目次
■車の衝突安全技術とは
シートベルトやエアバッグ、衝突安全ボディなどは、万一事故が起こった場合に乗員の安全を確保する安全装置です。事故を未然に防止する予防安全(アクティブセイフティ)に対して、衝突安全(パッシブセイフティ)と呼びます。
自車だけでなく、事故相手も守る衝突安全技術について、解説していきます。
シートベルト
衝突安全技術の代表格は、シートベルトとエアバッグです。おかげで、どれだけの人命が救われたかは、疑いようもありません。
現在、一般車で採用されている3点式シートベルトを世界で初めて実用化したのは、スウェーデンの自動車メーカーのボルボです。ボルボは、「設計の基本は、常に安全でなければならない」という基本理念のもと、創業当時から安全装備の開発に積極的に取り組みました。1959年にボルボを象徴する安全装備を備えた「PV544」を発売、これが3点式シートベルトを世界で最初に装備したモデルです。
ボルボは、3点式シートベルトの特許を取得しましたが、「誰もがこの技術の恩恵を得られるように」と特許を無償公開。この3点式ベルトの実用化によって、100万人以上の人命を救ってきたと言われています。
シートベルトは、衝突時に身体を正しい位置に保持し、エアバッグと組み合わせて衝撃を軽減します。現在主流の3点式シートベルトは、左右腰部と片側肩部を固定します。通常時はベルトに緩みを持たせ、非常時には体が前方へ飛ばされないように適度にロックするELR(Emergency Locking Retractor:緊急ロック式巻き取り装置)が組み込まれています。
ただし、ELRには若干の応答遅れがあるので、その遅れを解消するたけにプリテンショナー機構が付いています。プリテンショナーは、衝突時に一定以上の衝撃を検知すると、ガス発生器の作動によって瞬時にベルトを巻き取る機構です。
また、プリテンショナーはベルトを強い力で引き込むので、身体に過度な荷重がかからないように、直後にベルトを緩めるロードリミッター機構も同時に装備されます。
エアバッグ
エアバッグは、正式にはSRS(補助拘束装置)エアバッグといいます。乗員がシートベルトを着用していることが前提で、衝突時にバッグをガスで膨らませてクッションとして衝撃を吸収します。衝撃を吸収すると、衝突後のハンドルやブレーキ操作と視界確保のために、すぐに収縮します。
車が衝突すると、車両前方に装着された衝撃検知センサーとECU内の加速度センサーが衝撃を検出します。エアバッグの展開が必要と判断した場合には、点火装置で着火してインフレーター(ガス発生装置)を作動させ、大量のガスを発生させます。
エアバッグは、運転席のステアリング内に装備され、続いて助手席のインパネ内、さらにサイドエアバッグ用に座席内、カーテンエアバッグ用にルーフライニング内と、より安全性の向上を目指して設置場所が増えています。合計6箇所以上のエアバッグを装備している車が一般的です。
歩行者保護エアバッグ
世界で最初に歩行者エアバッグを実用化したのは。2013年発売のボルボ「V40」で、日本では2016年にスバルが「インプレッサ」で初採用し、2社はモデル展開を進めています。今のところ、歩行者保護エアバッグを採用しているのは、スバルとボルボの2社だけです。
衝突によって歩行者がボンネットフードに乗り上げた時に、頭部を保護するためにフード後端部およびフロントガラスとAピラー下部にエアバッグを展開するシステムです。
衝突安全ボディ
多くの車は、衝突時の衝撃から乗員を保護するために、衝撃吸収バンパーや衝突安全ボディを採用しています。モノコックボディの耐衝撃性を改良したのが、衝突安全ボディです。
事故で衝撃を受けた時には、車室の前後のクラッシャブルゾーンの変形によって衝撃エネルギーを吸収します。一方、車室周りのセーフティゾーンは強度を上げて、潰れないようにして乗員を保護します。前後のクラッシャブルゾーンが潰れて、車室のセーフティゾーンを保護する構造です。
交通事故は、自分がどんなに注意して安全運転を心がけても、100%避けることはできません。
本章では、万一事故が発生した時に、自車および相手車を保護する衝突安全技術について、詳細に解説します。
■シートベルトとは
パッシブセイフティ(衝突安全)技術の代表であるシートベルトは、エアバッグとともに衝突時の乗員保護を効率良く実現できることから、急速に普及しました。
事故発生時の傷害軽減や、死者数低減に大きく貢献しているシートベルトについて、解説していきます。
シートベルトの役割
