再生可能エネルギーとセットで魅力アップ。ホンダの交換型バッテリーを軸としたエコシステム【週刊クルマのミライ】

■小型モビリティには着脱式バッテリーが向いている。その活用範囲は無限大

●バッテリーシェアリングをビジネス化する

電動化の波は四輪だけでなく二輪にも迫っています。グローバルで二輪のトップシェアを誇るホンダは、すでにビジネス用の小型モビリティについては可搬型バッテリーを使った交換システムを構築する方向を選んでいます。

Honda Mobile Power Pack
充電ステーションで交換することでいつでもフレッシュなバッテリーを利用できる

交換型バッテリーを用いたPCXのフル電動車両の実証実験に始まり、いまや二輪「ベンリィe:」や三輪「ジャイロe:」などは郵便配達などのフリートユーザーが利用していることはよく知られているでしょうし、日常的に見かける機会も増えています。

こうした交換型バッテリーのシステムについてはホンダ独自で進めるだけではなく、ヤマハ、スズキ、カワサキという国内メーカーとコンソーシアムを組んで標準化を目指していますし、また欧州でもKTMやピアッジオといったメーカーと協力していく方向で進んでいます。トップシェアのメーカーらしいリーダーシップを発揮しているわけです。

さらに二輪の電動化が急がれている東南アジアでは各地で実証実験プロジェクトを行っています。具体的には、フィリピン、インドネシア、インドにおいて交換型バッテリーを用いた異なるタイプの実験をすることで、総走行距離は100万kmを超え、多くの知見を得ているといいます。

rikisha
インドでのパートナー企業であるトルクモータースが開発した電動リキシャ。モバイルパワーパック4個を使用する

とくにインドでは「リキシャ」と呼ばれる三輪タクシーにおいて、交換型バッテリーシステムの実証を行なっていますが、その結果として2022年前半から電動リキシャにおける交換型バッテリーによるビジネスをスタートさせることも決まっています。

この場合、電動リキシャ自体は地場のメーカーが生産するといいますから、ホンダのビジネスは交換型バッテリーのシェアリングと管理システムの提供ということになります。

モビリティを作るというビジネスモデルから一歩進み、モビリティのエコシステムを構築する企業へと進化しつつあるといえるのかもしれません。

そうしたビジネスにおいては交換ステーションの配置や用意すべきバッテリーの個数などの適正化が重要です。そのときに実証実験での経験が効いていきます。

たとえば、フィリピン・ロンブロン島での実証実験では100台の電動二輪に対して、17か所の交換ステーションを用意したといいます。一台あたり2個のバッテリーを使い、交換ステーションには一か所あたり6個のバッテリーが置かれていたので、バッテリーは全部で302個あり、車両ベースでいうと1.5倍相当のバッテリーが用意されたという計算になります。

●充電ではなく交換。重量10.3kgの多用途バッテリー

Honda Mobile Power Pack
従来品との互換性を確保したため、すでにフリート向けに販売されている電動車両にも使用可能

単純にいうと、電気を使い切ったバッテリーを交換ステーションで満充電のバッテリーに入れ替えるという仕組みですから充電する時間を考えると、100台の車両を運用するなら150台分のバッテリーを用意するというのでも足りないとイメージするかもしれませんが、じつはこれではバッテリーは多すぎるのです。

この実証実験での結果からすると、1.5倍というのは明らかに多すぎで、実際には多くのバッテリーが余っていた状態だったといいます。しっかりと管理できるのであれば余裕をみても、車両の1.1倍程度のバッテリーを用意すれば交換式で事足りるといいます。

交換型バッテリーのシステムでは、必要以上にバッテリーを生産するので環境負荷が高まるというという批判もありますが、意外に多くを作る必要はないのです。

さて、このように内外での実証を経て、ホンダの着脱式可搬型バッテリーが進化を遂げました。それが「モバイルパワーパックe:」です。

Honda gyro e
いわゆるラストワンマイルの宅配業務などに活用されるホンダの電動スリーター「ジャイロe:」

従来までの交換型バッテリーと互換性を持たせるためにケースサイズや通信プロトコルなどは引き継いでいるということですが、リチウムイオン電池セルを新しくすることで容量を25%も増やし、なおかつ重量は6%も軽くしています。それでも単体重量は10.3kgもありますから成人男性ならば問題ないでしょうが、女性や高齢者など非力なユーザーには重いと感じられるかもしれません。

また「モバイルパワーパックe:」は単なる電池パックではありません。バッテリーマネージメントシステム(BMS)を搭載した頭脳を持つバッテリーパックです。このBMSは充電状態の把握やバッテリー保護をするという基本機能に加えて情報もマネージメントします。バッテリーコンディションや装着した車両情報を管理、ステーションにおいて充電器につないだ際、それらの情報をクラウドにアップロードすることも可能になっているのです。

