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■「アジアクロスカントリーラリー2020」制覇を目指す学生たち
●前回のおさらいをちょっとだけ。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に翻弄された春が終わり、スカッとした夏が来るのか、まだまだ我慢の時期が続くのか予断を許さない状況ではあります。が、SUPER GTをはじめとする様々な国内レースの修正されたスケジュールが発表され、再始動する気配も見えてきました。
そんな状況下で、モータースポーツへの参戦マシンを作り続ける自動車専門学校の学生を前回お届けしましたが、今回はその続編。
東南アジアで毎年開催されているラリーレイド「アジアクロスカントリーラリー2020」(以下 AXCR)に挑戦する学生たちの頑張る姿をお届けします。
千葉県にある自動車整備の専門学校、中央自動車大学校では毎年AXCRに向けた参戦車両を製作しています。担当するのは1級整備士を目指す18名の学生。
ところが今年2020年は他のモータースポーツと同じように新型コロナウイルス感染症に翻弄され、大会は延期となってしまいます。それでもまだ開催時期が決まっていない競技に向け、いつものように車両の製作はスタートしたのです…。
●何はともあれ下準備
このマシン製作は2019年に使用されたマシンをきれいに分解することから始まります。関東が梅雨入りする少し前、6月前半にその作業は始まりました。
今年担当するマシンは、俳優・哀川翔が率いるラリーチームFLEX ShowAikawa RACING with TOYO TIRESの3台。トヨタFJクルーザー、トヨタランドクルーザープラドのラリーカーとサポートカーとして現地で使われるハイエースです。
ともにこの学校で新車から製作され、毎年組み直しながら参戦し続けているマシンで、昨年はD1グランプリのチャンピオンドライバー川畑真人選手がプラドでタイ~ミャンマーの2200kmを走破しています。
学校のピットに搬入されたマシンは、外観こそ洗車されているものの中身は昨年のまま、まさに満身創痍での入庫です。
プラドは一般的な乗用車のようなモノコック構造ではなく、はしご型フレームのシャシーにボディが載っている構造ですから、まずはその2つを切り離します。
理屈は簡単で、上下を繋ぐボルトを外してボディを持ち上げるだけですが、実は様々な配線が行き交っていますので、エンジンルーム内の補機から後端まで隅々をチェックしながら各部のコネクター等を外していきます。
次に接続部を外すのですが、単純な構造の割に苦労するのはこの部分。東南アジアの赤土が続く道や岩場、時には深い川をも渡ってきたマシンが半年もの間そのままの状態でしたから固着してなかなか外れません。
やっとの思いで外れた後もコネクターの外し忘れがないか少し上げてはチェック、少し上げてはチェックの繰り返し。何といっても今年の学生にとっては初めて見るマシンです。ラリー車ゆえ、メーカーの整備書には記載されていない配線もあり得ますので作業は慎重に進めます。
ちなみにプラドのようなフレーム構造を持つクルマは現在ではほんのわずか。ヘビーデューティなクロカン4WDのショップやトラックメーカーへ就職しなければこの作業自体、今後学生たちが携わる機会はなかなかないかもしれません。
さて、シャシーとボディが離された後は各部をバラバラにしていきます。これがまた生きた授業となります。クルマの知識はもちろんですが、外したパーツを一つ一つ洗浄し、どこのパーツかを記載し、分類するのはクルマの部品点数を考えると驚異的なマメさが要求されます。しかも複数の学生で作業するので、きちんと連携しないと迷子の部品が出ることは必至です。
もちろん新たに買えば済むことですが、まだ使えるパーツと交換が必要なパーツを見分ける経験も大切です。彼らが進む先には何でもアッセンブリーで新品交換という世界が待っているのかもしれません。それでもこの作業は整備士を目指す学生にとってはとても重要なものなのです。
各部から出てくる赤土は先輩方の格闘の跡ですが、これらの洗浄で手を抜くと後で痛いしっぺ返しがくる可能性も高いのがラリーの世界。丁寧に作業を続けます。
現地での最悪の事態を招かぬよう、完走を願って作業するのです。この緊張感こそが学校で用意した実習車では得られない経験なのかもしれません。
このラリー車の製作とメカニックとして現地へ同行する経験が中央自動車大学校の「CTSステップアッププログラム」ですが、現地へ同行するのは毎年4~6人。今年は4人が選抜される予定です。
ただし今年は新型コロナウイルス感染症の影響でAXCRの開催が延期と発表されていて、世界の情勢を見ればまだまだ不確定要素も多いのが実情です。開催時期が決まったとしても、時期によっては長丁場のラリーに学生が帯同できるかどうかも今はわかりません。
●開催延期が決まった今、マシンを製作している学生たちに聞いて見た
数人の学生から話を伺いましたが、そういう状況においてもマシン製作に対するモチベーションが落ちていないと感じたのは嬉しい誤算でした。
FJクルーザーを担当する工藤幹太さん、鈴木敦士さんは実はバイク好きでラリーにはさほど興味はなかったとの事ですが、東南アジアの大地を国境を跨いで走破するそのチャレンジ精神に興味津々。「もし自分たちが現地に行けなくても気持ちは変わりません、絶対完走できるマシンを仕上げたい」と語ってくれました。
トラブルが続けば現地では寝られない日が続くかもよ、との問いにも「体力的にも絶対大丈夫です!」と頼もしいお答え。
プラドを担当する川端陸さんは、一見おとなしそうな雰囲気ですが「現地では十分な設備もない過酷な環境のなかで自分の力を試してみたい」となかなかのストイックぶり。ちなみに彼の好きなクルマはトヨタ2000GTとサバンナRX-7(FC3S)。現行モデルでは?との問いには首を傾げるばかり…。実はそういう人、少なくありません。
実は3人、スケジュール変更により行けなくなる可能性があることをすでに受け入れている雰囲気。それでも自分たちが作り込んだマシンの絶対完走を望んでいる事はヒシヒシと伝わってきます。
話を聞けば聞くほど、そういう彼らだからこそ現地に是非行って欲しいなと強く願ってしまいます。
今年はモータースポーツに限らず、様々な分野でチャレンジする人が悔しい思いをしていると思います。学生スポーツしかり。オリンピック選手しかり。
今回接した18人はもちろん、今年大きなチャレンジを計画していた全ての人にとっても実りある2020年であるよう、後半戦が盛り上がる事を期待せずにはいられません。
(高橋 学)