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■かつての優れた実績を再現したモデルチェンジ
8月23日に発売されたトヨタの新型「シエンタ」は、先代のエモーショナルなスタイルから一転、家族の生活に寄り添う「やさしさ」を打ち出しての登場となりました。そこで、デザイン全体のリーダーである加藤孝明氏に、その狙いについてお話を伺いました。
●機能を伴った道具感をどう表現するのか
── まずはじめに、新型の開発に先立ち、先代(2代目)のデザインをどう評価しましたか?
「初代は世の中にミニミニバン(コンパクトミニバン)のカテゴリーを確立しましたが、先代はその市場にエモーショナルなデザインでチャレンジをした格好ですね。キャビンをことさら大きく見せず、国内のミニバン市場で埋没しない個性を重視しました。素材色のプロテクションもユニークでしたが、ただ、若干『飾り』に見えてしまう面がありました。新型はその点で道具らしさを表現しようと考えました」
── デザインのキーワードは「シカクマル」ですが、これはどうやって決まったのですか?
「実は、初代デザインでもアプローチしていた『シカクマル』を最初からイメージしたワケではなく、4案ほどで検討を進めていました。その中で、運転が苦手な方でも「これなら運転できそう」と思えるカタチとして「曲げわっぱ」(木製の円筒型の箱)というモチーフが提案されました。外形をコンパクトに見せるよう対角線上のカドを落としたカタチですが、新型は単なる四角形ではなく、テンションのかかった四角形としたわけです」
── では各パートを見てみます。フロントでは、左右を絞ったランプ周りと車幅いっぱいに大きく張り出したバンパー部の対比が特徴的ですが。
「絞るというより、ルーフからバンパーへの流れがひとつのシルエットに見えるよう、ランプを後ろに引いたんです。左右のランプは目尻まで続く黒いラインでつなぎ、ひとつのユニットに見えるようにしました。結果として初代の横一文字テーマをも想起させる『キーンルック』的な表情になりました。また、グリルは冷却やセンサーなどの要件を満たすとミニマムでもこのくらいの大きさになるので、必然的にバンパーも左右いっぱいの表現になるんですね」
── 低いベルトラインは最初からの狙いですか? また、リアピラー部で丸いラインを描いたのは先代のオマージュでしょうか?
「はい。運転のしやすさとしてボンネットフードがしっかり見え、バックの際には側面や後方視界を確保するためですね。また、3列目のシートはエマージェンシー的な扱いなので、あえてベルトラインを2列目で止めたんです。それと、この丸いラインは先代同様ルーフラインからの「一筆描き」になっているんです。実はスケッチを描いたのは先代と同じデザイナーでして、その意味では先代のオマージュとも言えますね」
●過去の実績を踏まえたモデルチェンジ
── サイドの大型プロテクターは当初からの案ですか?
「いえ、最初はなかったですね。国内ユーザーの多くは『素材色は安っぽい』と考えていて、黒いパーツを嫌う傾向があるんです。そこで2案で検討したのですが、やはり機能として大切ですし、前後ホイールアーチのプロテクターと合わせ、しっかりした『黒の土台』の上にコンパクトなキャビンが載っているように見せたかったのです」
── リアですが、ランプを横型から縦型に変更したのはなぜですか?
「『アルファード』など、上級なクルマは横型ランプといった考え方があるのですが、今回はそれよりも垂直と水平のスタンスをしっかりさせたかった。また、ヤリスシリーズ同様ガラスとランプ、ガーニッシュを一体にしてひとつのカタマリとして見せています。実は、今回はかつての『ファンカーゴ』のヘリテージの意図もありまして、縦型ランプもネガティブには考えなかったんですね」
── 最後に。新型はクルマ好きの間でルノーやフィアット車に似ていると話題ですが、実際に欧州車は意識されたのでしょうか。
「90年代、初代の『ヴィッツ』は実用コンパクトに『楽しさ』を持ち込んで欧州市場にインパクトを与えました。先のファンカーゴもそうですし、初代の『RAV4』も影響力が大きかった。一般的にモデルチェンジは先代を否定することが多いのですが、やはりいいものは大切にするべきだと。シエンタは国内向けですが、それを実践するチャンスだと考えました。ですから、欧州車のようだという意見はポジティブに捉えているんです」
── 欧州でやってきたことをあらためて実践したわけですね。本日はありがとうございました。
【語る人】
トヨタ自動車株式会社
ビジョンデザイン部 主幹
TCカンパニー デザイン部 兼務
プロジェクトチーフデザイナー
加藤 孝明
(インタビュー)
すぎもと たかよし