シートベルトは、衝突時に身体を正しい位置に保持してエアバッグと組み合わせて衝撃を軽減します。当初は2点式シートベルトでしたが、現在はすべての座席に3点式シートベルトを採用することが義務付けられています。
3点式シートベルトでは、左右腰部と片側肩部を固定します。通常時はベルトに緩みを持たせ、非常時には体が前方へ飛ばされないように適度にロックするELR(Emergency Locking Retractor:緊急ロック式巻き取り装置)が組み込まれています。
シートベルトの装着を徹底するため、着座センサーを用いた「シートベルト非装着時警報装置」の設置が義務付けられています。シートベルト非装着で走行すると、警報を発して警告灯を点滅させる機能です。現在は、走行初期だけでなく、定期的に警報をする再警報装置の設置も義務付けられています。
ELR(緊急ロック式巻き取り装置)
ELRは、衝突で車に衝撃が加わった時や、ベルトを急に引き出した場合にベルトがロックされる機構です。緊急時以外はロックされないので、通常時はある程度自由に身体を動かすことができ、ステアリングやタッチパネルなどがストレスなく操作できます。
ロック機構は、シートベルトのギヤにツメが噛み合うことでベルトが固定される仕組みです。センサー部に内蔵されたボールが急ブレーキや衝突時に慣性で移動することによって、ツメが持ち上げられ、ギヤに噛み込んでロックします。
プリテンショナーとロードリミッター機構
ELR機構は、事故の際にベルトをロックしてくれますが、ロックには若干の遅れを伴い、その間にベルトは引き出されます。また、緩めにベルトを張る人もいて、これでは身体をしっかり保持できません。ELRのロック遅れやたるみを吸収するのが、プリテンショナーの役目です。
プリテンショナーは、衝突時に一定以上の衝撃を検知すると、ガス発生器を作動させることによって瞬時にベルトを巻き取る機構です。身体の前方への移動を抑制することによって、初期拘束の効果を高めます。
ただし、プリテンショナーはベルトを強い力で引き込むので、大きな荷重が胸や鎖骨にかかる恐れがあります。過度な荷重がかからないように、プリテンショナーが効いた直後にベルトを緩めるロードリミッター機構も同時に装備されています。ロードリミッターは、一定以上の荷重がかかった場合にベルトを引き出して、その荷重を抑える機構です。
プリテンショナーの進化版、モーター式
ガス発生器の代わりに、モーターを内蔵したプリテンショナーも出現しています。通常のプリテンション機能に加えて、運転支援技術と連携してシートベルトを自在に作動させることができます。
例えば、居眠りの兆候がある場合や追突の危険性がある場合に、シートベルトを数回軽く引き込んでドライバーに警告するなどの機能を採用している例もあります。
シートベルトの着用率は運転席で98%以上、助手席でも95%以上と締めて当たりまえの技術となり、今やシートベルトを締めないで運転することは考えられません。
自動運転が実現すれば、シートベルトは必要なくなるかもしれませんが、当面は必要不可欠な装置です。
■4点式シートベルトとは
2012年に、普通乗用車の全席に3点式シートベルトの設置が義務化されました。一方サーキットでのスポーツ走行などは4点式、レーシングカーでは、5点、6点式シートベルトが使われています。安全にみえますが、実は公道の走行では必ずしも安全とは言えず、違法であるため公道を走行できません(認可されたものを除く)。
ここでは、モータースポーツで使われるシートベルトの代表として4点式シートベルトの安全性と法規適合性について、解説していきます。
シートベルトに関する規定の経緯
シートベルトに関する設置義務は「道路運送車両の保安基準」で、シートベルトの着用義務については「道路交通法」で規定されています。
シートベルト設置義務とシートベルト装着義務の経緯は、以下の通りです。
シートベルト設置義務
・1969年:運転席にシートベルトの設置義務付け
・1973年:助手席にシートベルトの設置義務付け
・1975年:後席に設置義務付け
・2012年:後部中央座席に3点式シートベルト設置義務付け(全席3点式シートベルト設置)
シートベルト装着義務
・1985年:高速自動車道および自動車専用道路での運転席、助手席のシートベルト着用義務化
・1992年:一般路での運転席、助手席のシートベルト着用義務化
・2008年:全座席のシートベルト着用の義務化
