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矢部高校(熊本県)では2年生以上の93%が原付免許を取得!
若者のクルマ離れが社会問題化している。その状況は極まり、自動車産業の担い手を求めて、国土交通大臣が高校回りをしなければならないほどだ。そんな時代を逆手にとって動き始めた高等学校がある。「九州のへそ」を商標登録する山都町(やまとちょう)にある熊本県立矢部高校だ。
●全国大会上位入賞を目指して
熊本県立矢部高校には「二輪車競技部」(=二輪車部)がある。前身の矢部実業補習学校から創立124年目だ。学校は来年度から所属する部員を対象に自動二輪免許の取得を認める方向で、教育委員会などと調整に入った。すでに保護者からの同意を得ている。
同校の二輪車部は1996年創部だ。全国にある自動車関連の部活の中でも、最も積極的に活動する。学校の施設として練習場を用意し、運転マナーと安全技術と競う「二輪車安全運転全国大会」に部員が毎年のように出場している。ただ、部員が取得できる免許は、他の生徒と同じ原付免許(排気量50cc以下)まで。大会にはいわゆるスクーターでの出場だった。
しかし、全国大会の「女性クラス」の出場資格が変更され、50ccバイクでの出場ができなくなった。競技車両が125ccスクーターに限定されたためだ。女子生徒も大会に出場する同校では、このレギュレーションの変更に合わせて男女を問わず、部員の上位免許取得を認めることを決めた。普通二輪(排気量400cc未満)まで所持できる。
「自動二輪車の競技に向け、さらに高度な運転技術等にも挑戦する態度を身に付けさせ、より広範な交通社会についての知識や理解の向上を目指す」(矢部高校)
●2、3年生の93%が原付免許を取得
運転免許の取得は、二輪、四輪を問わず禁止し、その取得を生徒指導の対象とする学校は少なくない。矢部高校の場合は真逆だ。原付免許は道路交通法で16歳から取得できることに合わせて、全生徒共通で2年生から取得することを許している。学校からの距離など条件を満たす生徒には通学も認めている。そのため2年生以上の87人中81人が原付免許所持者だ。その割合は93%にもなる。
生徒は春や夏の長期休暇を利用して免許を取得するが、熊本県警が全面支援。運転免許試験場の警察官が訪れ、原付免許の学科試験を校内で受験することができる。
さらに、法令で義務付けられている新規取得者講習後にも、二輪車部の部員や交通係が中心となって実技指導を行う。通学の許可が下りるのはそのあとだ。また、学期ごとの講習や違反者を対象とした講習も準備されている。
「一般の免許取得者と比べれば、技術的にも知識的にも数段安全な状況で運転を行っていると考えられる」(同校)と、乗せて指導する安全教育の実践校だ。
高校の安全教育は転換期にある。現状の高校教育は座学と自転車乗車が中心で、多くの生徒は卒業間際にしか運転免許を取得することができない。そのため取得のチャンスを逃したまま社会に出る若者も多く、企業の要求に新卒者が応えられず苦労している。自動車関連産業や運輸関連産業で深刻な人材不足の原因ともなっている。矢部高校はこうした現状に着目し、社会が求める交通社会に適応する能力を身に着けることを、学校教育の特徴に加える方向だ。今回の自動二輪免許所得拡大についても、こう話す。
「生徒募集を全国展開している本校にとって有利な材料となる。将来の進路実現においても有利に働くことを願っている」
●生徒の運転状況を把握できる高校
免許取得に消極的な学校は、生徒の事故にも無関心なことが多い。校則で禁じられていることも多いので、事故が起きて初めて現実を知ることになる。ところが、矢部高校の場合は、免許取得者がどのような事故を起こすかという傾向を具体的に把握している。
「原付事故の傾向は免許取得後、2~3か月に集中する。技術が未熟だが運転に慣れてきた時期で、ちょっとした油断が事故につながっているようだ。また本校は山間部にあり、厳冬期は冬場のスリップ事故も数件発生している」
前述の部員を中心とした生徒間の講習も、事故傾向を分析した上での対策だ。免許取得を制度化しているため、生徒が違反や物損事故を隠していたとしても、プロドライバー同様の仕組みで把握して、それ以後の安全教育に努めている。自動二輪免許取得はそれでも心配だ。
「高速道路の通行も可能となり、行動範囲も拡大が懸念されるため生徒指導上の問題も危惧している。徹底した指導を行っても、事故が発生していることは事実であり、今後も指導を徹底し、無事故・無違反を目指していきたい」(前同)
高校卒業後の若者の事故率は、話題になっている高齢者同等か、それを上回る。矢部高校の取り組みは在校生だけでなく、卒業生の事故防止につながるはずだ。
(中島みなみ)