陸海空モビリティのヤマハ発動機が「細胞」の移動に貢献。日本のロボット技術が医薬現場を救う!

■細胞をひとつずつ移動する超精密ロボットとは?

ヤマハ発動機「セルハンドラー」の利用風景
ヤマハ発動機「セルハンドラー」の利用風景

陸・海・空の幅広いモビリティを手掛けるヤマハ発動機。オートバイやヨット、ヘリコプターだけでなく、それら製品を作る現場で活躍する産業用ロボットの開発・製造でも、半世紀近くにわたり長い実績を積み重ねてきました。

たとえば、電子回路の基板に半導体やコンデンサなどの電子部品を配置する表面実装機「YRM20」は、なんともヤマハ発動機らしさの光る産業ロボット。高速ロータリーヘッドの採用により、クラス世界最速の小型チップ搭載能力を発揮する同機は、0.2×0.1mmほどのごくごく小さな部品を1秒間に32個もピッキングし、かつそれを正確に基板へ装着する、という動作をミスなく繰り返し行うことができます。

そんなヤマハ発動機製産業用ロボットの技術が、モビリティや電子機器づくりの現場以外に、活動の範囲を拡げています。

●いまも人手に頼る細胞ピッキング作業

細胞ハンドリングのイメージ
目的の細胞をひとつずつ選択し、的確に移動する作業は今でも人がメインになって行っているそう

「iPS細胞」や「再生医療」といった単語をよくニュースで耳にするようになった昨今、細胞を活用した医療や創薬に注目が集まっています。また、どの抗がん剤がどのようながん細胞に効果を発揮するのかを調べる「抗がん剤感受性検査」などには、莫大な時間とコスト、人員がかけられているそうです。

そういった現場で必要となる細胞のピッキング作業というのは、今でも多くの場合は人手に頼っているそうです。顕微鏡を覗き込みながら、微少で形もバラバラ、ふわふわ動く柔らかな細胞をひとつずつミスなく採取する。しかも繰り返し繰り返し…。ズボラな筆者は、考えるだけで気が遠くなりそうな作業です。

さて、高い精度が求められる単調な繰り返し作業こそ、まさしくロボットの得意技。ここが自動化できれば、人はより知的で創造的な仕事に従事できることになります。

●「小さく不均一で柔らかく壊れやすい」という高難度なワーク

得意のロボット技術を、医療分野でも活かせるのではないか?と考えたヤマハ発動機は、2010年に細胞ピッキングを自動化するアイデアを構想。2017年に「CELL HANDLER(セルハンドラー)」を発売しました。

セルハンドラーは、文字通り“細胞レベル”の精度を誇るロボット。サイズがごく微少で、形状も不均一、かつ柔らかく壊れやすい細胞というのは、いってみれば電子部品よりも難易度の高い“ワーク”(加工や搬送などの対象物のこと)です。

ヤマハ発動機は、表面実装機の開発・製造で培ってきた独自の「超高速・高精度なピック&プレース(選別し、持ち上げて、適切な場所へ配置する)技術」を応用することで、まるで電子部品を基盤へ配置するように、細胞を高密度培養プレートへひとつずつスピーディに移動することを可能にしました。

セルハンドラーは、人手の作業に比べて、およそ15倍の速さで細胞のピック&プレース作業を行うことが可能だといいます。また、繰り返し精度の高さや高速性能はもちろん、柔らかな細胞をマイルドに吸引する技術も評価されているそうです。

●今後は欧米へも販路を拡大

2017年の発売から5年、セルハンドラーは国内の研究機関や医科大学、製薬企業といった“現場”へ着実に納入されてきました。そして、2022年12月26日には、7台目が「国立研究開発法人産業技術総合研究所 四国センター」へ。今後は、同研究所における最先端のバイオ研究で活用されることになるそうです。

ちなみに、1台の価格は標準的な仕様で税抜き約6000万円とのこと。

産業用ロボットは「アメリカで生まれて日本で発展した」と言われています。世界中で活躍する産業用ロボットの3分の2が、日本製という時代もあったほど。そんなロボット大国で、テクノロジーのリーディングカンパニーとして君臨してきたヤマハ発動機。その知見を活かして生み出した次世代医療ロボット・セルハンドラーは、これからアメリカやヨーロッパ市場へと足場を拡げていくということです。

医療ロボットの世界でも、“日本発”が主役になる時代がやってくるかもしれません。

三代 やよい

この記事の著者

三代やよい 近影

三代やよい

自動車メーカー勤務後、編集・ライティング業に転身。メカ好きが高じて、クルマ、オートバイ、ロボット、船、航空機、鉄道などのライティングを生業に。乗り継いできた愛車は9割MT。ホットハッチとライトウェイトオープンスポーツに惹かれる体質。
生来の歴女ゆえ、名車のヒストリーを掘り起こすのが個人的趣味。
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