以上より、普通乗用車で2012年以降の車については、一部の特殊な車両を除いて全席3点式シートベルトの設置が義務化されています。それ以前に生産された車については、2点式シートベルトの着用で問題はありません。さらに発売時に、シートベルトが装備されてなかった車については、シートベルト装着の必要はありません。
ちなみに、シートベル着用義務違反に対して罰金や反則金は課せられていません。しかし、罰金や反則金はなくても違反であることに変わりはなく、違反点数は以下の通り、加算されます。(2023年時点)
・運転席・助手席:一般道、高速道路とも1点
・後部座席:一般路0点(なし)、高速道路1点
シートベルトに関する規定内容
シートベルトの具体的な要件について、「道路運送車両の保安基準第22条の3」の中で以下のように規定されています。
・ハンドルやフロントガラスに頭部などが衝突しない、車外に放出されないように身体を固定すること
・シートベルト反力によって胸など身体を圧迫しないように、適度にシートベルトが緩む構造であること
・緊急時にベルトが瞬時に脱着できること
・視界確保やインパネ等の操作のために身体がある程度自由に動かせること
4点式シートベルトは安全か、違法か
3点式シートベルトが左右腰部と片側肩部を固定するのに対して、モータースポーツで使われる4点式シートベルトは左右の肩と胸、腰部をベルトで固定します。
したがって、レース中に発生する大きな前後左右Gの中でもドライバーの姿勢を維持できるため、高い操縦性が確保できます。また、高速運転中の激しいクラッシュを想定すると、車外へドライバーが放り出されないためには4点式シートベルトが効果的です。
しかし、一般車に4点式シートベルトを装着して公道を走行すると、以下のような安全上の問題が発生します。
・運転時に身体が自由に動かせないため、スイッチ類が操作しづらく、視認性が悪い。
・緊急時に容易にベルトが脱着できない。
・身体をタイトに固定するため、エアバッグが展開しても効果を発揮せず、頭部と頸部が激しい衝撃を受ける。
以上のように、安全が確保されず保安基準に適合できないことから、4点式シートベルトの公道での使用は違法です。
HANS(ハンス)
レーシングカーでは、頭部と頸部の衝撃を緩和するため、ドライバーには首と頸部を保護するヘルメットとHANS(Head and Neck Support/ハンス)の装着が義務付けられています。
HANSは、「ヘッド・アンド・ネック・サポート」の略で本体に肩を乗せて、4点以上のシートベルトとともに固定して頭部および頸部を保護する安全装備です。HANSの開発を始めるキッカケとなったのは1981年に、米IMSA GTUクラスでクラッシュして、頭蓋骨骨折で亡くなったパトリック・ジャックマールの死因とされています。死因を解析した結果、首に装着したサポーターとヘルメットを固定し、首が頭ごと前に投げ出されることを防げば、頭部への衝撃が80%低減されることが判明したのです。
当時からレースでクラッシュが多発して、例えヘルメットを装着していても深刻なダメージを与えることが多かったため、1990年から製品化されたHANSは、F1では2003年に装着が義務化され、トップカテゴリーのレースやラリーなどで急速に装着が義務付けられました。
日本では、2017年1月1日からは全てのレース競技で装着が義務化され、2017年現在のJAF公認レースでは、HANS無しの参戦はできません。
4点式5点式、6点式シートベルトは、あくまでモータースポーツ専用であり、公道で使うのは危険で違法です。一方、日常的に使用している3点式シートベルトは、最近の安全意識の高まりを受けエアバッグとともに日々進化しています。
しかし、重要なことは他力に頼らず、自ら安全運転を心がけることです。
■エアバッグとは
エアバッグは、正式にはSRS(補助拘束装置)エアバッグといいます。乗員がシートベルトを着用していることが前提で、衝突時にバッグをガスで膨らませてクッションとして衝撃を吸収します。
シートベルトとともに、事故発生時の障害軽減や死者数低減に大きく貢献しているエアバッグについて、解説していきます。
エアバッグの基本
衝突時にはシートベルトで乗員の姿勢を適正に保ちつつ、瞬時にエアバッグを膨らませて衝撃を吸収して安全を確保します。あくまでも乗員がシートベルトを装着していることが前提で、シートベルトの機能を補助する役割を果たします。衝撃を吸収すると、衝突後のハンドルやブレーキ操作と視界確保のために、すぐに収縮します。
