「vs谷口ガチンコバトルについて」初音ミクBMW番場選手に聞いてみた【痛車 JAF-GP 富士スプリントカップ】

JAF-GP富士スプリントカップ GT300第2レースを11台抜きでめでたく優勝した番場琢選手。

そういえば、茂木で爆弾発言していたけど、それはどうだったのだろう。
ということで、レース終了後に番場選手に単独インタビューを敢行してまいりました。

-優勝おめでとうございます。あのポジションから優勝なんて、本当に感動しました。

番場
ありがとうございます。予選のタイヤ選択の問題であんなポジションでしたけど、昨日の谷口さんからのデータと、そしてやっぱりうちのクルマが強いということを信じて走りました。

-谷口さんといえば、番場選手は茂木の終了後、サポーターミーティングで「JAF-GPは谷口さんとガチンコでやる」って宣言してましたけど、実際にレースを走ってみてどうですか。

番場
いやいやいや、あれは自分を奮い立たせるために宣言したんですよ(笑)。
今年のシーズンはチームがひとつにまとまって戦ったという印象が強いし、特に谷口さんからは、それこそスタートのやり方やタイヤの使い方まで本当に細かいことまで教わりました。
シリーズ戦では僕と谷口さんが(一台のマシンに)乗り替わるのですが、スプリントカップはスタートからゴールまで自分とチームで戦いますから、谷口さんや右京さんに教わったものをフルに活かせるかもしれないと思いました。谷口さんの昨日のデータから今日のタイヤを選択したり、たとえスプリントでもレースは一人だけで戦うものではないということを、本当の意味で勉強させてもらいました。
だからこそ今日の優勝があるわけです。本当にチームのおかげなんです。

-そうすると「ガチ」で恩返しという感じでしょうか?

番場
あぁ、それいいですね。ガチで恩返し。

 

パブリックビューで見たセパン戦のハラハラドキドキな初優勝から数えて、チームでは5勝、番ちゃんは4勝。
2月のワンダーフェスティバルでの体制発表の時から比べると 、番ちゃんこと番場琢選手は本当に大人になりました。あれからたった9ヶ月で本当に強い男になったのだと思います。

来期も応援してますよ!

(北森涼介)

この記事の著者

松永 和浩 近影

松永 和浩

1966年丙午生まれ。東京都出身。大学では教育学部なのに電機関連会社で電気工事の現場監督や電気自動車用充電インフラの開発などを担当する会社員から紆余曲折を経て、自動車メディアでライターやフォトグラファーとして活動することになって現在に至ります。
3年に2台のペースで中古車を買い替える中古車マニア。中古車をいかに安く手に入れ、手間をかけずに長く乗るかということばかり考えています。
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