「接近戦を可能にする」空力設計の新コンセプト「スーパーフォーミュラ次世代車両」に向けて

■開発進行中のスーパーフォーミュラ次世代デザインの「実車」が鈴鹿を走った。

●空気の流れを利用することで速く走れるレーシングマシン。しかしそこに大きな問題が…

スーパーフォーミュラ新空力開発車両
初めての走行試験。鈴鹿サーキットのコーナーを思い切り接近して走る「白寅」(ホンダ・エンジン)と「赤寅」(トヨタ・エンジン) (写真:JRP)

今日の競技車両、中でもサーキットを走るためだけに開発されたマシンは、車体の周囲を流れる空気で「ダウンフォース」、つまり航空機の翼で言えば「揚力」を逆に地面に向けて車体を押し付ける方向の力を発生させ、それがサスペンションからタイヤへと伝わってタイヤを路面に押し付けることで、そこで発生する摩擦力を増大させています。

ふつうのクルマであれば、タイヤを路面に向けて押し付ける力、正確に言うと「荷重」は、そのクルマの重量。その何倍にもなる空力的ダウンフォースを加える、つまりタイヤの荷重を増やすと、その分だけ摩擦力が増えます。でもその摩擦力が受け止める物体(クルマ)の質量は増えないので、それだけ強い運動を生み出すことができる。これが「レーシングマシンがダウンフォースによって速く走ることができる」、もうちょっと詳しく言えば「速度を上げると(その2乗に比例して)強まる遠心力に耐えてコーナリングでき」「ブレーキを掛ければ強烈に減速する」ということなのです。

ただし、そのダウンフォースは「空気が流れる速度」の「2乗」で変化するので、クルマの速度が高いほど強い運動ができる。たとえば、高速からのブレーキングでは最初が最も強烈に減速するけれども、速度が下がるのに合わせてみるみるタイヤを路面に押し付ける力が減っていくので、そのままブレーキを踏んでいると簡単にロックしてしまい、減速しつつどんどんブレーキ踏力を抜いてゆかなかればならない、といった特殊なドライビングが求められるようになります。

それと同時に、クルマが進んで行くところにある空気を大きく動かして、そこに発生した流れが車体に力を生むので、走ってゆく車両の背後では、空気が渦を巻き、乱れて動き回る状態になります。そこに後続のクルマが走ってくると、静かに安定している空気の中を走るのとはまったく様子が変わってしまう。簡単に言えば、本来発生するはずのダウンフォースよりもずっと小さな力しか出ない。加えて空気の乱れにぶつかると車体がふらつく。その結果、前を走るマシンに接近して行って競り合いを仕掛けたくても、後方のマシンは「ダウンフォースが抜ける」「挙動が安定しない」ので、気流の乱れがある程度落ち着く距離までしか近づくことができない。これが最近の“自動車競争のために作られたクルマ”のレースで、接近した競争がなかなか演じられない原因になっているのです。

今年、F1の車両規定が大きく変わり、マシンの姿形もそれに合わせて変わりましたが、そこでも「前を走る車両に接近できるような空力設計に」がひとつのテーマになっています。でもなかなか「接近戦」まではいかないようですが。

●実車で確かめたデータから「接近戦」を可能にするデザインへ

スーパーフォーミュラ新空力開発車両
後方から見た時、現行SF19からの変化の印象がより強い。リアウィングの形、ということは後方に向かう空気流制御の考え方が変わったことが伝わってくる(写真:JRP)

日本のトップフォーミュラである「スーパーフォーミュラ」では今シーズン、次の時代にも魅力ある、同時に社会的にも意義のある自動車競争へと踏み出そうというプロジェクトを始動させています。

その中には、「カーボン・ニュートラル」を実現する燃料(すでにCO2吸収と排出がバランスする炭化水素燃料の開発は進んでいて、それが量産化できれば内燃機関で走るクルマ、船、航空機も、CO2排出削減の中でも存続できます。モータースポーツがその「開発現場」になろうとしています)があり、またタイヤやマシンの素材も環境影響を減らす試みを具体化。その一方で、「観て楽しいレース」に向けて、この「ダウンフォースに依存するがために、前を走る車両に接近するのが難しい」現象を何とかしよう。これも重要な開発テーマのひとつです。