エアバッグは、最初にドライバー保護のために運転席のステアリング内に、続いて助手席のインパネ内に装備されました。さらにサイドエアバッグ用に座席内、カーテンエアバッグ用にルーフライニング内と、より安全性の向上を目指して多くの場所に装備される傾向にあります。
運転席と助手席への装備は当然のこと、合計6個以上のエアバッグを装備している車が一般的です。
エアバッグシステムの構成
エアバッグシステムは、エアバッグモジュールとエアバッグECU、前突側突用の衝撃検知センサーなどで構成されます。衝突検知センサーは、応答性を高めるために車前面のクラッシャブルゾーンに配置して、衝突時の加速度をECUに送信します。
その他、エアバッグ展開が必要と判断した時に、エアバッグモジュールに点火電流を流す点火装置、システムの故障診断機能、バッグアップ機能を持っています。
エアバッグの動作原理と制御
衝突時、車両前方に装着された衝撃検知センサーと、ECU内に装着された加速度センサーが衝撃を検出します。応答が速い衝撃検知センサーは局所的な衝撃でも反応してしまうので、衝突の判定は加速度センサーの情報と合わせて総合的に判断します。
エアバッグの展開が必要と判断された場合には、点火装置で着火してインフレーター(ガス発生装置)を作動させ、大量のガスを発生させます。
発生したガスは、バッグの中に充満し、圧力を上昇させてステアリングカバーを押し破り、展開します。衝突を検知してから、運転席なら0.02~0.03秒、助手席なら0.03~0.04秒後に展開が完了します。
バッグにはベントホールという穴が開いており、バッグの内圧が上がりすぎるのを防いでいます。
エアバッグ不具合が社会問題化
2010年~2017年頃まで、自動車業界を揺るがす大問題となったタカタ製エアバッグの不具合が頻発しました。
国内メーカーのほとんどが使用し、世界シェア第3位のタカタ製エアバッグが、2008年頃から米国で展開時に異常破裂し、金属片が飛散することによって死亡事故まで引き起こしました。
原因は、インフレーターガス発生剤(硝酸アンモニウム)の品質(特に湿度の影響)管理が不十分であったためです。原因がはっきりしないまま、2009年から国内のほとんどのメーカーが大量リコールをするという異常な事態に発展したため、大きな社会問題になりました。
エアバッグは、交通事故が発生した際には、ドライバーと乗員の命を守ってくれる最後の砦となる重要な装備です。
ただし、シートベルトを着用していない、あるいは正しく装着していないと、エアバッグは正常に乗員を保護できないことに留意する必要があります。
■歩行者保護エアバッグとは
2016年にスバルが、国内初の歩行者保護エアバッグシステムをインプレッサで実用化しました。衝突事故を起こして歩行者がエンジンフード(ボンネット)に乗り上げた時に、頭部を保護するため、フード後端部およびフロントガラスとAピラー下部にエアバッグを展開するシステムです。
スバルの安全技術へのこだわりの表れ、歩行者保護エアバッグシステムについて、解説していきます。
ポップアップフードシステム
車が歩行者と衝突した時に歩行者を守る技術としては、2010年頃から主要メーカーが採用しているポップアップフードシステムがあります。
ポップアップフードとは、車両と歩行者が衝突した際にフードを瞬時に持ち上げるシステムです。エンジンなどの硬い部品とフードの間に空間を確保し、歩行者の頭部がフードに当たった際の衝撃を緩和する技術です。
歩行者の衝突検知は、一般にはバンパーに取り付けた加速度センサーや圧力センサーで行います。歩行者と衝突した時のバンパーの変形をセンサーで検出して、エアバッグ用コントローラーに送信してエアバッグを展開させます。
ボルボの歩行者保護エアバッグシステム
歩行者保護エアバッグは、歩行者との衝突時にフード後端部およびフロントガラスとAピラーの下部にエアバッグを展開して、乗り上げてきた歩行者の頭部を保護するシステムです。
世界で最初に実用化したのは、2012年発売のボルボ・V40です。ボルボ・V40では、車のバンパー前面に埋め込まれた7つの加速度センサーで衝突を検出します。衝突物が人の足だと判定された時に、瞬時にエアバッグが展開する仕組みです。
衝突を検出すると、フードのヒンジアクチュエーターでフードを持ち上げ、その隙間からエアバッグが張り出します。システム起動からエアバッグが膨らむまでは200~300ミリ秒、フロントガラスの1/3とAピラーの下部をカバーします。
スバルの歩行者保護エアバッグシステム
