パンダ・トレノで高速を走りながら、昭和のクルマ好き男子はモテたことを思い出した!(その2)【等身大インプレ】

街中でパンダトレノの重ステとクラッチを操作しながら「やっぱり、パンダトレノといえば頭文字D。頭文字Dと言えば秋名でしょう!」と思い定めました。当日は天候にも恵まれたので、外環道から関越道に入って、頭文字Dの聖地・群馬県の榛名山へ向かうことにしました。

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外環道を走りながら、パンダトレノが登場した昭和50年代のクルマ事情を思い出しました。

オイルショックと環境破壊が社会問題となる中、日本車は昭和50年代前半の排ガス規制対策を最優先した結果、軒並み性能ダウン。エンジンは回らないしパワーも出ない状態で、高性能エンジンも廃盤に追い込まれていきました。クルマのデザインも鈍重で、クルマ好きには暗黒の時代のようでしたヨ。

そしてようやく昭和56年、その名のとおりソアラが太陽のように登場し、暗黒の時代に終止符を打ちました。「第1弾ソアラのすべて」は、こんな時代背景の中で出版されたのですネ。その後新世代の日本車が続々と登場し、昭和58年にAE86が若者の喝采を浴びて登場したのです。

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そういえば昭和の頃は、クルマは男子が運転するもので、運転の上手い男子がカッコいいと言われていたことを思い出しました。平成世代の方々には信じられないと思いますが、ホントにそうだったんですヨ。

特に女子からは、坂道発進やバック駐車等をさりげなく決める仕草が神って見えたでしょうし、当時良いクルマを颯爽と乗りこなす男子は、確かにもてる確率が高かったデス。

もっとも、当時エアコンなしのオンボロ軽をこよなく愛していた貧乏学生の筆者は、その恩恵に預かることができませんでしたが……