こうした機能はバッテリーのトレーサビリティに有効なのはもちろんこと、車両管理や運転の荒さなども把握できます。バッテリーのシェアリングサービスを軸にした様々なビジネスを展開する可能性を秘めているというわけです。

●家庭でもモバイルパワーパックを活用できる

Honda Mobile Power Pack
モビリティだけでなく家庭での活用も考えられている

このようにシェアリングを前提として、バッテリーのトレーサビリティができるということは、その二次利用の可能性も高めます。

たとえば、モビリティに使うには性能が落ちてきたバッテリーを、再生可能エネルギーとセットにした定置型バッテリーとして活用するということをホンダは提案しています。

とくに家庭に設置されることが多い太陽光発電については、昼間の電力については余る傾向にあります。現在は、系統に戻す売電を選ぶユーザーが多数派でしょうが、太陽光発電が増えてくると買取価格も下がるでしょうから、むしろ定置型バッテリーを設置して、地産地消的に活用したほうがメリットが大きくなるといえます。

Honda ESMO concept
新しいモビリティとなる三輪タイプの「ESMOコンセプト」にも利用される

モバイルパワーパックを使った定置型バッテリーであれば、必要なときはバッテリーパックを取り出して、別の用途に活用することも可能です。

モバイルパワーパックe:に対応したケースにセットすれば、大容量モバイルバッテリーとしてアウトドアでの電源に活用できます。さらにシニアカーなどと呼ばれる近距離移動の電動モビリティに活用するという手も考えられるでしょう。

ホンダでは、そうした近距離モビリティのまったく新しいアイデアとしてフロント二輪の三輪車両「ESMOコンセプト」を提案しています。

電動キックボードなど二輪未満といえる小型モビリティの法整備も進んでいますが、その中でこうした小型三輪モビリティにも未来はあるかもしれません。

●モバイルパワーパックの価格は税抜き8万円

Honda Rakuten robo
楽天と共同で実験している宅配ロボットの電源としてもモバイルパワーパックは採用されている

そのほか、ホンダが楽天と共同実験をしている宅配ロボットにおいても、このモバイルパワーパックe:は使われているということです。

ネット販売が盛んになるほどに、宅配ビジネスの重要度が高まっているわけですが、雇用の問題もありますし、宅配事業によるCO2排出は課題です。自動運転技術を用いた宅配ロボットが実用化され、それが交換型バッテリーを使うようになれば、充電ステーションがインフラとしても拡充していくことになるのではないでしょうか。

国内では日本郵便やローソンとの協力体制により充電ステーションを充実させていく動きもあるそうですが、街なかのどこでも充電済みのモバイルパワーパックe:が利用できるようになれば、モビリティだけにとどまらない電動化が可能になります。

実際、ホンダとコマツが共同で、モバイルパワーパックe:を使った小型パワーショベルの開発も進んでいます。フル電動化の動きを加速させていきそうです。

Honda Mobile Power Pack
ホンダの可搬型バッテリーパックが事業化に向けて大きな一歩を踏み出した

なにより驚くのは、このモバイルパワーパックe:が非常に現実的な価格で用意されていることです。

そのスペックは、次のようになっています。

定格電圧:50.26V
定格容量:26.1Ah
定格電力量:1314W
連続放出電力:2.5kW

メーカー希望小売価格は8万円(消費税抜き)です。

アウトドアのレジャーユースで見かける持ち運び式のバッテリーのスペックや価格と比べると、驚くほどリーズナブルな印象で、かなり戦略的な価格といえることが理解できるはずです。

ただし、モバイルパワーパックe:の一般販売はなく、同バッテリーを使う電動車両を活用しているフリートユーザー向けのリース販売が前提となります。将来的にもホンダはモバイルパワーパックe:はシェアリングサービスとして展開していく予定ですから、一般向けの販売はないと考えるのが妥当でしょう。

また最後までホンダがシェアリングサービスとして展開することでリユースやリサイクルにおいても有利です。カーボンニュートラル社会の実現には、バッテリーは買うものではなく、借りて使うものとユーザーが認識することが必要なのかもしれません。

自動車コラムニスト・山本晋也

この記事の著者

山本晋也 近影

山本晋也

日産スカイラインGT-Rやホンダ・ドリームCB750FOURと同じ年に誕生。20世紀に自動車メディア界に飛び込み、2010年代後半からは自動車コラムニストとして活動しています。モビリティの未来に興味津々ですが、昔から「歴史は繰り返す」というように過去と未来をつなぐ視点から自動車業界を俯瞰的に見ることを意識しています。
個人ブログ『クルマのミライ NEWS』でも情報発信中。2019年に大型二輪免許を取得、リターンライダーとして二輪の魅力を再発見している日々です。
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