メートル法が公布/ソニーを創業した井深大生まれる/GMがいすゞとの提携関係を解消【今日は何の日?4月11日】

■長さの単位が尺からメートルに

1921(大正10)年4月11日、改正度量衡法が公布され、法律によって従来の「尺貫法(長さの尺&重さの貫)」に代わって「メートル法(メートル&キログラム)」を使うことが定められました。しかし昔ながらの職人さんの大反対を受けて施行は延期に。結局メートル法への移行は、1952年「計量法」の公布まで実行されなかったそうです。

4月11日には、野球の前田健太、歌手の森高千里と加山雄三、作曲家のすぎやまこういち、ニュースキャスターの辛坊治郎、ソニー創業者の井深大、文芸評論家の小林秀雄、小説家のトマス・ハリスなどが生まれています。本日紹介するのは、井深大です。

●盛田昭夫とともに「世界のソニー」ブランドを築き上げた井深大が誕生

井深大と盛田昭夫(1964年) (C)Creative Commons
井深大(左)と盛田昭夫(1964年) (C)Creative Commons

井深大は1921(大正10)年4月11日、栃木県上都賀郡日光町に生まれました。父親は水力発電所の建設技師でしたが、2歳の時に亡くなったため、幼い頃は祖父に引き取られます。1929年に早稲田大学理工学部に入学、在学中から「走るネオン」の発明などで才能を発揮しました。1933年に卒業すると写真科学研究所に入り、1937年に日本光音の無線部長、1940年に日本測定器の常務と、着々とステップアップします。

東通工時代の広告(1954年)(C)Creative Commons
東通工時代の広告(1954年)(C)Creative Commons

第二次世界大戦中に盛田昭夫と知り合い、戦後の1946年、二人で東京通信工業(後のソニー)を創業。主として井深が技術を開発し、盛田がセールスを担当する役割分担でタッグを組みます。1950年に社長に就任し、テープレコーダー(1950年)やトランジスタラジオ(1954年)など世界初、国内初の製品を次々と商品化し、1958年に社名をソニーに改称。その後もトランジスタテレビ、ビデオ・テープレコーダー(ベータマックス)、ウォークマンとヒット商品を創り出し、日本といえばソニーと言われるような、日本を代表する世界的ブランドへと成長させました。

井深大と盛田昭夫の両氏は、電子立国日本の礎を築いた技術者、経営者であり、戦後の日本復興の象徴的な存在です。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょうか?

●GMがいすゞ株を売却して提携を解消

2006(平成18)年4月11日、ゼネラルモーターズ(GM)は同社が保有するいすゞ自動車の株式(7.9%)を売却することを発表しました。GMといすゞは、1971年に自動車資本の自由化の波に対応して資本提携を結び、その関係は長く続きましたが、GMの業績悪化によって売却に至ったのです。この売却によってGMは約3億ドルの現金収益を得て、事業再建や将来の成長事業への資金に充てました。

いすゞのロゴ
いすゞのロゴ
2021年1月から設定されたGMのロゴ
2021年1月から設定されたGMのロゴ

この後のいすゞの動きは、現在に至るまで二転三転します。GMと提携解消した年の11月にはトヨタと資本提携を締結しますが、2018年には資本提携を解消。一時期、GMと再提携の噂も上がりましたが、2021年にトヨタと再度資本提携することを決定しました。これによりトヨタ・日野・いすゞの商用車3社連合が出来上がり、国内商用車の8割のシェアを握ることになりました。商用車には乗用車よりもCASE(コネクティッド、自動運転、シェアリング、電動化)への要求が強いため、これらの先進技術をコラボして推進していくのが狙いです。

軽のダイハツスズキ、商用車の日野といすゞ、と連携を強めるトヨタグループは着々と全方位体制を構築していますね。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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