世界初のジェット旅客機運航/カーボンナノチューブを発見した飯島澄男生まれる/スカG伝説が生まれた第2回日本グランプリ開催【今日は何の日?5月2日】

■英国製のジョット旅客機「コメット号」が初運航

1952(昭和27)年5月2日、英国のデ・ハヴィランド・エアクラフト社が開発した世界初のジェット旅客機「コメット号」が、ロンドン・ヒースロー空港と南アフリカ・ヨハネスブルク空港間で運航を始めました。4基のターボジェットエンジンを搭載し、プロペラ機の約2倍の速度760km/hで、雲より高い1万2000m上空を安定して飛行できるので、その後ジェット旅客機が急激に普及することになりました。

5月2日には、女優の夏木マリ、作詞家の秋元康、カーボンナノチューブを発見した飯島澄男、パイオニア創業者の松本望、作家の樋口一葉、サッカーのデビッド・ベッカム、デザイナーのドナテラ・ヴェルサーチなどが生まれています。本日紹介するのは、飯島澄男です。

●世界が大注目、カーボンナノチューブを発見した飯島澄男が誕生

 飯島澄男C)Creative Commons
飯島澄男C)Creative Commons

飯島澄男は1939年(昭和14)年5月2日、埼玉県越谷市に生まれました。1963年に電気通信大学通信学科を卒業後、1968年に東北大学院物理学博士課程を修了。その後、海外で大学客員研究員を務め、帰国後は新技術開発事業団を経て1987年にNECへ入社します。1991年にカーボンナノチューブを発見し、一躍世界から脚光を浴びます。現在は、NEC特別主席研究員、名城大学終身教授、名古屋大学特別招聘教授の他、多くの国家プロジェクトにも参画。ノーベル化学賞・物理学賞の有力候補として、世界的に注目が集まっています。

カーボンナノチューブは、炭素のみで構成される直径がナノメートル(10億分の1メートル)サイズの円筒状物質。プラスチックや金属、ゴムなどに混ぜることで性能を飛躍的に向上できるので、次世代自動車にとっては欠かせない素材です。化学的にも熱的にも安定して、密度がアルミの半分程度と非常に軽いにもかかわらず、強度が鋼の約20倍、さらに銅よりも高い熱伝導性を備えています。まだ高価な材料ですが、ボディ材や電線、電池材料、タイヤ材などへの適用が期待されています。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょうか?

●スカイラインGTの伝説を生んだ第2回日本グランプリ開催!

1964(昭和39)年5月2日から2日間、第2回日本グランプリが開催されました。前年の第1回で、市販車「スカイライン」と「グロリア」が惨敗を喫したプリンス(後に日産と合併)は、新たな高性能モデルの開発によって雪辱を果たすことを決断。スカイラインの開発責任者であった桜井眞一郎が、GT2クラスでも勝てるクルマとして考えたのが、スカイラインにグロリアの直6エンジンを載せることでした。もともと4気筒を搭載していたスカイラインの鼻先を20cm伸ばして無理やり6気筒を押し込み、パワフルな「スカイラインGT」を作り上げたのです。

第2回日本グランプリで激走するスカイラインGT
第2回日本グランプリで激走するスカイラインGT
スカイラインGTを駆った生沢徹
スカイラインGTを駆った生沢徹

GT2クラスでの圧勝を目論んでいたスカイラインGTでしたが、予想外の強敵がエントリー。それは、式場壮吉が駆るミッドシップスポーツカー「ポルシェ904」でした。最高出力が180PSのポルシェ904に対して、125PSのスカイラインGTでは到底かなうわけがありません。ところが、生沢徹のスカイラインGTは必死に追いすがり、なんと7周目にポルシェ904を抜き去るという快挙をやってのけたのです。最終的には、ポルシェ904が圧勝しましたが、国産車が最高峰のポルシェを抜いたことに観客は酔いしれ、今も伝説として語り継がれています。

ホモロゲーションのために1964年に100台販売されたスカイラインGT
ホモロゲーションのために1964年に100台販売されたスカイラインGT

熱い戦いの後、1965年にGTをベースにした「スカイライン2000GT」が市販化され、「羊の皮を被った狼」という称号が与えられ、その勢いのまま1969年の「スカイラインGT-R」へと引き継がれていったのです。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

Mr. ソラン 近影
某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きなクルマで、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。