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■人とバイクを高次元で一体化させる技術で事故を防ぐ
ヤマハ発動機(以下、ヤマハ)は、2022年11月11日(金)、「事故のない社会」を目指す同社の安全ビジョンとして、新たに「人機官能×人機安全」を制定したことを発表しました。
これは、「自立走行できない」というバイクの特性を踏まえ、ライダーとバイクを高次元で一体化させる先進の安全機能や、リアルやオンラインを駆使したライダーのスキル向上などを活用することで、ヤマハが目指す「2050年までに交通死亡事故ゼロ」を実現させるためのもの。
同日に行われたプレス向け発表会では、それらの例として、低速域で立ちゴケなどを防ぐ「AMSAS(アムサス)」や、2023年に発売予定の新型ツアラー「トレーサー9GT+」に搭載した「ミリ波レーダー連携UBS(ユニファイドブレーキシステム)」などを公開。
また、オンデマンド型安全プログラム「マイクロラーニング」など、ライダーのスキル向上や事故回避操作などの習得に役立つコンテンツなども紹介しました。
●人機官能×人機安全とは?
発表会の当日は、代表取締役の日高祥博氏、取締役上席執行役員 技術・研究本部長の丸山平二氏が登壇。「人機官能×人機安全」について説明がありました。
それによれば、まず、人機官能とは、従来からヤマハが掲げている独自の開発思想のこと。「人(ライダー)」と「機械(バイク)」を高い次元で一体化させることにより、「人」の悦び・興奮をつくりだす技術を意味するといいます。
ちなみに、たとえば、ヤマハのフラッグシップ、スーパースポーツ「YZF-R1」などに搭載されているクロスプレーンエンジンなども、この開発思想から生まれたものですね。
YZF-R1の場合は、最高出力200psを発揮する997cc・4気筒エンジンを搭載しますが、4つのクランクを90度間隔で配置するなどの独自技術により、圧倒的パワーを持ちながらも、幅広いライダーが扱いやすい特性を実現。ライダーのアクセル操作に対し、リニアに出力が出ることで、ライダーの感性に寄り添った出力フィーリングを体感できます。
●ライダーとバイクの両方で高度な安全を実現
そうした、従来からあるヤマハの開発思想に、今回追加されたのが「人機安全」。これは、「人(ライダー)」と「機械(バイク)」が、相乗作用で高度な安全を実現するという考え方です。
世界的に2輪車の事故が増加傾向にある中、「自立走行できない」というバイクの特性を踏まえながら、前述の通り、先進の安全機能でライダーの操作をアシストしたり、リアルやオンラインを駆使したライダーのスキル向上などを活用することで、事故を減らすことを目的とします。
また、人機官能×人機安全を実現するために、ヤマハは「技術」「技量」「つながる」という3つの柱を軸にすることも発表。
「技術」は、ライダーをアシストする先進技術、「技量」はライダーのスキル向上に役立つデジタルなどのコンテンツなどのこと。
「つながる」では、スマートフォンのアプリなどを駆使し、ライダーのミスなどに起因する事故や、環境に起因する事故の予防に繫がる情報提供などを目指すといいます。
そして、これらによりヤマハは、ユーザーがバイクを楽しみながらその能力を高めつつ、事故を減らし、最終的に「事故のない社会」を目指していくのだそうです。
●ライダーをアシストする先進技術
今回の発表会では、これら「技術」「技量」「つながる」の例として、すでに活用されているものはもちろん、開発中の先進技術などについても紹介されました。
まず、「技術」の項目では、5km/h以下の低速走行時などに、車体の姿勢を安定させるAMSAS(アムサス)があります。
これは、Advenced Motorcycle Stability Assist systemの略。6軸IMU(慣性計測装置)で検知した車体姿勢に応じて、前輪に搭載する駆動アクチュエーターと、ステアリングのトップブリッジ下部に搭載する操舵アクチュエーターが車体を制御する技術です。
これにより、たとえば、細い路地でのUターンなどで起こりやすい立ちゴケや、クルマや障害物と衝突しそうな際に急ブレーキをかけ、前輪がロックして起こる握りゴケなどを防止。まだ、研究開発中の技術ですが、将来的には、事故が起きそうな状況時に、ライダーが危険回避を行うための操作をアシストする機能としての活用を目指しているそうです。
ちなみに、実験車両は、ヤマハの250ccや300ccのスーパースポーツ「YZF-R25/R3」の車体をベースとした電動バイクに、AMSASの装備を搭載したものを使っていますが、将来的には、さまざまな排気量やタイプの車両への採用が期待されます。
また、レーダー連携UBS(ユニファイドブレーキシステム)も紹介。2022年11月8日にヤマハが欧州で発表した、新型の大型ツアラー「トレーサー9GT+」に搭載された機能です。
UBSは、ヤマハ独自の前後連動ブレーキ機構で、後輪ブレーキを操作すると、前輪にもほどよく制動力を配分して、良好なブレーキフィーリングをもたらすことが特徴です。
新型トレーサー9GT+では、このUBSと、フロントカウルに新搭載したミリ波レーダーを組み合わせています。
主な特徴は、ミリ波レーダーとIMUが感知した情報をもとに、前走車との車間に対し、ライダーのブレーキ入力が不足している場合、前後配分を調整しながら自動でブレーキ力をアシストするというもの。
ちなみに、ヤマハによれば、ミリ波レーダーとUBSが連携した機能はモーターサイクルでは世界初。
