ホンダ「N360」ベースの「N600E」国内デビュー。欧米向け小型車、日本ではわずか半年1500台で生産終了【今日は何の日?7月15日】

■名車N360の排気量を拡大した欧米向け小型車N600Eを日本投入

1968年に登場したN600E (C)Creative Commons
1968年に登場したN600E (C)Creative Commons

1968(昭和43)年7月15日、ホンダ「N360」のエンジンを600ccに拡大した欧米向け輸出車「N600E」を、日本でも発売開始しました。

基本のスタイリングはN360と変わらないものの、優れた動力性能によって海外では高い評価を受けましたが、日本ではわずか半年1500台で生産を終えました。


●軽の常識を打ち破った名車N360誕生

ホンダ初の4人乗り乗用車N360がデビューしたのは、1967年3月です。

1967年にデビューし、爆発的な人気を獲得したN360
1967年にデビューし、爆発的な人気を獲得したN360

軽の限られた室内空間を最大限生かせるFFパッケージング、徹底した軽量化、高性能エンジンによる卓越した動力性能を実現した軽自動車N360は、画期的でした。

具体的には、ボディに薄板鉄板を多用して車重475kgの軽量化に成功。エンジンは、バイクベースの31PSを発揮する高性能の空冷356cc 2気筒4サイクルエンジンで、最高速度は115km/h、0→400m加速は22秒と、リッターカーにも負けない動力性能を誇りました。

N360は、広い室内空間と優れた動力性能、さらに31.3万円という安価な価格設定によって、発売後なんと2ヵ月で軽自動車のシェア30%を超え、瞬く間にトップモデルに君臨。それまで10年間独走していた「スバル360」から、販売首位の座を奪い取り、歴史に残る軽自動車となったのです。

●N360の次は、待望の小型車N600Eを投入

N360発売のその年の秋には、N360のボディをベースにエンジン排気量を600ccに拡大した小型車N600Eの欧米への輸出を開始しました。

基本的にはN360の2BOXスタイルを継承しながら、バンパーの拡大によって力感を演出し、グリル中央のエンブレムにはH600の文字が追加されました。排気量を600ccに拡大した空冷2気筒SOHC 4ストロークエンジンは、最高出力43PS/最大トルク5.2kgmを発揮して、欧米でも十分通用する走りを見せたのです。

欧米に輸出されたN600Eは、ボディが小さいことを指摘する声もありましたが、俊敏な走りと優れたコストパーフォーマンスによって、特に欧州で予想以上の人気を集めました。

●日本では短命に終わったN600E

海外での人気で自信を持ったホンダは、翌1968年のこの日、N600Eの日本での発売を開始。基本的には輸出車仕様と同じで、スポーティさを強調する大型バンパーやタコメーターが標準装備され、ステアリングホイールはナルディ製が装着されました。

しかし、N600Eの国内の販売は、期待通りには伸びませんでした。それは、人気絶頂だったN360に対する優位性が十分でなかったためで、最もネックとなったのは軽自動車とは異なる維持費の増大です。

N360に比べると、税金も保険料も高く、車検も必要だった(当時の軽自動車に車検制度はなかった)のです。

走りに優れていたN600Eですが、コストパーフォーマンスでみればN360を選択する人が多かったため、結局わずか半年間の販売で、販売台数は1500台ほどにとどまりました。


ホンダCB450。空冷2気筒4ストロークDOHCエンジン搭載
ホンダCB450。空冷2気筒4ストロークDOHCエンジン搭載

N360とN600Eのエンジンは、スポーツバイクの名車「CB450」のエンジンがベースで、バイクのノウハウが存分に生かされていました。ホンダのバイクは、1960年代にはWGP(ロードレース世界選手権)で数々の優勝を飾っており、4輪に参入した時点でエンジン技術においては、他をリードしていたのかもしれません。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれません。

(Mr.ソラン)

この記事の著者

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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