目次
■「チャンピオンがここで決まる」週末のドラマ
●「シリーズ・チャンピオンの可能性」に向かい合う心理
レースは、モータースポーツは、マシンがあって、タイヤがあって、コースがあって、そこをどう走るかの力学的セオリーがあって、それに適ったドライビングがあって、戦術・戦略があって…と、基本はあくまでもセオリカルに、ロジカルに構築され、競われるもの。そしてそこで「操る」ことを受け持つドライバーは頭脳と身体反応を磨いて競争に臨む。私は、自ら「競う側」の組織作り・運営を体験したことも含めて、このスポーツはそういうものだと理解して、見て、分析して、考えて、楽しんでいるわけです。
でも、さらにその前に、これは間違いなく「人」が主役の“スポーツ”である。改めてそう実感させられたのが、2022年スーパーフォーミュラ・シリーズのファイナルラウンド、鈴鹿サーキットでの3日間でした。
土日2日間それぞれに予選・決勝を戦う2連戦を前に、年間チャンピオンに向けてここまで8戦で積み上げてきたシリーズポイントでリードしていたのは野尻智紀。第8戦を終えた時点での総得点は113。彼を追うのはまずS.フェネストラズで81点、続いて平川亮が79点。最後の2連戦を前にチャンピオンの可能性を残していたのはこの3人だけでした。
というのも、SF選手権の得点は、まず予選で最速タイムを記録してポールポジションを獲得すると3点、そして決勝レースで優勝すると20点。つまり1戦で獲得できる最大点数は「23」。もしリードする野尻がこの週末の2戦ともノー・ポイントに終わったとして、他が2戦ともポールポジションから優勝したとしても、この時点で46点以内に付けていなければ追いつけない。その条件を満たすのがフェネストラズと平川だけになっていたのでした。
2連戦のレースウィークは金曜日午後の専有走行から始まります。この1時間半のセッションの中で、まずエンジニアたちが鈴鹿というコースを、そしてこの時期の気候、路面温度を想定して考え、チームのファクトリーで精密に計測しながら準備してきた、いわゆる「持ち込みセッティング」がうまく合っているかを確かめることから始めます、が、21台のスーパーフォーミュラが周回を重ね、そのタイヤが温度が上がって接地面の表面が溶けてベトベトになると、それが路面にへばりついてタイヤとの“グリップ”が刻々と変化してゆきます。
つまり皆が走り始めた段階ではまだ、路面状態が安定せず摩擦力も想定したようには出ない。その中でマシンの動きを確かめ、「持ち込みセッティング」がこの週末の鈴鹿にうまく合うかどうか、ドライバーの体感と走行データからそこを判断するのは、じつはかなり難しい。
でもSFのコックピットに収まるドライバーたちはこれまでにそうした経験を積み重ねてきているはずで、コースの各所で体感したマシンの動き方、ドライビングに対する反応からそのあたりの判断ができてこそ「一人前」。マシン・セッティングのファイン・チューニング、それも180kmを走る決勝レース向けと、1周のアタックに集中する予選向けと、二つのパターンを仕上げたいところですし、タイヤの摩耗の進み具合とそこでのマシン挙動の変化も見ておきたい。ここでやることはたくさんあるのです。
そしてこの走行枠の終盤には、これまで履かずに取り置いていた新品のタイヤを履いて(土曜日に3セット、日曜日に2セットの新品が供給されるのですが、ここで使うのはそれ以外の「持ち越し」セット)、翌日の午前中にほぼぶっつけ本番で走る予選のアタックを“シミュレーション”してみる。これが「定番」のプログラム。
この土曜日の1時間半、野尻のタイムがなかなか伸びてこない。予選シミュレーションでもこの日最速だった大湯都史樹の1分37秒702(この時期の気象条件などを考えるとそんなに速くはない)に対してフェネストラズが0.26秒差、平川が0.32秒差に収めていたのに対して野尻は0.79秒遅れ。20車のラップタイムが1秒の中に収まることも多いスーパーフォーミュラでは大差と言ってもいい状況。
事後に野尻車を担当する一瀬俊浩トラック・エンジニアに確かめたところでは「持ち込みセットはダメでしたね。第3戦(4月に同じ鈴鹿で開催。野尻は1分36秒967をマークしてポールポジション獲得)のセッティングも試しましたが、このコンディション(2コーナーからS字にかけて追い風。ダウンフォースが減る)では同じようには機能しませんでした。そこで土曜日に向けてまったく別のクルマに仕立て直しました」。
