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■グリーンスローモビリティで外出すると要介護になりにくい!?
ヤマハ発動機は、ゴルフ場などでの移動用の電動カートを販売しています。その電動カートは、いま「グリーンスローモビリティ」として、交通の便のよくない地域で、お年寄りの移動支援としても使われはじめています。
当初の目的は、純粋な移動支援だったのですが、閉じこもりがちなお年寄りの外出をうながし、社会参加の機会を増やすことで、寝たきりになることの防止や、認知症発症の抑制も期待されるようになってきました。
ヤマハ発動機では現在、千葉大学の研究チームと共同研究を行っています。今回は、ヤマハ発動機の電動カートが高齢者の生活や健康を支える試みについてご紹介しましょう。
●グリスロの運行を持続可能にするためにはどうするか
「グリーンスローモビリティ」(グリスロ)とは、時速20km/h未満で公道を走ることができる、電動の小さな移動サービスと、その車両のことで、地域が抱える交通の課題の解決と、低炭素型モビリティの普及を同時に進められるものとして、国土交通省や環境省が導入を推進しています。ヤマハ発動機の電動カートもそのグリスロ車両にあたり、観光用のものなども含めて各地で活躍しています。
グリスロの推進に関わっているヤマハ発動機 新事業推進部 LSM事業推進グループの森田浩之さんは、そういった電動カートの使用状況を見てきて感じたことがありました。
「グリスロを利用するのは高齢者が多いのですが、みんな笑顔で楽しそうに話しているんですね。実際にそういう姿を目のあたりにして、弊社として、ここは強みにできるポイントじゃないかと思ったんです」。
一方で、グリスロの普及に向けては、運行事業者が、特に費用面などで、持続可能なサービスを行うことに難しさを抱えていることも分かっていたそうです。
そこで、「グリスロの導入によって、各種の健康指標を改善できて、社会保障費が低減できれば、自治体などの導入者さんの負担を減らし、持続可能な運行事業が実現できるんじゃないか?という仮説を立てました。
そこで、我々だけでやるより、専門家の方にも分析を委ねたかったので調べると、千葉大学さんがもうすでに、なんと弊社のカートを使って調査をやっていたという報告を見つけまして、アプローチをしました」(森田さん)。
それが、社会予防医学を専門とする、千葉大学予防医学センターの近藤克則教授の研究室でした。
近藤教授の研究室では、千葉県松戸市と共同で介護予防の研究をしていたときに、お年寄りの閉じこもりが多い地域を見つけたそうです(「閉じこもり」というのは、外出が週に1回以下であるような生活状況のこと)。そこは、駅まで20分くらいかかるうえに、坂道が多く、免許を返納したお年寄りにとっては外出が困難な地域でした。
そこで、グリスロを無償貸与する国のモデル事業を活用して、走行実験を1ヵ月ほどやってみたところ、お年寄りの行動半径が1.5倍にも広がったという調査結果が得られました。その調査報告を見て、ヤマハ発動機の森田さんが連絡をとったというわけです。
●グリスロ導入費用以上に社会保障給付費が抑制できるか
そこで、ヤマハ発動機と千葉大学の近藤教授の研究室が共同で、グリスロでの移動による健康への影響を研究することになりました。調査に協力したのは、大阪府河内長野市や奈良県王寺町などです。
やはり、お年寄りの生活にとって重要なのは、日々の買い物ということで、いずれもスーパーマーケットを起点にして運行することになりました。運行事業のサポートはヤマハ発動機が行い、河内長野市ではタクシー業者に運行を委託、王寺町では自治会が運行しています。
車両は、ヤマハのゴルフカートを改良して、1列増やした7人乗りの電動カート。200V電源で充電でき、充電時間はゼロから満充電まで8〜12時間。航続距離は40〜60kmだそうです。下り坂ではスピードを制御する回生協調ブレーキも搭載。
「利用者は女性の後期高齢者が多くて、『こういうのができて良かった』という声が多く聞かれました。
調査としては、利用者群だけじゃなくて非利用者群にも調査をして、どれぐらい差が出るのか。その差分が効果だろうと検証してみました。非利用者群に比べ、利用者群の『行動範囲が広がった』、『外出先が増えた』との回答は、2022年度に行った5ヵ月間の調査では約25%増えました。期待していた移動支援になっていることが確認できたのです。
さらに差が大きかったのが、『助け合いの機会が増えた』や、あるいは『気持ちが明るくなった』などの項目です。そうした変化を感じている人が、非利用者群に比べ3割ほど多いということが分かり、社会的、心理的な効果も期待できそうだということが見えてきました」と、近藤教授は言います。
そして、持続可能性にとって重要な費用面のデータを現在、追跡中です。過去のデータから導き出された、10項目のアンケートによって、その後3年以内に要介護認定を受ける確率や、必要になる社会保障給付費も予測できる尺度を使っています。
それを用いて、グリスロ利用者と非利用者で、それぞれ何人くらい要介護認定を受けそうか?ということと、それによる社会保障給付費を推計します。たとえ、グリスロを導入する費用がかかったとしても、先行投資によって、社会保障給付費を、それ以上に抑制できると推計できれば、寝たきりにならずに済むお年寄りも増えるし、そのほうが社会にとっても高齢者にとってもいいことだ、と考えられるわけです。
そのような結果が出るかどうかを検証するために1年間追跡しようということで、現在、研究中なのだそうです。
●グリスロそのものがコミュニケーションの場になる
グリスロの活用は、身体的な健康の維持だけでなく、認知機能の維持という点でも期待されています。
