【スーパーフォーミュラ2022年第5戦・スポーツランドSUGO】「勝てる速さの持ち主」を証明する初勝利~両角岳彦のデータと観察で“読み解く”自動車競争

■勝負の分かれ目はスタートの”蹴り出し”に

2022年スーパーフォーミュラ第5戦スポーツランドSUGO
今季5戦中4戦連続の予選最速ラップを走り切った直後の野尻智紀。前3戦よりちょっと表情が“渋い”。前戦APでは決勝で「グリップ感」が足りず、この日も既に「その予兆があるんです」とピットに戻って一瀬エンジニアと検討に入っていた
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スタート直前のグリッド最前列2車。発進時の静止位置は1車長と少しずつずらした配置になっている。SUGOのストレートは上り勾配なので左足でブレーキを押さえながら右足はアクセル全開、手動パドルでクラッチを“ミート”する。その微妙な差でフェネストラズがこの距離を詰めた(撮影:筆者)

スタートの瞬間を告げる5連のレッドライトが順次点灯、すべてが眩く光った一瞬の後に一斉消灯。その瞬間、誰よりもきれいに蹴り出して速度を乗せて行ったのは、ポールポジションのすぐ右斜め後ろに位置していたS.フェネストラズ車の青いシルエットでした。

前日の予選で、そのフェネストラズにさえ0.357秒という、アタックラップでは64秒余りで1周してしまうスポーツランドSUGOのコースにおいて、また1秒差の中に10車以上がひしめくスーパーフォーミュラのタイムアタックとしては“大差”をつけて、今季ここまで5戦の中で4戦連続のポールポジションを手にした野尻智紀でしたが(初戦をチームメイトの笹原右京に「1周最速」を譲っただけ)、ここでは蹴り出しがわずかに遅れ、彼としては失敗と受け止めるスタートだったはず。

1コーナーまでの短い加速はフェネストラズが明らかに速く、それに対して自らのマシンを右に寄せ、タイヤとタイヤが触れ合わんばかりの一瞬を演じて牽制した野尻でしたが、1コーナーに向けてブレーキングする段階ではフェネストラズのマシンがインを押さえたまま頭ひとつ前に出ていて、野尻としては引かざるをえませんでした。

その直後では、グリッド5番手に付けていた大湯都史樹の加速が良く、直前の3番手からスタートした大津弘樹が、ややインに寄せつつ1コーナーに向かうのを、その外から一気に抜き去って3番手で1コーナーへ。大津としては直前で野尻とフェネストラズがぎりぎりのせめぎ合いを繰り広げるのを目撃、そこで接触など起こったら…と反応したことで1コーナー手前の車速が上がりきらず、アウト側のラインでダッシュしてきた大湯にかわされた、という状況だったように見受けられます。

さらにその後方では、1コーナーへの進入からマシンとマシンの距離が一気に縮まり、重なり合うように回り込んで行く。その中で一瞬前に出かかった山下健太車の右リア部とイン側ぎりぎりを回り込む山本尚貴車が軽く接触。これで山下は内側に巻き込む旋転に陥ってしまい、そのまま2コーナー内側のグリーンにストップ。その車両排除のためにセーフティカー(SC)ボードが提示され、2周目に入るところからは各車がSCの後尾に隊列を整えての走行になりました。

そのセーフティカーのルーフに取り付けられたフラッシュライトが消灯し、この周回でSCランが終わることを告げたのは、7周目のバックストレッチでのこと。フェネストラズを先頭に全車が最終コーナーの「すり鉢」を回り込んで行く中からアクセル全開の加速に移り、SUGO名物「10%上り勾配」を駆け上がります。

と、スタートでグリッド12番手から3ポジション上げていた松下信治(いつもながらスタートダッシュは抜群)が、最終コーナー脱出からオーバーテイクシステム(OTS)発動。直前を走る牧野任祐に、メインストレートの勾配が減るあたりで外から並びかけた。そこで減速・シフトダウン…に入るその瞬間にリアタイヤのグリップが抜けた感じで一気にスピン、そのまま1コーナー奥のタイヤバリアに突っ込んでしまう。直ちに2度目の「SC」ボードが各ポストに提示されて、戦闘状態凍結。再びセーフティカー先導の隊列走行に。

●「最短の10周」でタイヤを履き替えに入るか?

