ドイツの自動車メーカー「フォルクスワーゲン」は「大衆車」と和訳されるように、「ポロ」や「ゴルフ」などのコンパクトカーを中心に、もうひと回り小さな「up!」やセダンの「パサート」、さらにSUVの「ティグアン」「トゥアレグ」やミニバンの「シャラン」など、様々なニーズに合わせたモデルがラインナップしています。
一見、機能性に優れた実用車ばかりかと思いますが、なかには異色のモデルがあります。それが「ザ・ビートル」であり、愛嬌溢れる顔つきのボディは2ドアしか持たず、そのプロポーションは滑らかな曲線を描くといったように、実用性よりもデザインを前面にアピールした個性的なモデルです。
けれども、この特殊なモデルこそフォルクスワーゲンのルーツでもあります。
ご存知の方も多いでしょうが、1938年に登場した「フォルクスワーゲン・タイプⅠ」はカブトムシを彷彿とさせるデザインから「ビートル(カブトムシ)」の愛称で親しまれ、レトロな雰囲気も相まってファッショナブルなクルマとして現在も高い人気を集めています。
実はこの「タイプⅠ」、登場した際は自動車を普及させることが主な目的であり、「国民全員が所有できるようにする」という国民車構想に基づいて開発されました。開発を依頼されたのはポルシェの創業者であるフェルディナント・ポルシェ。優秀な小型大衆車の開発をすでに行なっていたものの、以下の条件が課されたと言います。
・頑丈かつ維持費が安い
・成人4人が乗れる空間
・連続巡行速度100km/h以上
・100kmを7Lで走れる燃費
・空冷エンジン
・流線型のボディ
・1000マルク以下での販売
1934年に開発がスタートし、1938年には量産型の原型が完成したのですが、第二次世界大戦の勃発やそれに伴う工場への多大な被害を受けて量産化はストップ。しかし、敗戦後に工場を管理していたイギリス軍将校のアイヴァン・ハーストは、上記の条件を満たして開発された「タイプⅠ」に将来性を見出し、工場の修復と生産再開に尽力。
1945年に1785台、1946年には1万台の「タイプⅠ」が生産され、オランダ、アメリカ、ブラジル、メキシコと「タイプⅠ」は世界に拡散していき、日本では1952年に販売がスタート。持ち前の性能の高さは実用車として重宝されました。
しかし、時代の変化とともに、空間効率や走行安定性そして騒音および排ガスなどが指摘されるようになり、1974年には前輪駆動方式のほか実用性を大幅に向上させた「ゴルフ」が登場。実用車としての役目を徐々に終えていきます。とはいえ、特異なキャラクターは依然として人気を集め、新車の製造は2003年まで継続。登場から65年に渡って、最終的に2152万9464台が製造されました。
昨今は自動運転やカーシェアなどの発展が目立っています。まだクルマの所有の仕方は車両本体や維持費を自分で賄う“マイカー”が一般的ですが、いずれは空間効率に優れた自動運転車を必要な時だけ借りるというのが浸透するかもしれません。そんな未来でもあえてクルマを所有するなら、「ビートル」のような個性的なクルマが選ばれるのではないでしょうか。時代によって役割は変わりますが、これから先もこの「カブトムシ」は世界を走り続けてくれるはず。
(今 総一郎)