日産自動車が誕生。始まりは90年前の1933年、鮎川義介が設立した自動車製造株式会社から【今日は何の日?12月26日】

■日産は自動車製造(株)を起源とするが、その源流は快進社まで遡る

1933年12月26日、日産自動車創業
1933年12月26日、日産自動車創業

1933(昭和8)年12月26日、戸畑鋳物創始者の鮎川義介氏が、神奈川県横浜市に日産自動車の前身となる「自動車製造株式会社」を設立、翌1934年に日産自動車に改名しました。

さらに、その源流を追うと歴史は古く、1911年に創立された快進社まで遡ります。


●日産自動車の源流は快進社で、DAT自動車を生産

自動車製造株式会社の源流となったのは、1911年に創立された快進社です。快進社は、1914年に小型乗用車「DAT自動車(脱兎号)」を生産、DATは資金協力者の田(D)と青山(A)、竹内(T)の3氏のイニシャルを取ったものです。

日産自動車の創始者 鮎川義介
日産自動車の創始者 鮎川義介

その後、ダット自動車商会となり大阪の実用自動車製造と合併して、1926年にダット自動車製造ができ、1931年にこのダット自動車製造を鮎川義介氏が設立した戸畑鋳物が吸収しました。戸畑鋳物の傘下になったダット自動車製造は、1932年に495ccの小型乗用車「ダットサン(DATSUN)」の生産を始めます。

1933年に製造されたダットサン12型フェートン
1933年に製造されたダットサン12型フェートン

そして今から90年前の1933年12月26日、鮎川氏は本格的な自動車製造に向けて自動車製造株式会社を設立、翌1934年に日産自動車に改称しました。

日産自動車ができる前に、すでにDATSUNというクルマが存在し、ダットサンはブランドと同時にトレードマーク(商標)でもあり、車名の冠としても長く使われました。初期の日産の車には、「ダットサン・サニー」や「ダットサン・ブルーバード」のように、車名の前にダットサンというブランド名が付いていましたが、その起因はこれによってなのです。

●戦後は、英国オースチン社と提携してノックダウン生産を開始

その後、日産はダットサンシリーズの乗用車やトラック、バスの生産を続けましたが、第二次世界大戦にともない民需生産を中止し、全面的に軍需生産を強いられます。

第二次世界大戦後、日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)から乗用車の生産を禁止され、乗用車の生産が全面的に解除されたのは、1949年10月でした。

1959年に誕生した初代ダットサン・ブルーバード
1959年に誕生した初代ダットサン・ブルーバード

日産は、海外メーカーの技術とノウハウを修得するため、1952年に英国のオースチン社と技術提携し、中型乗用車「オースチンA40サマーセット」の部品を輸入して、ノックダウン生産を始めます。

その後、A50ケンブリッジ用部品の国産化が徐々にできるようになり、1956年には全部品が日本製となりました。

その後、1955年にオースチン社の技術をフィードバックした「ダットサン110型」や「ダットサン1000」を発売し、1959年にダットサン110型の後継として「ダットサン・ブルーバード」がデビューしました。

●プリンス自動車の吸収合併と名車の誕生

1957年に富士電機工業(プリンスの前身)からデビューした初代スカイライン
1957年に富士精密工業(プリンスの前身)からデビューした初代スカイライン

後に日産自動車と合併するプリンス自動車の前身である東京電気自動車は、1957年に設立されました。東京電気自動車は、終戦後に軍需産業とみなされた航空機メーカー「中島飛行機」と「立川飛行機」が解体された後、それらの航空機技術者の一部が中心となり設立。その後、1949年にたま自動車を名乗り、1952年にプリンス自動車に改名しました。

1970年デビューしたスカイライン2000GT-R
1970年デビューしたスカイライン2000GT-R

プリンス自動車は1954年に富士精密工業となり、その間に「プリンス・スカイライン」と「プリンス・グロリア」を開発しますが、1961年に再びプリンス自動車を名乗り、1966年に業界再編の大波によってプリンス自動車は日産自動車に吸収合併され、ここにプリンス自動車の名前は消えました。

このようにしてプリンス自動車を吸収合併した日産自動車は、その後「スカイラインGT-R」や「フェアレディZ」、大衆車「サニー」などを投入して、トヨタとともに日本を代表する自動車メーカーへと成長したのです。


数々の歴史を経て誕生した日産自動車ですが、オースチン社との技術提携によって吸収した欧州メーカーの技術と、プリンス自動車の吸収合併によって得られた航空機技術の融合が、日産の技術基盤を作ったと思われます。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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