でも野尻本人も「チャンピオン獲得のプレッシャー」を相当に感じていた様子。昨年は最終戦前のもてぎラウンドで、同じようにプレッシャーの重さ、大きさを実感しつつもチャンピオンを決めていたので、鈴鹿ラウンドに乗り込んできた時には心理的には解放されていたのだけれど。ただでさえクルマを感じるセンサーが鋭く、セットアップが合わないことをわかりすぎるほどわかってしまうドライバーだけに、この日はかなり落ち込んでいたそうです。
予選、決勝それぞれの後にはドライバー自身を含めた車両全体の重量を計測、最低重量を下回っていないことが求められています。ここで野尻は自身の体重を絞り、最低重量との差をバラストとしてマシンのどこに載せ、それも車両特性のアジャストに使う、なんてこともしているのですが、金曜日に走り始める前に測った体重(ヘルメットやスーツも含む)に対して土曜日の予選後に測った時には1kg減っていたとのこと。「あやうく規定されている最低重量を切るところでした(笑)」(一瀬エンジニア)。
●予選アタック1周に浮かび上がる明暗
一夜明けて…
週末2連戦では、朝9時過ぎには予選が始まります。前日に感触を確かめているとは言っても、ドライバーにとってはその日の走り始めが予選Q1。ぶっつけ本番、と言ってもいいでしょう。
ここでA組に振り分けられていたフェネストラズは、この組で最速だった牧野任祐に対して0.991秒も遅れて10車中9番手、Q2進出ならず。計時データで確かめると、コース全体でタイムが伸びていないのだけれども、とくに1-2コーナーを旋回してS字を駆け抜けるセクター1で牧野に対して0.41秒、続くダンロップ・コーナーを駆け上がりデグナーカーブを抜けるセクター2で0.29秒と、前日とは風向きが逆になって向かい風、その分だけダウンフォースが得やすくなる区間でのタイム差が目につきます。SFgoアプリのオンボード映像を確認してみても、とくに目につくドライビングの乱れはないので、クルマの仕上がりが思いどおりにはならなかった、ということでしょうか。
続くQ1・B組には、野尻、平川が出走。10分間のセッションが残り5分というところで各車がコースインして行く中、ピット1の関係からその隊列の前の方で出て行った二人は、11車の中で早めに計時ラインを通過する。そこでは平川が0.065秒上回ったが、さらに坪井翔、宮田莉朋が次々に最速タイムを書き替えたことで、それぞれ3、4番手で何とかQ2進出を確保したのでした。
そのQ2に向けて、セッティング変更と風向き変化がうまく噛み合ったマシンの状態について、野尻から「(その方向に)もうちょっと進めてもいけるよ」と示唆があり、さらに細かなチューニングを加えたと、これも事後の一瀬エンジニアの証言。
このマシンを駆って臨んだQ2、野尻は一気に1分36秒020と、自らのQ1でのタイムを0.91秒も上回り、アタックラップをすぐ後で走り2番手に飛び込んできた宮田莉朋を0.24秒引き離した。今のSF、拮抗する予選においては“大差”と言っていいでしょう。
SF各車が周回を重ねるにつれてタイヤ表面の「溶けゴム」が路面に付着してグリップが高まってゆくコンディションの変化、ポイントになるS字からダンロップ、デグナーと連続する各コーナーで向かい風でその分だけ増すダウンフォース。これらの条件にマシンの微調整が狙いどおりフィットし、そこに野尻自身の吹っ切れた全集中が重なった結果。私の目にはそう映りました。
一方、その野尻を上回ることがチャンピオンへの条件だった平川のアタックは、1分36秒982と自身のQ1のタイムにも0.116秒及ばず、Q2進出12車中11番手に沈みました。
今シーズンを通して平川は予選アタックがずっと“決まらない”結果が続きました。ル・マン24時間レースでは優勝を遂げた一方で、そのWEC(世界耐久選手権)のテストやレースへの参加の度に海外に往復し、その中でも戻ったその週末にSFのレース、という日程がSFの7イベント中3回ありました(これは小林可夢偉も同じ)。本人は「問題ないです」と語ってはいたものの、100分の1秒を競う状況でまさに「100%集中したパフォーマンス」が求められるスーパーフォーミュラの予選アタックでは、微妙な心身の疲労や調和の狂いが影響しないはずがない。
