慣性過給とは?慣性効果を利用して空気をシリンダー内に押し込む手法【バイク用語辞典:エンジン出力向上編】

■慣性で発生する吸気の正圧波を吸気弁閉時期に合致させて空気量を増大

●吸気の慣性効果を利用するには吸気系、特に吸気ポートの長さと径の最適化が重要

吸気行程では、ピストンが下降することによってシリンダー内に空気が流入します。空気は質量を持っているので、ピストンが下死点後も慣性効果によって流入し続けます。これを利用して、シリンダーの圧力が最大となったときに吸気弁を閉じて充填効率を向上させるのが、慣性過給です。

吸気系ディメンジョンの最適化によって慣性効果を利用する慣性過給について、解説します。

●慣性過給とは

エンジンのトルクを向上するためには、吸入空気量を増やす、充填効率を高めることが最も効果的です。吸気流れの動特性を利用して充填効率を上げる手法として、慣性効果と脈動効果があります。一般には脈動効果は小さいので、効果の大きい慣性効果を利用するように吸気系を設計します。

吸気量の指標である充填効率は、排気量と同量の空気がシリンダー内に流入した場合に100%になります。慣性効果を上手く活用できれば、充填効率が100%を超えることもあるので、これを慣性過給と呼びます。

●慣性効果

吸気の流れ
吸気の流れ
慣性効果のイメージ
慣性効果のイメージ

慣性効果は、吸気の慣性力を利用してより多くの空気をシリンダー内に押し込む方法です。

吸入行程で、ピストンが下降し始めると空気がシリンダー内に入ってきます。吸入空気は質量を持つので、ピストンが下死点を過ぎて上昇し始めても慣性によってまだ空気は流入します。下死点後、シリンダー内の圧力が最も高くなった時に吸気弁を閉じれば、充填効率を上げることができます。シリンダー内の圧力が高いことは、空気の密度が高いことを意味するので空気の質量は増えます。

慣性効果が発生するエンジン回転数は、吸気ポート径に比例、長さの平方根に反比例、またシリンダー容積の平方根に反比例するという特性があります。

吸気ポートの違いによるトルク特性
吸気ポートの違いによるトルク特性

したがって、吸気ポートを細く長くすれば低速トルクの高い低速トルク型エンジン、吸気ポートを太く短くすれば高速トルク型エンジンになります。吸気系仕様の最適化によって、特定のエンジン回転で充填効率は最大になり、その充填効率が100%を超えることもあります。

●脈動効果

エンジンは必要な空気を間欠的に吸入するため、吸気弁付近で発生した負圧が上流へ伝播し解放端で反射することによって、吸気ポート内には吸気脈動が発生します。この脈動の正の圧力波が吸気弁閉時期に合致した時に、充填効率が向上します。

脈動効果は、解放端で反射した正の圧力波を次の吸気行程で利用するため、実用回転を超えた高回転でしか利用できず、さらに圧力波は振動によって減衰するので慣性効果に比べると効果は小さく、実用的ではありません。

可変吸気システム例
可変吸気システム例

●可変吸気システム

慣性効果を低速域と高速域の両方で発揮できるようにした可変吸気システムが、バイクでも一部のモデルで採用されています。

クルマで採用されている典型的な可変吸気システムは、吸入空気の入口からエンジン入口までの2つの吸気経路の片方にシャッターバルブを設けて、エンジン回転数に応じて吸気経路を切り替える方法です。一方バイクでは、吸気吸い込み口のラッパ状のエアファンネル(吸気ポート)の長さをエンジン回転数に応じて切り替える方法が実用化されています。


最近はシミュレーション技術が進歩しているので、目標とするトルク特性が決まれば比較的容易に吸気系ディメンジョンを決定して実現することができます。ただし、その場合でも慣性過給で高いトルクが達成できる領域は限定されるので、高トルク領域を拡大しようとする試みのひとつが可変吸気システムです。

(Mr.ソラン)

この記事の著者

Mr. ソラン 近影

Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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