■ル・マンやF1を戦うモータースポーツ・エンジニアが集結!
皆さんは学生フォーミュラってご存じでしょうか。筆者はまるっきりの門外漢だったのですが、大学・高専に通う学生の皆さんに、フォーミュラカー作りを通じてモノづくりの本質やプロセスを学んでもらおうという産学共同のプロジェクトなのだそうです。日本では自動車技術会が運営していますが、日本のみならず世界各国で開かれている国際的な取り組みなのですね。
その学生フォーミュラの参加者と、トップカテゴリーを戦うモータースポーツのエンジニアが一同に集まったシンポジウムが、11月3日、東京モーターショー会場でもある東京ビッグサイトで開かれました。
「学生フォーミュラ×モータースポーツ・エンジニア モータースポーツに夢を!」と題したこのシンポジウムでは、冒頭、自動車技術会学生フォーミュラ会議議長の葛巻清吾さん(トヨタ自動車先進技術開発カンパニーフェロー)が学生フォーミュラの成り立ちや仕組みを説明。各大学で1年かけて開発・製作されたマシンを、静的審査と動的審査、計8つの項目から1000点満点で審査することを解説されました。
続いては豪華なプログラム。モータースポーツ界を代表してトヨタ(ル・マン)、ホンダ(F1)、日産(フォーミュラE)、川崎(鈴鹿8耐)のモータースポーツ・エンジニアが順番に登壇し、それぞれの哲学や勝負の裏話を披露してくれました。
トヨタ自動車GRパワートレーン推進部主任の坂本優亮さんは、これまでのル・マン参戦を振り返り、「速いクルマ作りはできていたが強いクルマ作りができていなかった」と分析。設計・製造・評価・トラックがワンチームとなって速さと強さの両立に務めた結果が、昨年・今年のル・マン2連覇に結実したと述べました。
本田技研HRD Sakura執行役員の浅木泰昭さんは、常勝メルセデスを上回り13年ぶりの優勝を手にした理由として、テスト回数とテスト成功率の「掛け算」でパワーユニットの出力を高めたと発言。優勝したオーストリアGPの実際のラップチャートを用いながらレース中の状況や決断をリアルに話してくださいました。
ニッサン・モータースポーツ・インターナショナルパワートレイン開発部担当主幹の進士守さんは、参戦1年目のフォーミュラEで勝利を挙げられた理由として、「車体全体のセットアップ能力とエネルギーをいかにそつなく使うか」が重要とし、そのために徹底的なシミュレーションを行っていると述べました。
一度は別の勝者が決まりながら、失格裁定で鈴鹿8耐の勝者となった川崎重工業モーターサイクル&エンジンカンパニー技術本部主事の山本智さんは、1年で1日しかない鈴鹿8耐ではミスをしないチーム力が問われるとし、「『急』を作らないこと。残存リスクはチームで共有すること」というリスクアセスメントの重要性を説かれました。
休憩をはさんだクロスディスカッションでは、今年の学生フォーミュラでトップ3となった名古屋工業大学、横浜国立大学、名古屋大学の皆さんが2名1組で登壇。自チームのプレゼンテーションを行った後、モータースポーツ界の偉大な先輩方と熱いやり取りをかわしました。各大学のマシン開発は努力と創意に満ちたもので、特に風洞実験も行わずに大がかりな空力パーツを開発している点は、エンジニアからも驚きの声が上がっていました。
学生フォーミュラでは現在、内燃機関とEVが混走する状況にあるとのことで、今回の3大学では名古屋大学だけがEV(4輪インホイールモーター!)で参戦しています。名大のお二人はEV領域では他大学と情報交換ができない点に苦労しているようでしたが、モデレーターとして参加された国際モータージャーナリストの清水和夫さんから「モーターが(日本製ではなく)ドイツ製という点は寂しい。メーカーやサプライヤーとオープンラボを作っては」という提案に勇気づけられた様子でした。
シンポジウムを通じて、筆者はホンダの浅木さんが述べた「モータースポーツはエンジニアを育てる。(社業が)うまくいかないときに『俺の出番だ』という『変な』エンジニアを育てることが重要だ」という言葉が記憶に残りました。ITの重要性が叫ばれていますがそれ自体がゴールではなく、ITをモノづくりに生かすことが日本の課題のようにも思います。華々しい勝負の裏にあるモータースポーツの役割と意義、そしてなによりも学生の皆さんの熱気を実感した1日でした。
(文と写真:角田伸幸/動画:StartYourEnginesX)