今年、わずかですがリアタイヤの断面形状が変わったことも、その最初のテストで旋回に入る微妙なプロセスでの違いを指摘した数少ないドライバーの一人が平川でしたが、そのタイヤ特性のわずかな差も、今シーズンの平川の予選での不調に影響した可能性もあります。
逆に決勝レースでは安定して速いだけでなく、一瞬の鋭さを何度も見せてくれているので、平川のドライビング・パフォーマンスが低下しているわけではない。今のSFの“競争”は、そのくらいシビアなのです。
かくして、チャンピオンへの可能性を残して鈴鹿に入ってきた3人のうち、追う側の2人は「必須」だった予選での選手権得点を手にすることができず、逆に野尻は3点を上乗せして、フェネストラズとの差は35点、平川とは36点。これで午後の決勝でフェネストラズか平川がもしも優勝したとしても、野尻は3位に入れば、平川が優勝した場合は4位に入ればチャンピオン確定、となりました。しかし野尻が先頭からスタートするのに対して、フェネストラズは9列目、平川は6列目からなので、まず「野尻の前に出る」だけでも、とくにここ鈴鹿では至難の業。野尻にとって避けたいのはアクシデント、という状況になったのでした。
●のびのびと走れる立場のチームメイトが実質トップに立つ
そして午後2時30分、そのスターティング・グリッドから21台のSF19がフォーメーションラップへと動き出しました。1周を回って全車がそれぞれのグリッドに静止したところで戦いの幕が切って落とされます。この、スタート専用5連赤シグナルが消灯した瞬間、野尻はクリーンに出てそのまま先頭で1コーナーへ。
しかし最前列・右斜め後方の宮田は蹴り出し~加速が鈍く(SFgoアプリでオンボード映像を確認しましたが、エンジン回転約8000rpmでクラッチバイト、4000rpmまでは落ちていますがこれは各車ほぼ同様で、ストールしてはいません)、外側から大湯に、さらに1コーナーへのターインでは笹原右京に前に出られてしまって4番手からのレースになりました。
ここから笹原が大湯に接近。2周目の1コーナー手前で笹原がアウト側に並びかけ、大湯の左側前後タイヤの間に笹原の右フロントタイヤが重なってあわや接触…という一瞬の後、ここでは大湯がイン側で踏ん張りました。いったんは2番手を保持。
この攻防をオーバーテイクシステム(OTS)を使ってしのいだ大湯はそこから100秒間のOTS作動停止時間(この時のトップグループのラップタイムは1分41秒台半ばなので、作動停止した地点からほぼ1周)が過ぎて3周目のメインストレートを駆け抜けたところで即、OTS発動。でも笹原が仕掛けてこないので一瞬だけでオフ。でもそこからまた100秒間はOTSが使えない。一方、OTSを温存していた笹原は次の西ストレート後半から発動、シケインからの加速でそのパワーアップ効果を使って、4周目に入ったメインストレート終端では大湯の282km/hに対して294km/hまで車速を伸ばし、アウト側から1コーナーへのアプローチで先行。これで野尻に続く2番手のポジションに上がりました。
そこからは、野尻ー笹原のチーム無限2車が毎周1分41秒台半ばを維持して走るのに対して大湯以下は1分42秒台前半のラップタイム。前2車がつながって、後続をじわじわと離す展開。
そうなると競争の次のポイントは義務付けられているタイヤ交換。最短では10周完了でピットに入って実施することが規定されています。レース後に笹原車を担当する小池智彦エンジニアに確かめたところでは、「当初は野尻さんに対してオーバーカット(先にピットインした競争相手に対して、そのピットストップの間にペースを上げて差を詰め、自車がピットストップ~コースに戻ったところで前に出ること)を狙おうか、とも考えました。でも野尻さんは(チーム内では前を走っている側にピットストップのタイミングを選ぶ優先権を持っているのだけれども)『もう少し行く』というので最短の10周で入ろうと。大湯のピット(ナカジマ)が準備を始めたのも見えていましたし」。