近藤教授も、「家に一人でずっと閉じこもっている人と、社会的にアクティブに、買い物に行ったり、趣味活動をやったりという人がいたとすれば、当然、前者のほうが認知機能も落ちそうだと想像できますよね。
買い物に行った先で人と出会ったり、ショッピングセンターでちょっと遊んでから帰ったりすると、生活全体が活発になることが期待できます。そうなることで、身体の面、心の面、認知機能の面にも、プラスに働くと思ってます」と言います。
とはいえ、認知症になる人というのは、年間で100人中3人程度と少数なので、検証が簡単ではなく、長期的な追跡や大規模な調査が必要になるそうです。
一方、グリスロが単なる移動支援にはとどまらない役割を果たしていることを、研究室の特任助教である井手一茂さんも感じています。
「データを見たり、実際の声を聞いていますと、やはりコミュニケーションの機会だったり、新しい知り合いが増えたりとか、それによって気持ちが明るくなるといった話が聞けて、電動カート自体が“動く交流の場”といった機能を持っているんだなと感じます」と言います。
それはヤマハ発動機の森田さんも感じています。「コミュニケーションしやすいクルマだというのは分かりました。それを定量的に見える化したところ、95%の方が誰かしらと話していることや、約15%の方が車外にいる歩行者などとも話しているということが分かったんです。その数字にはびっくりしましたね。それは、バスとかタクシーにはない特徴だと思います。
ヘルスケアの分野でもそこは重要だと思いますし、街作りにおけるコミュニティ醸成という意味でもすごく重要な部分だと思うので、大切にしていきたいなと思ってます」と話します。
また、恩恵を受けるのは乗客だけではありません。例えば、勤めていたころには地域にあまり顔を出していなかった男性が、定年退職後に居場所がなくて閉じこもってしまう、という事例も時々あるようです。が、そんな定年退職後の男性が、地域でのグリスロ運用にあたり、運転手を引き受けることで地域デビューできて、地域に溶け込めたという例もあるそうです。
●地域で様々に活用できる電動カート
皆さんがお住まいの地域は、公共交通の便はいいでしょうか? クリッカーをお読みなのだから、今はクルマの運転をしている方が多いと思いますが、年をとるといつかは運転できなくなるときがきます。
ちょっと想像してみてください。そんなとき、家に閉じこもりがちになるか、手軽に乗れるグリスロのようなサービスがあるか、公共交通の便がよくない地域では大きな違いになるのではないでしょうか?
「どういう人が要介護認定を受けやすいか、認知症になりやすいかという研究をしていくと、社会参加している人は機能を維持していますが、あまり出かけない、閉じこもりになった人たちが、機能が落ちやすいということがわかってきています。
ただ、そういう人たちに『出かけましょうね』と言っても、言葉だけでは効果がないんです。移動する足がなかったり、行ける場所がなかったり。そこにグリスロを入れることで、移動の問題を軽減し、さらに楽しいところに連れていく、そんな運用のしかたを今、いろいろ試しています。
高齢者の外出目的では買い物が一番多いことは確認できましたが、その他に、出かけた先で体を動かす、人と話す、楽しいことがある…。『心が動くと体も動く』と言われますけど、出かけたいと思う楽しみもできる。
そういったソフトやプログラムとセットでグリスロを運用することで、健康のために歯を食いしばって頑張るのではなくて、楽しみがあって、結果として気づいたら健康を保っていた、なんていう理想的なツールになりえる。グリスロは、そんなポテンシャルがあると思っています」と、近藤教授は話してくれました。
またヤマハ発動機の電動カートも、こういったグリスロの研究を通じて、新たな方向性を検討しているようです。
森田さんは、「ただの移動ツールではなくて、乗った方の健康や、その集合体である街の活性化に寄与するツールにしていきたいなと思っているので、そういったことが実現できるような見た目、仕様にしていけたらなと思っています。
例えば、見た目であれば、地域に特産の木材があれば、それを側面のパネルに入れたりとか、その街のカラーがあるのであれば、その色を選べたりだとか。
仕様に関しても、コミュニケーションをすごく大事にしている乗り物なので、対面シートに切り替えられるだとか。自動運転でサポートしながら、ドライバーさんも安心してそのコミュニケーションの輪の中で、運転しながら楽に会話もできたらと、そういうことを考えています」と、展望を語ってくれました。
また、お年寄りの移動支援だけでなく、電動カートは様々な用途が検討されています。
同じLSM事業推進グループの増井惇也さんは、「新しいコンセプト車も提案しながら、例えば、休日に青空図書館を開くとか、コミュニケーションの場として活用するとか。街の活性化などで、これからの時代に活発になってくる分野かなと思っています」と話してくれました。
この河内長野市や王寺町で、グリスロとして使われている電動カートは、ゴルフカートをベースに1列増やし、公道で走らせるための法基準に適合させた程度だそうです。が、電動カートは元々ゴルフだけでなく、結婚式場や観光地、野球場のリリーフカーなどとしても幅広い使われ方をしている乗り物なので、製造側は要望に応じたカスタマイズができる体制になっているそうです。
これからの時代、ヤマハ発動機の電動カートは、環境に優しく、地域にも優しいモビリティとして、もっと様々な用途や姿で活躍してくれるようになりそうです。
なにより、乗る人、集まる人を笑顔にするというところが、なんといってもヤマハらしいですね!
(文:まめ蔵/写真:千葉大学、ヤマハ発動機)
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