トヨタ「2000GT」富士24時間レースで1、2フィニッシュ。価格はクラウンの倍、238万円の国産スーパーカーは速かった【今日は何の日?4月8日】

■今も語り継がれる2台の2000GTとS800で、1、2、3フィニッシュ

1967年に発表されたトヨタ2000GT。富士24時間レースで1、2フィニッシュ
1967年に発表されたトヨタ2000GT。富士24時間レースで1、2フィニッシュ

1967(昭和42)年4月8日、ル・マン24時間をそのまま日本で再現させることを目的に開催された富士24時間レースで、2台の「トヨタ2000GT」は1台の「S(スポーツ)800」をサンドイッチにした編隊走行で余裕のフィニッシュを飾り、その実力を遺憾なく発揮しました。


●ヤマハとの共同開発で誕生した2000GTが衝撃デビュー

トヨタ2000GTが初めて姿を現したのは、1965年の東京モーターショーです。展示されたのは、トヨタとヤマハが共同開発した2000GTのプロトタイプでした。

トヨタ2000GTのフロントマスク。ロングノーズ・ショットデッキに、ポップアップ式ヘッドライトを装備
トヨタ2000GTのフロントマスク。ロングノーズ・ショットデッキに、ポップアップ式ヘッドライトを装備

ロングノーズにリトラクタブルライトを組み込んだ流線型ボディに、インテリアにはローズウッド材のインパネやレザーのバケットシートなどを装備して、スポーティかつ高級感を演出。

ヤマハ主導で開発した最高出力150PSを誇ったエンジンは、2.0L直6 DOHCにソレックス・キャブ3連装を装備、組み合わせたトランスミッションは5速MTでした。

トヨタ2000GTのリアスタイル。ファーストバックに上開きテールゲートを装備
トヨタ2000GTのリアスタイル。ファーストバックに上開きテールゲートを装備

さらに、ステアリングはラック&ピニオン、サスペンションは前後ともダブルウィッシュボーン、ブレーキは4輪サーボ付きディスクと、先進技術を採用。流麗なフォルムと先進メカニズム、トヨタのすべての技術を結集したスーパーカーだったのです。

●スピードトライアルで世界記録を達成

東京モーターショーの翌年、また発売の前年となる1966年10月1~4日、トヨタは2000GTの性能をアピールするため、谷田部の日本自動車研究所高速試験場で、日本初のスピードトライアルに挑戦。スピードトライアルとは、FIA(世界自動車連盟)の公認のもとで、文字通りスピードを競うチャレンジです。速度記録は、絶対的な世界記録と、クラス分けされたクラス最速記録に分けられます。

10月1日にゴールを目指してスタート、最終的に3日後の10月4日に48時間/72時間/1万5000kmの世界記録と、13のEクラス国際記録を樹立。このチャレンジによって、2000GTの性能が世界トップであることを実証したのでした。

●富士24時間レースでも圧巻の走りでライバルを圧倒

スピードトライアルに続いて、翌年の発売1ヶ月前の1967年4月には、富士24時間レースに参戦。日本初の24時間レースは、ル・マン24時間をそのまま再現させることを目的に、1967年4月7~8日に富士24時間レースとして初めて開催されたのです。

1965年に登場したトヨタスポーツ800
1965年に登場したトヨタスポーツ800

レースは、2000GTに「細谷四方洋/大坪善男」組と「津々見友彦/鮒子田 寛」組、加えて3台のS(スポーツ)800がエントリー。ライバルとしては「プリンス2000GT」「ブルーバードSS」「ホンダS600」「フェアレディ」などに加えて、外国勢も参戦。

レースが始まると、最初から2台の2000GTが先行、周回を増すごとに2台が他を引き離す展開となり、最終的には2台の2000GTが1台のS800をサンドイッチにした編隊走行で、余裕のフィニッシュを飾りました。

数々のレースでその性能の高さを実証した2000GTが市場に放たれたのは、1967年5月16日。車両価格も破格で、当時のクラウンの約2倍の238万円。大卒初任給が2万5000円の時代だったので、今なら2000万円程度でしょうか、まさしく庶民には手の届かないスーパーカーでした。


トヨタ2000GTの性能が、世界レベルに到達したことを実証したスピードトライアルと富士24時間レースでの栄冠ですが、これは同時に、日本の技術が欧米車の尻尾を掴んだ証でもあります。2000GTが歴史に残る名車中の名車と言われる由縁なのです。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれません。

(Mr.ソラン)

この記事の著者

Mr. ソラン 近影

Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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