車対車の前面衝突事故におけるコンパチビリティ課題の分析』(自工会との共同研究)によって明らかになった、コンパチビリティ対応の難しさについてお伝えしましょう。

クルマ同士の衝突では大きなクルマのほうが有利とされています。大きいほど、クラッシャブルゾーンと呼ばれる「潰すことで衝撃を吸収する部分」を増やせるというメリットもありますが、そもそも大きいクルマは重い傾向にあり、物理の法則から重いほうが攻撃性が強いことに起因します。

「重い・大きなクルマ」は「軽い・小さなクルマ」に大きな被害を与えるという傾向を何とかしようというのが「コンパチビリティ(両立性・適合性)」という考え方です。こうした考え方は新しいものではなく、20世紀の終わり頃には自動車メーカー各社がコンパチビリティボディとして研究し、実際に市販車に採用されてきました。日本においては軽自動車の規格改正によって衝突安全基準が登録車と同じになった頃からコンパチビリティ的な思想が入れられるようになってきたという経緯があります。

しかし、大型モデルも前面衝突性においてオフセット衝突など求められる安全性が上がっていく中で、より強固なボディを採用するようになっています。そのため大きく・重いクルマの攻撃性は増していっているのです。

その対策として欧州では2020年1月より『コンパチビリティ試験」が導入されました。重くて大きなクルマは加害性を緩和すること、逆に小さくて軽いクルマは保護性能を向上させることが狙いとなっています。

重いクルマは同じような衝突事故であっても乗員の安全は守られやすい傾向にある

さて、大きくて重いクルマと小さくて軽いクルマの衝突事故は本当に被害が大きくなるのでしょうか。今回、イタルダの研究発表ではマクロデータから、次の4パターンにおける死亡重傷者の分布を調べました。なお重量については1300kgを境にして重い軽いを分別しています。

パターン1:軽いクルマと軽いクルマ(自車)
パターン2:重いクルマと軽いクルマ(自車)
パターン3:軽いクルマと重いクルマ(自車)
パターン4:重いクルマと重いクルマ(自車)

今回の研究発表では、2001~2007年と2008~2017年の2グループにわけて₁0万台あたりの死亡重傷者数を調査、その数値は次のようになりました。

2001~2007年
パターン1:0.35人
パターン2:0.17人
パターン3:0.10人
パターン4:0.09人

2008~2017年
パターン1:0.27人
パターン2:0.13人
パターン3:0.06人
パターン4:0.05人

まずひとつ言えるのは、重いクルマに乗っているのと同じような衝突事故であっても乗員の安全は守られやすい傾向にあるということ。ドライバーであれば感じていた「大きいクルマへの安心感」はデータから明らかになったといえます。

また、安全技術の進化もあるのでしょう、後半のグループのほうが全体としてクルマ同士の衝突事故による死亡重傷者数は減っています。

いずれにしてもパターン1の死亡重傷者数が多いという傾向は変わりません。つまり軽いクルマ同士の衝突事故の対応をする必要があるということです。そしてパターン2の死亡重傷者数がそれほど多くないという意味では重いクルマの攻撃性というコンパチビリティという考え方は不要といいたくなります。

しかし、話はそう単純ではありません。2008~2017年の各パターンにおける死亡重傷者率(軽傷者まで含めた死傷者のうちの死亡重傷になる率)を調べてみると以下のようになっています。

パターン1:13.9%
パターン2:20.4%
パターン3:4.4%
パターン4:7.9%

やはり重いクルマと衝突した軽いクルマの乗員は、死亡したり大きなケガを負う確率が高くなっています。大きく重いクルマの攻撃性を対策する必要があるというわけです。

ただし、パターン1とパターン2では死亡重傷につながるメカニズムが異なるといいます。パターン1の軽いクルマ同士の衝突事故においては「胸や腹の受傷が多く」見られます。言ってみればシートベルトの拘束力によって乗員負荷がかかり死亡重傷につながったというケースが多かったといえます。逆に、パターン2においてはステアリングに乗員がぶつかることで被害を大きくしている傾向が見られるということです。

シートベルトの拘束力によって受傷する可能性があるといっても、シートベルト未装着でのリスクはずっとずっと大きいです。必ず装着を!

まとめると、軽いクルマ同士の衝突事故ではシートベルトの拘束力を弱くして、重いクルマと軽いクルマの衝突事故では軽いクルマのシートベルト拘束力を高める必要があるという、完全に相反する対策が必要となるのです。

重いクルマの攻撃性を弱めるという方法も考えられますが、仮に重いクルマのボディを全体に柔らかくすると、今度はさらに重いクルマ(トラックなど)との衝突時に大型車の被害が大きくなるという問題も出てきます。ですから「ことはそう簡単にはいかない」というのが今回の研究発表の結論といえます。

少なくとも軽いクルマの衝突事故対策としてはシートベルト拘束力について相反する要素があることがデータから明らかになったということが大きな成果です。

こうしたデータをもとに、どのようなテクノロジーが交通死亡事故ゼロにつながるのかを考えるのが、自動車メーカーや各種研究機関の役割といえますし、そこでのイノベーションによって安全性が高まる未来を期待したいと思います。

なお、シートベルトの拘束力によって受傷する可能性があるとはいっても、シートベルト未装着でのリスクはずっとずっと大きいのは自明です。ユーザーとしてはシートベルトを正しく装着するというのは基本中の基本であることは最後にお伝えしておきます。

ご安全に!

(自動車コラムニスト・山本晋也)

この記事の著者

山本晋也 近影

山本晋也

日産スカイラインGT-Rやホンダ・ドリームCB750FOURと同じ年に誕生。20世紀に自動車メディア界に飛び込み、2010年代後半からは自動車コラムニストとして活動しています。モビリティの未来に興味津々ですが、昔から「歴史は繰り返す」というように過去と未来をつなぐ視点から自動車業界を俯瞰的に見ることを意識しています。
個人ブログ『クルマのミライ NEWS』でも情報発信中。2019年に大型二輪免許を取得、リターンライダーとして二輪の魅力を再発見している日々です。
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