この作戦連絡を受けた笹原は9周目には野尻との差を少しでも詰めておこうとOTSを発動。次の10周目を終えるところでピットロードに飛び込みました。その背後では大湯もピットへ。笹原のピット作業がわずかに手間取ったものの大湯の前でコースに戻ることができました。
この動きを見た野尻は次の周にピットへ。一瀬エンジニアによれば「(チームの中で)笹原は『勝つ』ことを狙っていましたが、こちらは『チャンピオン決定』に集中していました。可能性を残していた他の二人がグリッド後方に沈んだけれども、どこまで上がってくるかはわからないですし、我々としては、ちゃんと順位を取ること。その意味では、まず大湯の動きを見ていて、彼が入ったのを確認して対応した、という流れです」とのこと。
このタイヤ交換からコースに戻っていった野尻に対して、1周してタイヤも暖まった笹原はOTSも発動させて一気に接近。ヘアピンで野尻のインに飛び込みます。それに対して野尻は防戦せずに前に出し、チーム無限は笹原が前、野尻が続くというフォーメーションになりました。
●チーム無限、1-2フィニッシュで決めたダブルタイトル
ここで先頭に立ったのは宮田。9番手スタートだった佐藤蓮がそれに続き、さらにグリッド13番手だった阪口晴南、スタート直後の混戦の中でその阪口、山本尚貴と集団になってペースがなかなか上げられなかった平川が続く。いずれもピットストップ&タイヤ交換をレース後半にまで伸ばし、そこまでどうやって1セット目のタイヤを傷めずにペースを維持するかで、順位をゲインすることを狙う戦略を選んだ、あるいは選ばざるを得なかった、とも言えるでしょう。
“裏の” 、つまりタイヤ交換義務消化組のトップを走る笹原、その後方に4~5秒の間隔を保って追走する野尻の二人にとって、ここで注視する対象はまず宮田。彼との差を、ピットストップとタイヤ交換作業に“消費”される最低35秒までタイムギャップを開かれなければ、終盤に宮田がピットストップしたところで前に出られるわけで、あとはそこから“フレッシュ”なタイヤが走り出してから数周の間発揮する“一撃”のグリップの高さと、燃料搭載重量が減って軽くなったマシンの組み合わせで、一気にラップタイムを上げてくるのに対処できるだけの差を残しておけるか。
この条件を満たすペースを維持して行くことが、笹原と野尻、早めのタイヤ交換を選んでその後ろに続く大湯、関口雄飛、そして1セットのタイヤでのペースが落ち始めたのを確かめてピットインする作戦を選んで19周完了でピットに向かった佐藤(終盤にかけて先行する関口、さらに大湯を抜き去って3位)のそれぞれは、そして彼らのピットスタッフは、そこを見ていたはずです。
見た目の先頭を走っていた宮田がピットロードにマシンを向けたのは31周レースの25周を終えるところ。しかし…左リアタイヤのホイールナット締め付けに手間取ってしまい、ピットアウトした時にはすぐ後方に実質7番手の大津弘樹が迫ってくる状況。宮田はタイヤがまだ暖まってこないコースの前半を何とか抑え切って、まずは6番手を保持。11周で交換したタイヤのパフォーマンスが落ちてきた関口を残り4周でかわし、最後の2周は大湯と、お互いにOTSの「残弾」を使い切りつつドックファイトを展開。これはこれでレースならではの見どころを演じてくれました。
ここでまだタイヤ交換をせずに走り続け、見かけ上は先頭に出たのは平川。でも後ろから追ってくる笹原との差は14秒、続く野尻に対しても20秒前後で、ピットストップに必要なギャップにはまったく足りません。
平川は残り4周まで引っ張ってピットに向かいましたが、コースに戻ったところでは10番手。1台を抜いて最終的な順位は9位、選手権ポイント2点は得ましたが、野尻は着実に2位で走り切って15点を上乗せ。フェネストラズはさらに後方16位に沈んで無得点。これで野尻のリードは50点にまで広がって、2022年のドライバーズ・チャンピオンを確定させたのでした。
一方、チームメイトの笹原は平川のピットインによって「見た目」でもトップに立ち、野尻に対するリードも最後には12秒以上にまで広げて、今季2勝目を手にしました。しかもこの1-2フィニッシュで20+15=35点を加えて、チーム無限のシリーズポイントは170点。2番手のチームインパルに50点の差を付けて、ドライバーに加えてチーム・チャンピオンのダブルタイトルを翌日の1戦を残して確定。表彰台に立つ田中監督の、喜びを噛み締めるような表情に、ここまでのチームを組織し、運営することの苦労を窺い知ることができたこの日の夕暮れでした。