もうひとつ、今のスーパーフォーミュラ(とスーパーGT・GT500)は直列4気筒エンジンを使い、燃料流量を制限して熱効率の極限を追求するものなのですが、「音」の魅力が足りない。これに対しても「金管楽器」としての音の「チューニング」が進んでいます。

今回の記事はその中でも「複数のマシンが接近して走れる競争に」の開発が、いよいよ実車に展開した、というお話。
つまり次世代のスーパーフォーミュラのマシンはこうなる、というエクステリア・デザインがテストカーに実装され、鈴鹿サーキットを走ったのです。

ここに至るまで、じつはシーズンインした4月から、レースイベントの前後にそのサーキットで2台のテストカー(ホンダ、トヨタのエンジンを積むSF19各1台)を走らせ、先ほど紹介した複数のテーマの実車試験を重ねていたのです。その中で、現状デザインの車両同士が接近して走る中で、実際にどんな力の変動が車両に現れているのか、空力セッティングを変えるとどうなるのか、など様々なデータを、シミュレーションではなく(F1ではこれに多くの工数を注いだそうですが、空気は、それ以上にタイヤは、なかなか数値計算に”乗らない”のです)、実車が現実のコースを走る中で起こる現象として捉え、同時に経験豊富なドライバー(石浦宏明と塚越雄大)の身体センサーをフルに活用して(ここでは”勝負する”必要がないので、彼らの感覚と能力をマシンの反応だけに集中させることができます)、そこで収集されたデータを、車両開発・製造を担当するイタリアのダラーラ社と共有して、新しいエクステリア・デザインにまとめ上げたのです。

その「次世代エアロ・フォルム」をまとったテストカーが10月26・27日の2日間、鈴鹿サーキットで走りました。簡単なシェイクダウンはイタリアで実施しているのですが、これが初の実走テスト。そこでそれぞれ1500kmも走ったドライバー2人が語ってくれたのは…

「現行のSF19でダウンフォースを極端に減らしたセッティングにすると、たしかに(後方乱流が減って)接近できるけれど、その状態では(タイヤへの荷重も減って)レースをするようなしっかり地に足がついた走りは難しい」

「新しい外装(エアロパッケージ)を組んで初めて走ったのだけれど、CFD(数値流体解析)などで見せてもらっていたデータ以上に、接近できるだけでなく、コーナーの中で、タイヤもマシンも横滑りしている状態でも、クルマの動きが乱れることがなく、これまでだったら絶対に無理、という距離まで近づいて走れた。そこから脱出加速に入るので、これまでは追い抜きを仕掛けるポイントだとは考えていなかったポイントでも競り合いになりそう」

この次世代スーパーフォーミュラに向けたエクステリア・デザインについては(基本骨格は、SF14〜19で使ってきたものを継承して、外装を変えている)、現行のSF19と並べて比較しつつ、「どこが変わっているのか」を今、外見で見て分かる範囲で解説した「画」を作ってみたので、ここに紹介します。じっくり眺めて、楽しんでください。

スーパーフォーミュラ新空力開発車両
現行車両SF19と、そのモノコックやサスペンション機構はそのままに外装を大きく変えた新空力デザインを正面から見て、半分ずつ合わせて較べてみました (写真:筆者)
スーパーフォーミュラ新空力開発車両
サイドポンツーン前端まわり、ダウンフォースの多くを得る車体底面への空気流入部であるアンダーボディ先端のデザインも、じっくり見るとかなり変化しています (写真:JRP)
スーパーフォーミュラ新空力開発車両
車体後半部からリアウィングにかけてのデザイン変化を較べて見ると…(写真:JRP)

(文:両角 岳彦/写真:JRP、筆者)

この記事の著者

両角岳彦 近影

両角岳彦

自動車・科学技術評論家。1951年長野県松本市生まれ。日本大学大学院・理工学研究科・機械工学専攻・修士課程修了。研究室時代から『モーターファン』誌ロードテストの実験を担当し、同誌編集部に就職。
独立後、フリーの取材記者、自動車評価者、編集者、評論家として活動、物理や工学に基づく理論的な原稿には定評がある。著書に『ハイブリッドカーは本当にエコなのか?』(宝島社新書)、『図解 自動車のテクノロジー』(三栄)など多数。
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