栃木県のツインリンクもてぎで行われたレーシングカートの耐久レース“K-TAI”(8月29日~30日)に、今年もクリッカーレポーターが参加してきました。
K-TAIとは、毎年もてぎで開催されている参加型のカートレースイベントで、無改造の“エンジョイクラス”には95台がエントリー。チームそれぞれがお祭り気分で楽しめる、夏の一大イベントになっています。
レポーターの森本が参加したのは、本田技研広報部の協力のもと、会社の垣根を超えて多くのメディアが集ったチーム“クラブレーシング”です。
チームは3台体制(95、96、97号車)で、このうち97号車を長屋宏和(ピロレーシング)、加藤元彰(カートップ)、塚本須彌(ザ・マイカー)、森本太郎(クリッカー)の4名でドライブしました。
クリッカーは3度めの参加ですが、今回のトピックスは何といっても、長屋宏和さんをドライバーとして迎えたことです。
長屋さんは14歳でカートデビュー、フォーミュラルノーキャンパス、フォーミュラドリームを経て、2002年より全日本F3に参戦しました。その年の鈴鹿F1グランプリ、前座レースのフォーミュラドリームにゲスト参戦した長屋さんは、他のマシンに乗り上げる形で宙を6回転半も舞い、観客席フェンス上部に激突する大クラッシュ。
頸椎損傷四肢麻痺の重度障害を負ったのです。退院後は、自らも車椅子生活を送りながら、車椅子生活者のためのファッションブランド“ピロレーシング”を立ち上げ、多方面で活躍しています。
一方で、レースへの情熱は失っておらず、腕の動きだけでアクセル、ブレーキ、操舵が出来る装置を製作、改良しながら、レーシングカートの練習走行を楽しんでいました。
今回、縁あって、クラブレーシングからの長屋さんのK‐TAI参戦が検討されたわけですが、その実現は簡単ではありません。
まずは、クルマの改造。ステアリングを外し、アクセル、ブレーキ、転舵をすべて行なえる専用装置への交換。フットブペダルの固定。両足を固定するためのフットレストと拘束装置。四輪レーシングカーのような四点式レーシングハーネスの装着。万が一のときのためのロールオーバーバーの装着。
そして、フロントカウルに穴を開け、牽引フックを装着するなど、多くの変更が必要です。長屋さんの専用車ならともかく、K-TAIは耐久レースでドライバー交代がありますから、長屋さんから他のドライバーへの交代の際には、必ずこの作業が必要になるのです。
もし、レース中にマシントラブルによるストップやコースオフ、単独または他車とのクラッシュなどがあった場合、長屋さんは自らエンジン始動やカートへの乗降、ましてやカートの移動など出来ません。手を上げてピットに合図することも出来ません。
そのため、ツインリンクもてぎ、レースオフィシャルを含め、特別監視体制も必要で、多くの方々の理解も必要です。幸い、レースに先立って行われたテストデーでのカート装置のチェック、付け外し、そして何より長屋さんの走行テストでも、さすがは元F3ドライバー、他車と遜色ないタイムで周回できることが証明でき、無事に長屋さんの正式参加が承認されたのです。
日曜日の決勝、専用装置の付け外しを考慮して(メカニックチームの習熟により、装着作業は20分程度まで短縮しました)、長屋さんはスタートドライバーとフィニッシュドライバーを務めることになりました。
予定どおり、午前9時30分に95台によるレースがスタート。長屋さんを乗せた97号車は、グリッドスタートは危険との判断からピットスタートを余儀なくされました。最後尾からのスタートでしたが、順調に10台程度をパスしていき、10周したところで、クリッカーの森本に交代しました。
森本は、1年ぶりのもてぎでのカートの感触を思い出しながらのスタート。あのモトGPや、スーパーGTが走る本コースそのもので、1周約3分ちょっと、最高速度は140km/h近くと、無改造のレーシングカートとしてはかなりの高速コース。
通常カートは、強めのブレーキや、やや派手めなステアリング操作で積極的にケツを出して曲がっていくというイメージですが、ここは速度も高くRも大きいため、急な操作は禁物です。そうこうしているうちに一度目のスティンとは終わり、チームメイトの『ザ・マイカー』塚本須彌さん、『カートップ』加藤元章さんにバトンを繋いでいきました。
途中、たいへんな豪雨に見舞われて水しぶきでまったく前が見えないなか、ピットインのサインが出ずにひたすら周回を重ねたり、この豪雨が原因かエンジンがストールしコース上にストップ、ピットでの修復を強いられたりしましたが、スタート6時間を過ぎて森本が最後のピットイン。長屋さん用の装備をふたたびカートに装着し、最後の30分を長屋さんに託したのです。
午後4時半、歓喜のゴール。長屋さんはこのスティント、装置のフィッティングの違和感に苦しみながらも、無事カートをゴールまで運んでくれました。全95台中、85位での完走です。長屋さんと97号車の完走に、他のチームや多くのメディアも喜んでくれました。
「皆さんのおかげでレースを楽しめました。また来年も参加したいです」。ヘルメットを脱いだ長屋さんからも笑顔があふれました。
耐久レースは、それがたとえル・マン24時間でもどんな草レースでも、多くのドラマがあって、参加側に立てば立つほどゴールの感動が味わえますね。
今年も長屋さんはじめ、ともにレースを戦った30名もの仲間のおかげで、多くの経験や感動がありました。
K-TAIは今年で15周年。来年はぜひ皆さんもお仲間を誘ってエントリーしてみてください。楽しめること間違いなしです。クラブレーシングピットにも来年はぜひ遊びに来てください。
(写真:大島康広 文:森本太郎)