トヨタ「スープラ」A80系4代目が登場【今日は何の日?5月24日】

■六甲山に日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」がオープン

1903(明治33)年5月24日、日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」がオープンしました。六甲山の別荘に住んでいた英国人貿易商のアーサー・フルームが、レジャーと外国人の社交の場を兼ねて作りました。当初は外国人のみでしたが、2年後には日本人も利用できるようになり、日本人が初めてゴルフを楽しんだのもこの時期とされています。

5月24日には、カーリングの藤澤五月、水泳の瀬戸大也、俳優の哀川翔、映画監督の鈴木清順、作家の横溝正史、ミュージシャンのボブ・ディラン、ラリードライバーのハンヌ・ミッコラ、詩人のジェームス・オッペンハイムなどが生まれています。本日紹介するのは、ハンヌ・ミッコラです。

●母国1000湖ラリー7勝を誇るフィンランド人ドライバーのハンヌ・ミッコラが誕生

ハンヌミッコラ(左側:2014年)(C)Creative Commons
ハンヌミッコラ(左側:2014年)(C)Creative Commons

ハンヌ・ミッコラは1942(昭和17)年5月24日、フィンランドの北カルヤラ県エンスーで生まれました。1963年にボルボPV544で、フィンランド・ラリー選手権や英国ラリー選手権を制覇して、1973年からフォードのワークスドライバーとしてWRCに参戦します。

アウディ・クアトロを駆るハンヌミッコラ(1986ラリー・モンテカルロ)(C)Creative Commons
アウディ・クアトロを駆るハンヌミッコラ(1986ラリー・モンテカルロ)(C)Creative Commons

1974年に1000湖ラリーで初優勝を飾ると、1975年にはブジョー504でラリー・モロッコ、トヨタカローラで1000湖ラリーを連覇し、その後も優勝を重ねますが、あと一歩チャンピオンには手が届きませんでした。1981年からはWRCに革命をもたらした4WDターボマシンのアウディクワトロをドライブし、1983年に念願のチャンピオンに輝きます。その後、マツダスバル、トヨタなどの日本車での参戦もしましたが、1987年のサファリ・ラリーの優勝を最後に、1991年にWRCから引退しました。

ハンヌ・ミッコラは母国の1000湖ラリーでめっぽう強く、通算7勝。またアウディ・クワトロで4WD車初のチャンピオンとなったドライバーでもあります。1983年に獲得した41歳でのドライバーズチャンピオンは、ラリー史上最高齢のチャンピオンです。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょうか?

●トヨタを代表するスポーツモデル、4代目スープラが登場

1993(平成5)年5月24日、トヨタのフラッグシップスポーツカー「スープラ」の4代目(日本では2代目に相当)がデビューしました。スープラは北米で人気を獲得していた日産フェアレディZの対抗馬としてトヨタが開発。2代目までは、セリカのボディのノーズを延長して直6エンジンを搭載し、北米でスープラ、日本では「セリカXX」と名乗っていました。

1993年にデビューした4代目スープラ(日本では2代目) (C)Creative Commons
1993年にデビューした4代目スープラ(日本では2代目) (C)Creative Commons
マッシブに変貌した4代目スープラのサイドビュー
マッシブに変貌した4代目スープラのサイドビュー

4代目スープラは先代とは打って変わって、テールを大胆に切り落としたウェッジシェイプのマッシブなフォルムが採用されました。軽量かつ高剛性のボディに、ハンドリングと乗り心地を両立させる4輪ダブルウィッシュボーン、ブレーキには4輪ベンチレーテッドディスクブレーキを装備。パワートレインは3.0L直6DOHCのNA(無過給)とツインターボという2種のエンジンに、独ゲトラグ製のMTおよびLUK製の電子制御OD付4速ATの組み合わせが用意されました。

2019年に17年ぶりに復活した現行(5代目)スープラ
2019年に17年ぶりに復活した現行(5代目)スープラ
スリムで洗練されたスタイリングの3代目スープラ(日本では初代)
スリムで洗練されたスタイリングの3代目スープラ(日本では初代)

ダイナミックなスタイリングと優れた走りで、特に米国で高い人気を獲得した4代目スープラですが、21世紀を迎え排ガス規制や燃費規制に膨大なコストがかかるようになり、2002年にいったん生産を終了します。

しかし、その後17年を経た2019年に新型スープラが待望の復活を果たし、大きな話題となりましたね。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

Mr. ソラン 近影
某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きなクルマで、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。