目次
●半数以上が2JZエンジン!
11月末から12月頭にかけて、筑波サーキットでFIAインターコンチネンタルドリフティングカップ(FIA IDC)が行われました。世界各国からドリフト上位選手が集まるこの大会、17の国と地域から24名のドライバーが出走しました。
なかには、日本のD1GPマシンやフォーミュラDジャパンのマシンを借りて出場した選手もいるんですが、自国で使っている車両を持ち込んだチームも少なくありません。
で、どんなマシンメイクをしているのか見てみたんですが……とにかく2JZエンジンと、ワイズファブのサスペンションシステムを使っている車両が多い! 見たところ13台が2JZエンジン、10台がワイズファブのサスペンションシステムでした。
2JZエンジンというのは、先代スープラやアリストに搭載されていたトヨタの6気筒エンジンで、もともとは3リッター・ツインターボのものです(ノンターボもありますが、ここでは全部ターボエンジンに限定して書きます)。頑丈で、低中速トルクもあることからD1GPではよく使われるようになり、もはやトヨタ系の車両ばかりでなく、シルビア系にも2JZエンジンを換装するのが定番になっています。
また、現行車種にはハイパワー化に耐えられるスポーツエンジンが少なく、あっても高価なことから、現行車種を投入する際も2JZエンジンを載せてしまうのが最近の定番になっています。
このトレンドは海外でも同様で(むしろ海外のほうが早かった地域もあります)、BMWですら2JZエンジンを載せていたりします。
このBMWのドライバーのツンクー・ジャン・レイ選手(マレーシアの選手ですが中国シリーズに参戦中)は、「中国ではBMWでも2JZを載せちゃうのが定番です」とのこと。そして、別のチームではなんとRX-7にまで2JZが乗っていました。
RX-7のドライバーであるジジュン・チャオ選手(中国)は、「ロータリーエンジンは中国では修理するのがすごく大変なんです。だから2JZにしました」とのことでした。2JZは中国でも出まわっていて、修理やチューニングも容易なようです。
■ワイズファブなら間違いない?
いっぽうのワイズファブというのは、サスペンションアームからアップライト(ハブキャリア)までを含めた一式をセットにしているドリフト用のサスペンションシステムです(グリップ用も作っているようです)。エストニアのメーカーで、おそらく日本では織戸選手あたりが最初に使いはじめたのですが、86が出てきたあたりからD1GPにも増えてきました。それ以上に中国やロシアなどではシェアが高いようです。
ドリフト競技の車両では、まずフロントタイヤの切れ角を増やす加工が必須なのですが、純正のパーツを加工してやろうとすると、当たる部分が出てきたり、動きが引っかかったり、ハンドルがもどりにくくなったりなどなど、好ましいフィーリングを得るまでにはいろいろな困難が伴います。
それが、ワイズファブはアームやアップライトごと設計し、場合によってはアームの取り付け位置まで変えてしまう作りで、いきなり強烈な切れ角アップが実現してしまうのです。それに合わせて、ジオメトリーもドリフト向きになります。
日本でワイズファブを取り扱っているドゥラックの伊藤サンによれば、「買ってポン付けするだけで、(足まわりに関しては)ドリフトマシンができあがっちゃいます」とのこと。
推奨値で装着すればまずオーソドックスな特性が得られますが、調整機構も豊富なので、ジオメトリーやアッカーマンを変えることもできます。そうやって自分の走りかたに合わせて個性を出すこともできるようになっています。
ドリフト車両の製作においては、エンジンづくりと切れ角アップを含めたサスペンションセッティングがむずかしいポイントなのですが、この2JZエンジン+ワイズファブのサスペンションシステムという組み合わせは、比較的容易に戦闘力の高いドリフトマシンを作れるパッケージとして、世界的に普及しているようです。
■ところが勝者は昔ながらのマシンメイク!