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レース開始直後に起きたアクシデントで早々にセーフティカー(SC)導入。スタートから1コーナーまでにトップに立ったフェネストラズを先頭に野尻、大湯、大津、宮田、福住と続く

この2度目のセーフティカー導入が、じつは微妙なタイミングでした。

今のスーパーフォーミュラでは、各戦毎に提示される競技規則の中で「タイヤ交換」(乾燥路面での競争の場合)が義務付けられています。それも「先頭車両が10周目の第1セーフティカーライン(ピットロード入口分岐部)を通過してから、最終周回に入る前までに」という条件で。つまり、各車10周目を回り切るところからはピットに入ってタイヤ交換ができるということです。

この状況では8周目に始まり、9周目には隊列が整ったセーフティカー先導走行がまだしばらく続くことは明らかで、そこでいち早くピットストップ&タイヤ交換を行えば、コース上を走るマシン群の走行速度が遅くなっているので、ピットイン~タイヤ交換~ピットアウトによる、コース上を走る車両に対するタイムロスが大幅に小さくできます。

もしここでピットインしないで「ステイアウト」した場合は、レースが進む中でもう一度セーフティカーが入るような状況が発生しないかぎり、戦闘状態=「アンダー・グリーン」(アメリカ流の表現)でピットストップすることになり、既にタイヤ交換義務を消化している車両に対して、ここSUGOの場合は35秒かそれ以上の差を開いておかないと、ピットストップで順位を逆転されてしまいます。

しかし、今季これまでの実績を読み解くと、皆が装着している横浜ゴムのドライタイヤは、今回のレース距離、53周・190kmをほぼ半分ずつ「均等割」で、つまり1セットで90~100kmを走るのが計算上はレース完走所要時間が最も短くなるはずで、これを10周で履き替えると残り43周・154kmを走り切る後半のどこかからグリップがかなり落ちてくることが予想されます。さて、どうするか…。

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競技規則でタイヤ交換が認められる最小周回の10周完了はSC先導走行中。スタートからトップグループを構成していた面々は(宮田を除いて)ピットストップ。タイヤ交換作業がピタリと決まった大湯が直前で作業していた野尻に、発進で先行。フェネストらずに続くポジションを獲得した

ここで「10周完了でピットイン」を選んだのが、フェネストラズ、野尻、大湯、大津、福住仁嶺、国本雄資、山本、佐藤蓮、笹原、坪井翔、阪口晴南、大嶋和也の12台。逆にスタートでポジションをひとつ落としていた宮田莉朋を先頭に、牧野、平川亮、さらに4車がステイアウトを選択したのでした。

こうした状況下では、ピット前に停止~ジャッキアップ~タイヤ交換~ジャッキダウン~発進、という一連のプロセスの巧拙、ロスタイムがふつうのピットストップ以上に重要になります。ここで今回は、無限(野尻)、ナカジマ(大湯)のピットが前後に並ぶ中、大湯車の作業終了が一瞬早く、発進加速してファストレーンに出た大湯が野尻の横を通過、ここで順位が入れ替わりました。

つまりタイヤ交換完了組に絞って隊列を確認すると、フェネストラズ、大湯、野尻、大津…という順に変わったのです。もちろん彼らはSC先導走行が続く中、宮田を先頭にするステイアウト組・7車との差を詰め、1列縦隊のフォーメーションに落ち着いたのでした。

●ピットストップで“消費する”時間を巡る、見えない相手との競争

こうなると、先頭に立った宮田としては、そしてもちろんその後ろに付けたタイヤ交換未消化組は、ピットストップを終えているフェネストラズ以降の各車をターゲットに、35秒ほどのギャップを築けるか、にまずは集中するしかありません。中高速コーナーが続く一方でコースサイドのエスケープエリアが狭いSUGOは、アクシデント発生~セーフティカー導入の可能性が高い、とは言ってもそれを前提に戦略を組み立てるわけにはいかないわけで、実際、この日はこの後にSCが入ることはありませんでした。

それとは別に、レース序盤で事故処理とSCランがずっと続いたことでかなりの時間が費やされていて、あらかじめ定められた周回数とは別に、レースがスタートしてから終了までの最大時間「70分」の枠の方が先にやってくる、という状況が生まれていました。

結局、14時34分にスタートシグナルが全消灯してから70分を経過した15時44分にチェッカードフラッグが準備され、先頭の車両に向けて振り下ろされた時には49周を走り終わったところでした。つまり周回数では4周短縮となったわけです。