さらに、当システムでは、ブレーキだけでなく、電子制御サスペンションとも連動させることで、ライダーに負担の少ないフィーリングを実現しているといいます。
また、トレーサー9GT+には、高速道路などで先行車両に追いつくと、一定の車間を保って追従走行が可能となる「ACC(アダプティブ・クルーズコントロール)」も採用。
これも、ミリ波レーダーの搭載により可能となった機能ですが、トレーサー9GT+では、ACC作動中もレーダー連携UBSが効くことで、高速道路での衝突事故などを未然に防いでくれます。
●4輪ドライバーにバイクの存在を知らせるシステム
さらに当日は、ヤマハやホンダ、BMWモトラッドなど、国内外の2輪メーカーが共同で研究開発を進めている「協調型高度道路交通システム」も紹介されました。
これは、クルマやバイクなどが無線通信でつながることで、お互いの位置や速度などの情報を交換するシステムのこと。
たとえば、右折待ちする4輪車ドライバーが、直進するトラックなどの後を走り存在に気づきにくいバイクとの衝突、いわゆる右直事故などを防ぐ効果が見込まれます。4輪車が右折待ち中に、トラックの後をバイクが走っていることを、車両のモニターなどにシステムが知らせることで、注意を促してくれるためです。
ヤマハの調査によれば、バイクが関連する事故の原因では、2輪ライダーのミスは約32%(認知ミス10%、判断ミス17%、操作ミス5%)。対して、4輪ドライバーのミスは約55%(認知ミス41%、判断ミス14%)だといいます。
そして、こうした結果は、バイクは車体が小さいため、4輪ドライバーから見ると、遠くを走っているように見えるなど、認知しにくいことも要因だといいます。
当システムは、こうした4輪ドライバーのバイクに対する認知をアシストすることで、事故を未然に防ぐことを主な目的とします。
さらに、バイクのメーターなどにも、付近を走るクルマの存在を知らせることで、バイク側でも事故を回避する行動や操作をしやすくする効果も期待できるといいます。
なお、このシステムについても、現在はまだ研究開発中。ヤマハを含めた2輪車メーカーをはじめ、大学や交通安全研究機関、業界団体、ユーザー団体など18団体が加盟する「CMC(Connected Motorcycle Consortium)」というコンソーシアムで、システムの普及に向けた活動が行われています。
●ライダーのスキルをリアルやデジタルで向上
一方、「技量」の例としては、ヤマハが実施しているライディングレッスン「YRA(ヤマハ・ライディングアカデミー)」に、2021年4月から導入された「YRFS(ヤマハ・ライディング・フィードバック・システム)」が紹介されました。
YRAは、ヤマハが日本をはじめ、世界76ヵ国で実施し、2010年からの累計で134万人が参加しているライディングレッスンです。
それに導入されたYRFSは、車両の位置・速度のデータを簡易デバイス(GPSロガー)で取得し、走行時の「加速・減速」と「旋回」を「見える化」するシステムです。
レッスン中に撮影した旋回時の乗車姿勢写真と、走行データを載せたフィードバックシートをレッスン受講後に提供。シートには、それらを照らし合わせることで浮き彫りになった受講者の課題や、レッスン中のアドバイスを掲載してあり、改善ポイントを振り返ることができるようになっています。
また、ヤマハでは、リアル以外でも、いつでも手軽にオンデマンドで安全運転教室に参加できるマイクロラーニング・コンテンツも充実を図るそうです。
マイクロラーニングは、多くのライダーに安全運転知識を知ってもらうための3分程度の短い動画のこと。スマートフォンなどで手軽に視聴できることや、短いことで集中力が続き、空き時間に何度も観ることが可能なことで、スキルや知識を習得しやすいことが特徴です。
これらについても、今後、たとえば、YRFSを進化させた仮想現実や拡張現実を活用したシミュレーターの開発、マイクロラーニングではスマホ連動ゲームなどの開発なども目指すといいます。
ヤマハはこうした取り組みにより、さらに効果的なライダー技能向上コンテンツを作っていくといいます。
●スマホアプリY-connectの進化も目標
最後に、「つながる」では、ヤマハがすでに展開しているスマートフォン専用アプリ「Y-connect」などを進化させることで、事故回避アシストの実現も目指すといいます。
Y-connectは、アプリをインストールしたスマホとバイクをペアリングすることで、スマートフォンの通話着信、SNS通知、バッテリー残量などを、車両側のメーターアイコンで表示することを可能とします。
また、スマホ側に車両の故障通知やメンテナンス推奨時期を通知できるなど、さまざまな便利機能が使えます。
ヤマハでは、今後、人の状態推定、気象状況、道路状況などのデータを集積・分析。4輪ドライバーやバイクライダーのミスに起因する事故や、大雨など環境に起因する事故が起こる潜在リスクなどを、Y-connectを活用しスマホなどに通知することで、事故を未然に回避できるアシスト機能を持たせることも目指すといいます。
バイクだけでなく、スマホなども活用した先進機能、それにライダーのスキルアップについてもリアルとデジタルの両方を活用するという、ヤマハの安全ビジョン。
これから出てくる、楽しく乗れて、より安全性が高いバイクや、ライダーのスキル向上などに役立つコンテンツなどに期待したいものです。
(文:平塚 直樹/写真:平塚 直樹、ヤマハ発動機)