●<スーパーフォーミュラ第9戦 鈴鹿サーキット>決勝レースラップタイム推移(Top10)
第9戦で優勝した15笹原が各周回で計時ラインを通過した瞬間に対して各車がどのくらいの差で走っていたか、レース31周を追ってみた「ギャプチャート」。毎周の各車間隔と同時に上下の位置関係がその周の順位を示している。笹原は規則上最短の10周完了でタイヤ交換のためのピットストップを敢行したので、ここで他の車両のラインが大きく変動。同時にピットに入った4車の線は下に広がっていくが、タイヤ交換をそれより後にした各車の線は一気に上に。しかしこの先でピットストップすると鈴鹿サーキットの場合、最小でも35~36秒を“消費”する。それぞれの車両がピットストップする周回は本コースから分岐してピットロード入口の計時ラインまで走る分、そして次の周回は残りのピットロードを60km/hで走った分とタイヤ交換の停止時間を加えた分、コースを走る車両に対してタイムを失う=グラフの線が下に向かう。終盤のタイヤ交換を選択して走り続けた宮田、平川は、コース上ではいったん先頭に出ているが、じつはピットロスタイム分の35~36秒後方にいる車両がその時の順位争いの対象になる。しかも宮田はタイヤ交換に手間取ったことでさらに7~8秒下に沈んでしまった。やや早め、20周目のタイヤ交換を選択した佐藤は後半のペースが良く、もっと前、さらに後のタイミングを選択した面々の間を縫ってうまく順位を上げている。このあたりはチームの車両状態把握と戦略判断の成果と言えるだろう
●<スーパーフォーミュラ第9戦 鈴鹿サーキット>決勝レースラップチャート(with優勝車両との時間差)
第9戦で最終的に10位までに入った各車の決勝レース31周のラップタイム推移。序盤はポールポジションからスタートした野尻、同じチームで車両セッティングの情報・解析を共有する笹原の二人が後続を引き離すペースで走っている。とくに笹原は10周完了・規則最短でのタイヤ交換を決めたところで先行する野尻を上回るペースに。そのピットストップ直前の周回ではオーバーテイクシステムも使ってラップタイムを切り詰め、さらに交換したタイヤが暖まった12周目には新品タイヤの「一撃」グリップを引き出して自身のレース中最速ラップで走り、野尻に対するアンダーカットに成功した。一方、チャンピオン確定を最優先する野尻はリスクを抑え、11周で交換したタイヤをレース終盤まで温存し、最終的に順位争いの対象となった宮田が終盤のタイヤ交換で一気にペースを上げてくるのに対しても余裕を残していた。逆に例えば関口などはタイヤ交換後の「一撃」グリップによる速いラップは出したもののそこから3~4周でみるみるペースが落ちている。タイヤ交換を後半まで引っ張った中で佐藤、宮田、平川までは全体として速いペースを保っている。
●野尻、「最速」を見せつけて1年を締めくくる
翌日はついに今季最終戦。朝9時05分から始まった予選では、野尻がQ1、Q2とも全体最速の1周をマークしてポールポジション獲得。Q1では2番手に0.2秒の差を付け、Q2では宮田が0.04秒差に迫ったもののそこから3番手までには0.425秒、4番手以降には0.6秒というSFとしては“大差”を付けるという、圧倒的な速さを見せつけました。チャンピオンを「獲る」というプレッシャーから解放されて、「速く走る」ことに純粋に集中できた。それがマシンの動きにも、野尻の表情にも、確かに現れていた、と私には見えましたが。
午後の決勝でもその「他を圧する」速さをのびのびと発揮した野尻。1周目の1コーナーで福住仁嶺がコースアウト、クラッシュしたことで、また12周目のシケインで競り合っていたG.アレジと接触した松下信治がクラッシュしたことで、それぞれセーフティカー(SC)が導入されましたが、スタートから悠々とトップを走る野尻には関係なし。レース中のラップタイムを追ってみても、2度のSC“明け”ではフレッシュなタイヤのグリップを引き出して後続を1秒前後も引き離すラップタイムで走り、しかもそこでタイヤの「一撃」グリップを使い切らない野尻流のドライビングで、その後もずっと他よりも速いペースを続けたのです。
