歩道橋の日/F1ドライバーのフェリぺ・マッサ生まれる/第1回グラチャン富士300kmレースが開幕!【今日は何の日?4月25日】

■日本初の歩道橋完成を記念するも、もっと古い歩道橋の存在が判明

1963(昭和38)年4月25日、大阪駅前の横断歩道橋が完成。日本初の歩道橋であることから、4月25日が「歩道橋の日」と制定されました。ところが、実際には愛知県清須市の西枇杷島町横断歩道橋が1959年6月27日に完成していたことが後から判明。しかし記念日はそのままとなっています。自動車の普及によって増えた交通事故を減らす対策として、1960年代から1970年代にかけて全国的に歩道橋の設置が進んだそうです。

4月25日には、タレントのみやぞん、女優の鶴田真由、小説家の幸田真音と三浦綾子、漫画家の富永一郎、ブラジル人F1ドライバーのフェリペ・マッサ、サッカーのヨハン・クライフ、米俳優のアル・パチーノなどが生まれています。本日紹介するのは、フェリペ・マッサです。

●長くF1で活躍したブラジル人ドライバーのフェリペ・マッサが誕生

ザウバー時代のフェリペ・マッサ(C)Creative Commons
ザウバー時代のフェリペ・マッサ(C)Creative Commons

フェリペ・マッサは、1981(昭和56)年4月25日にブラジルのサンパウロに生まれました。8歳から国内外のカートレースに参戦した後、1998年、17歳でジュニアフォーミュラに転向。フォーミュラ・シボレーのブラジル選手権に参戦し、1999年は10戦中3勝を上げて選手権タイトルを獲得します。

2005年イギリスGPのフェリペ・マッサ(C)Creative Commons
2005年イギリスGPのフェリペ・マッサ(C)Creative Commons

2000年に渡欧して、さっそくフォーミュラ・ルノーのイタリア選手権とユーロカップのチャンピオンに。翌年2001年には、ユーロF3000でチャンピオンを獲得するなど、快進撃を続けます。この活躍が認められて、2002年20歳の若さでザウバーからF1デビュー。最初の数年は上位に食い込めませんでしたが、2006年にフェラーリに移籍してトルコGPで初優勝を果たし、故郷のブラジルGPでも優勝を飾ります。最終的にはチャンピオンになることはできませんでしたが、優勝回数11回、3位以内の表彰台41回という素晴らしい記録をもって、2016年に引退を表明。実際は2017年まで現役を続けました。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょうか?

●レースファンを熱狂させたグラチャンの第1回富士300kmレースが開幕!

1971年(昭和46)年4月25日、富士グランドチャンピオンシリーズ(通称GS、グラチャン)の記念すべき第1戦「富士300kmレース」が開幕しました。

1972年チャンピオンの鮒子田寛
1972年チャンピオンの鮒子田寛

日本初の本格的なレースは、1963年に完成したばかりの鈴鹿サーキットで開催された第1回「日本グランプリ」です。日本のモータリゼーション絶頂期の中、20万人を超える観客が集まるほどの大変な盛り上がりを見せ、各メーカーの激しいバトルが繰り広げられました。第3回から富士スピードウェイに舞台を移しますが、1970年にトヨタ日産が排ガス対応に専念するという理由で不参加を表明、参加車が揃わずグランプリは中止に追い込まれます。

1978年チャンピオンの星野一義
1978年チャンピオンの星野一義

そこで、苦境に立たされた富士スピードウェイが、トヨタと日産が撤退しても盛り上がるようなレースをやろうと企画したのが、グラチャンだったのです。メーカーに頼らず、ドライバー自身がスポンサーを募ってチームを運営する、欧米型のレースという意味で画期的な試みでした。

1979年チャンピオンの中嶋悟
1979年チャンピオンの中嶋悟

初戦の富士300kmレースは、「ポルシェ908/2」や「マクラーレンM12」などのレーシングカーから「フェアレディ240Z」や「ホンダS800」などの改造車が混走。生沢徹、風戸裕、鮒子田寛、津々見友彦など錚々たるドライバーがプライベートチームで参戦し、記念すべき第1回の優勝は酒井正が駆るマクラーレンM12でした。その後、星野一義や中嶋悟がチャンピオンになるなどして日本を代表するレースに成長しましたが、1987年からF1日本GPが開催されるようになって、1989年、グラチャンは幕を閉じることになりました。

一世を風靡したグラチャン。一方で街に改造車や暴走族が溢れたという問題も引き起こしたようです。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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