ところが! この大会で優勝したロシアのゴーチャ選手のマシンは、2JZもワイズファブも使っていませんでした。まぁ、シルビアはドリフト界で長く使われている車両なのでワイズファブ以外にも優れたサスペンションパーツは多く、日本のD1GPでもワイズファブを使用しているクルマは少ないので、それほど不思議はありません。
しかし、ゴーチャ選手のエンジンはSR20。もともと2.0リッターの4気筒エンジンです。ゴーチャ選手によれば「SR20のほうがクルマがクイックに動くから好きなんです。2JZだとどうしても動きが重くなってしまうので」とのこと。
とうぜんSR20のほうが2JZより軽いので、それはわかるのですが、それでもゴーチャ選手はトップクラスのスピードをマークします。それはどうしてなのでしょうか? まず、このSR20が、並のエンジンではないということが挙げられます。
このエンジン、シルビアに標準で搭載されていたSR20DETではなく、エクストレイルだかに使われた可変バルブタイミング・リフト量機構を持つSR20VET仕様なのです。これをシルビアに搭載するのは容易ではなく、そうとうな手間とコストがかかるようですが、その代わり高回転まで回せてSR20DETよりずっとパワーが出せるようです。日本のD1GPでも唄選手がこのエンジンを使っています。
また、以前ゴーチャ選手のチームからロシアの大会に出場した経験のある末永(直)選手によれば、ゴーチャ選手は「SRエンジンのチューナーとしては世界一じゃないかと思う」ほどのデータとノウハウの蓄積があるそうです。
そしてゴーチャ選手は昨年の大会以降、燃料を変え、ターボも1サイズ大きいものに変更。約100psアップし、今年の大会には約800psで臨んできたのでした。
それでも排気量3リッターを超える2JZと比べると、特にトルクの面では見劣りするはずです。ゴーチャ選手も「たしかにSR20のパワーでは十分とはいえないシチュエーションもあります。でも80%くらいは大丈夫かな」と言っています。
じつはドリフトの場合、中間トルクが太すぎないほうが加速時のホイールスピンを抑えやすいというメリットがあるので、速く走れるということは少なくありません。
ただし、トルクがあるほうが過空転もさせやすいので、2JZエンジンのほうが特に追走のときの自由度が高まります。タイヤをグリップさせることも、滑らせることもアクセルワークで簡単にできるからです。2JZエンジンを積むメリットはそういうところにもあるのです。
それに比べると、ゴーチャ選手のようにトルクの細いエンジンを使っている場合は、速く走ることはできても、ドリフトで姿勢を保ちつつ相手に合わせるためには、よりシビアなコントロールが必要になります。特に半クラッチの多用などです。
そのせいもあったのでしょう。ゴーチャ選手のクラッチは決勝の時には滑っていて、まさに薄氷の勝利でした。それにしても、SR20エンジンのデメリットをテクニックでカバーし、そのメリットを生かしているというところも、ゴーチャ選手の強みかもしれません。
2JZエンジン+ワイズファブは、世界のドリフト競技車両のひとつのスタンダードといえるでしょう。でも、マシンメイクはそれだけではありません。日本でもすでにGT-RのVR38エンジンや、トヨタのV8エンジンである3UZに興味を持つチームが増えてきています。またドリフト界にも新しいスタンダードができてくることでしょう。そして、FIA IDCのような大会は、そのようなドリフトマシンの進化を刺激し合う場になっているのだと思います。
なお、大会は前述のとおり、SR20エンジンを積んだS15型シルビアを駆るロシアのゴーチャ選手が優勝。
2JZエンジンを180SXに積んだ日本の藤野選手は、決勝で駆動系トラブルに見舞われ、惜しくも準優勝に終わりました。
3位には、やはり2JZエンジンをマークⅡに積んだ福島県在住のスコットランド人、アンディ選手が入りました。
単走優勝は、2JZエンジンをシルビア(S14型)に積むチャールズ選手でした。
(写真提供:サンプロス)
【関連リンク】
FIA IDCのレポートは、公式サイト http://fiadriftingcup.com やD1GP公式サイト http://www.d1gp.co.jp にも掲載されています。
また、D1GPの最新情報も、D1GPの公式サイトをご覧ください。