それはもう少し後の話…。

15周目に入るところからトップに立った宮田以降、牧野、平川は後続とのギャップを少しでも広げようとペースアップを試みる。一方、タイヤ交換義務を消化した中では先頭を走る、ということは実質的にはトップのフェネストラズは、直前を走るタイヤ未交換のままながらペースの上がらない小林可夢偉、三宅淳詞の背後に付けて周回を重ねる、という状況がしばらく続きました。

しかしフェネストラズとしては、宮田をターゲットに、彼我の差が35秒以上に広がらなければ、宮田がピットストップして戻ってきた時には前に出られる。ただ、そこからフレッシュなタイヤを履く宮田は一気にタイムを切り詰めてくるはずだけれど、自身のタイヤはかなりの距離を走った状態になるので、そこまではグリップ・パフォーマンスをできるだけ残すよう、無理をかけない走りをしてゆく必要があるのです。

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決勝レース最終結果・上位10車のラップタイム推移。今戦は1周目1コーナーの接触・スピンアウトで1度目のセーフティカー(SC)、そこから競争再開となった直後にまた1コーナーでアクシデント発生、これで2度目のSC導入となり、実質的な競争は15周目から、となった。ただその2度目のSC走行中に規則で求められているタイヤ交換のピットストップを行った車両が12車(本文参照)。ここでコースに居残り(ステイアウト)、タイヤ交換を後に残した宮田、牧野、平川が直ちに1分8秒台にペースを上げてタイムギャップを広げようとしたことが読み取れる。これに対して先頭に立ったところからピットストップしたフェネストラズは、ここには示していないが前を走る小林、国本のペースに合わせて無理をせずに(タイヤの消耗を控える意図もあったはず)1分9秒台後半で周回を続けた。ここから10周ほどは先行3車との間に毎周1秒ほどの差がある周回が続く。フェネストラスとしては「あまり差が広がるのも…」という感じで29〜34周目にかけて少しペースを上げるが、そこでまた前に詰まってしまう。残り時間10分となるところで平川が、45周完了で牧野がピットへ。ともにピットアウト直後は新しいタイヤの“一撃”グリップを引き出してラップタイムを切り詰める。宮田は残り時間が3分というぎりぎりのタイミングでピットイン、タイヤ交換。さすがにそのグリップを引き出す周回は残されていなかった。一方、フェネストラズは前が空いた40周目からペースアップするが、レース終了に向けて十分な余裕がある状況なのがわかって最後の2周は少しペースを緩めている
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優勝したフェネストラズを基準に、周回毎に各車がどれだけの差を持って計時ラインを通過したか、をグラフ化した「ギャップ&ラップチャート」。まず2度目のSC先導走行の中、11周完了で各車のラインが交差し順位が入れ替わっているのは、その前の周回=規則上、タイヤ交換が認められる最小周回でピットインする/しないが二つに分かれたため。15周目から競争再開。ここからコース上で先行するステイアウト組のとくに先頭から3車、宮田、牧野、平川が後続・タイヤ交換を済ませたフェネストラズ以降との差を開きにかかる。そのフェネストラズは直前の小林、三宅のペースに合わせて走り続け、あえて攻めには行っていないことがラップタイム推移と並べて見るとはっきりする。ピットロード出口のレイアウトが再度変更されたSUGOで、ピットストップ+タイヤ交換にどのくらいの時間を“消費”するか、予想が難しかったが、レース後半で次々にピットインした車両の折れ線の降下幅を見ると最小でも35秒、ターゲットの前に戻るためには40秒は欲しいことがわかる。ピットストップの後、タイヤの消耗度合いが少ないことを活かして、平川は前を走っていた4車を次々に追い抜いていったことが、それぞれの折れ線の交差に現れている。その後にピットストップした牧野も、一気に前との差を詰め、フィニッシュでは野尻との差ほぼゼロまで追い込んでいる

フェネストラズを担当するベテラン・トラック・エンジニアの村田卓児氏は、レース後にこの状況を振り返って…。

「あそこで(SCランが続く10周完了時)ピットに入れるのはセオリーだから…。もし入らなかったら勝負権を失うでしょ。でも、まずコースに居残ったクルマが意外に多くて、7台も並ぶとそれだけで先頭と10秒の差ができちゃう。しかも再開したら、前の2台、とくに前の方(小林)が遅くて(笑)。
さすがに(ターゲットである宮田に対して)1周・1秒離れるのが続いた時は、『入れる』と決めた側としてはちょっとドキドキしたけど(笑)。あそこで(フェネストラズが)ガツガツ攻めかけなかったということは、タイヤを消耗させないようにと、そのあたりはわかってドライビングしていたと思う」。