2日続けてグリッド2番手を得た宮田は、これまた2日続けてスタートダッシュが鈍く、この日の決勝レースでは大津弘樹にかわされ、笹原と3番手争い。しかし笹原はSC先導から戦闘再開となった3周目のヘアピンでちょっと失速して5番手に落ち、10周完了でタイヤ交換して坪井翔と競り合う中でフロントウィングを“踏まれ”、順位を落とすことになってしまいました。
レース後半、中団グループの中では、三宅淳詞vs.牧野任祐、関口vs.坪井に小林可夢偉が加わって直線では「3ワイド(3車が横並び)」を演じるなど、それぞれのポジションで“ドッグファイト”が繰り広げられていました。しかもギリギリの凌ぎ合いで接触はしない、といういちばん好ましい形で。
●<スーパーフォーミュラ第10戦 鈴鹿サーキット>決勝レースラップタイム推移(Top10)
第10戦の決勝で10位までに入った各車の、31周それぞれのラップタイム推移。このレースではスタート直後と13~17周目の2回、アクシデント~クラッシュの処理のためにセーフティカー(SC)が導入され、その間は周回ペースが極端に遅くなるので、各車のグラフ線が表示欄外まで落ちている。2度目のSC導入に合わせて13周完了のタイミングで野尻、宮田、フェネストラズ、平川…など7車がピットイン、タイヤ交換。それを挟んでレースの前半、後半のどちらでも野尻が圧倒的に速いラップタイムを刻んで走ったことがこのグラフにも明らかに現れている。これが今シーズン、野尻と彼のチームが作り上げてきたライバルたち全てに対する「速さ」と「強さ」のアドバンテージ、と見て良いだろう。タイヤがフレッシュな状態で得られる高いグリップもちゃんとラップタイムに現れているが、野尻のドライビングはそこで一気に「タイヤを使う」ことなく、そのタイヤを使って走る残り周回でもペースの落ちが他よりもずっと少ない。180kmほどのレース中盤~後半でそれなりに速いペースを維持できている車両+ドライバーは7、8車。すなわち参加21車の1/3ほど。車両もタイヤもワンメイクで、1周のタイムを競うと1秒あまりの中にほとんどの車両が入るほどシビアな状況が繰り広げられるスーパーフォーミュラだが、「競争」のための速さと強さとなると、やはり明確な差が現れるのであります
●<スーパーフォーミュラ第10戦 鈴鹿サーキット>決勝レースラップチャート(with優勝車両との時間差)
今季最終・第10戦で他を圧して優勝した野尻が各周毎に計時ラインを通過した瞬間を基準に、他の21車(福住は1周完了できずリタイヤ)の時間差をプロットしたグラフ。「ギャップチャート」とも言う。2度のセーフティカー(SC)先導走行中は各車の間隔がほぼ一定に維持される。規則上最短の10周完了で展開を変えることを狙ってピットストップを選んだのは笹原、三宅、山本など9車。次の11周完了では大津、坪井が。ここではまだコースに留まっていた野尻に対して一気に時間差が開き、線が下に大きく広がっている。その野尻は12周目にシケイン入口で起きたアレジと松下の接触~クラッシュ(松下はここでリタイヤしたので計時された周回は11周目まで。線がここで途切れている)でSC導入となるのに合わせて13周完了でピットに向かい、ここでコース上を走っていた各車の線が一気に上に向かう(野尻との時間差が詰まる)。笹原のラインが12周目で下に落ちていくのは、お互いにピットアウトして接近戦になっていた坪井とシケインで接触、フロントウィングを傷めてそこからすぐ再度ピットに入ったため。2度目のSC先導走行が終わった後、野尻はスッと差を広げるが、その後方では各車の線が接近したり交差したりしているところが数多く現れている。これは言うまでもなく「接近戦」が演じられていたことを示すもの。
31周を終えてフィニッシュラインに帰ってきたのはもちろん野尻が悠々と先頭で。8秒離されて大津、そして宮田までが表彰台を確保。そして4位にはフェネストラズ、5位には平川が。この二人もやっぱり前日はチャンピオン争いの重圧にリズムが組み立てられないまま不本意な走りに終始してしまったのだろうな、と思わせる「普段の走り」で2022年シーズンを走り終えたのでした。
(文:両角 岳彦/写真提供:JRP)