近藤真彦監督も含めて、そうした中でドライバーに対してはとくに何か指示するような無線交信はしなかった、とのこと。

●最終盤に至ってのポジション攻防、そして決着

一見、淡々とした展開が続いた中盤、じつはこうした終盤に向けたストーリーが組み立てられていったのでしたが…。

競争再開となった15周目から15周・55km、スタートからだと110kmを走ったあたりから先行する宮田以下、タイヤ未交換組のラップペースが徐々に鈍ってきました。この中からまずG.アレジが(TOM’Sチームは2車ともステイアウトを選択)、そして39周完了で平川がピットイン。今季好調な、しかもこの前の週末にはル・マン24時間レースで総合優勝を獲得したクルーの一人となった平川は、土曜日の予選Q1で先行車両にアタックを妨げられたこともあってスタート・ポジションは16番手という後方に沈んでいました。そこからこのピットストップを経て、そこからまず笹原、さらに佐藤(競り合う中で1コーナーでスピン)、国本と次々に抜き去り、最後の最後には福住とのバトルを制して7位まで挽回したので、彼とチームにとってはSCランでのステイアウトは納得の選択だったはず。

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「踵を接して」フィニッシュラインを駆け抜ける野尻と牧野。3位を守り切った野尻のロールバー前面、OTS作動・残り時間を示すLEDは赤表示、残り20秒を切ったことを示している。牧野もこの周はOTSを使い続けていたが、LED点滅が消えている瞬間
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歓喜の瞬間。優勝を手にしてマシンから降り立った”サッシャ”に駆け寄った近藤真彦“監督”が飛びつく

その前を走っていた牧野は45周完了、宮田はさらに引っ張って47周完了と、時間終了レースになったことをにらみながら最終盤にタイヤ交換。そういう選択にならざるをえなかった、というべきでしょう。

それぞれ、ピットイン前周のフェネストラズとの差は、牧野で25秒、宮田でも27秒でしたから(しかも宮田はピット作業で少しロスもあり)、フェネストラズとしては宮田と同周回で小林がピットロードに向かったところで、無理をすることなくトップに立つことができたのでした。

牧野と宮田にとって競争の対象はフェネストラズではなく、むしろその後ろに大湯、野尻、大津と連なっていた集団。「どこに出られるか」のせめぎ合いは結局この実質4番手までが先行。牧野はフレッシュなタイヤの「一撃」初期グリップの高さを引き出しつつチームメイトでもある大津を抜き、最終周回ではコース前半の上りセクションからOTSを発動して3番手を走る野尻にテール・ツー・ノーズ状態まで迫りましたが、野尻もOTSを使って防戦し、この順位のままでレースは終了。

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遂に手にした「No.1」。予選2番手からスタートを決めて勝負の展開を引き寄せた。コンビを組む村田エンジニアも「前戦APから予選、決勝ともに『速さ』が出てきている」と

スーパーフォーミュラにデビューした当初から随所に速さを見せながらも、スタート直後にアクシデントに巻き込まれたり、さらには新型コロナウイルス防疫対策でアスリート枠の入国許可対象に選定してもらえず、昨シーズンは「お休み」せざるをえなかったなど、なかなか「結果」につなげられなかったフェネストラズ。昨年加入した村田エンジニアとも、実戦を共に戦うようになったのは今シーズンになってから。そうした事情を知る者にとっては「ようやく…」とも思える初勝利でした。

でも村田さん、「今日は『展開で(味方に付けて)勝った』カタチ。レースの最初から最後までガチンコでやりあって『1番速いから勝った』という勝ち方したいなァ」。よくわかります。エンジニアも、そしてチームも“戦って”いるのですから。次は、そういう勝利を見せてくださいね。

(文:両角 岳彦/写真:JRP)

この記事の著者

両角岳彦 近影

両角岳彦

自動車・科学技術評論家。1951年長野県松本市生まれ。日本大学大学院・理工学研究科・機械工学専攻・修士課程修了。研究室時代から『モーターファン』誌ロードテストの実験を担当し、同誌編集部に就職。
独立後、フリーの取材記者、自動車評価者、編集者、評論家として活動、物理や工学に基づく理論的な原稿には定評がある。著書に『ハイブリッドカーは本当にエコなのか?』(宝島社新書)、『図解 自動車のテクノロジー』(三栄)など多数。
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