日本で初めて歩行者保護エアバッグを採用したのは、2016年発売のスバル・インプレッサです。以降、スバルはXV、フォレスターと主要モデルに採用しています。
システムの基本的な仕組みはボルボと同じですが、スバル方式の方がシンプルかつ低コストで実現しています。大きな相違点は、2つあります。
1つ目は、エアバッグのフードを持ち上げるか、上げないかの違いです。ボルボは、フードを持ち上げてエアバッグを展開させます。フードを持ち上げるポップアップフード機能を兼ねています。一方のスバルは、フードは持ち上げずにフロントガラスとフードの隙間からエアバッグが噴き出て展開します。
2つ目の違いは、歩行者衝突のセンシング方法の違いです。ボルボは、バンパー前面に7個の加速度センサーを取り付けて衝撃を検出します。スバルは、パンパー全周の内側に這わせたシリコンチューブの空気圧を両端の圧力センサーで検出します。いずれも検出した加速度パターンまたは圧力パターンを、人の足に衝突した際の標準パターンと照合することによって、人との衝突かどうかを判定します。
歩行者保護エアバッグは、衝突安全技術に積極的に取り組んでいるボルボとスバルならではの技術です。
歩行者を検知して対歩行者自動ブレーキで衝突回避を図り、それでも衝突してしまったら歩行者保護エアバッグで被害を最小限に食い止める、乗員だけでなく歩行者も守る安全技術です。
■ヘッドレストとは
近年、交通事故による死者数は減少していますが、負傷者数は思惑通りに減少していません。また、交通事故の約1/3を追突事故が占め、その結果としてむち打ち傷害例が多いのが実状です。むち打ち症など頸部の傷害を低減するために装備されているのが、ヘッドレストです。
ヘッドレストの機能とその効果について、解説していきます。
ヘッドレストの目的
ヘッドレストを、単に頭を乗せる枕のような存在だと思っている人が意外に多いようです。レストという言葉を休憩のレスト(rest)だと勘違いしているためですが、実は拘束(restraint)のレストなのです。確かに紛らわしいですが、後突されたときに頭部が後ろに傾くことを防止する、むち打ち傷害を受けないようにする乗員保護装置です。
ヘッドレストは、「道路運送車両の保安基準」の中で、「追突等により衝撃を受けた場合に、乗員の頭部が過度に後ろに傾いて頸部を負傷することを防止する安全装置」と明記されています。現在は、運転席と助手席への装着が義務化されています。
その背景には、交通事故の約1/3が追突事故であること、そのほとんどがむち打ち症に代表される頸部傷害を受けるという実態があります。
打ち症になる要因
運転中に追突等によって急に衝撃が身体に加わると、身体が前方に大きく揺すられ、その結果、首の上の重い頭だけが後方に残る状態になります。これによって最も弱い首が損傷を受け、最悪の場合は頸椎の骨折や脱臼を起こし、寝たきり状態になることもあります。
頸椎の受傷の中では、むち打ち症は比較的軽傷で、首の筋肉や靭帯、関節を傷めた「頸椎捻挫」を指します。ただし首や肩、背中に痛みが走り、長期の治療が必要になることが多いです。
むち打ち症になるリスクを抑えるには、正しい姿勢で運転するようにシート位置を調整すること、追突時に頭を適正に拘束するように、ヘッドレストの中心を耳の穴の位置よりも2~3cm高くなるように調整することが重要です。
ヘッドレストを外すのは、もっての外です。非常に危険ですし、保安基準違反です。
アクティブヘッドレスト
むち打ち症対策としては、「むち打ち低減シート」や「頸部衝撃緩和シート」と呼ばれるシートが採用されています。これらは、シートバックの上部をウレタンなどで柔らくして、衝突時に背中の上部が沈み込む構造です。
胸部の前方移動を遅らせて、ヘッドレストが頭部を捕えてから胸部と頭部を同時に前方へ移動させることでむち打ち傷害を軽減します。
一方、ヘッドレストを自動的に適正な位置へ移動させる「アクティブヘッドレスト」と呼ばれるシステムの採用が増えています。
例えば、追突時に背中がシートバックを押すとテコの原理でヘッドレストを前方に移動させて頭を拘束する方式、シートバックを後ろに倒して衝撃を吸収して頭部を保護する方式などがあります。
さらに、センサーで衝突が避けられないと察知したら、衝突前にヘッドレストの位置を最適化するシステムも出現しています。
交通事故は、自分が気を付けて安全運転をしていても、相手に追突される、あるいは巻き込まれることは避けられません。
今後、自動緊急ブレーキを装備した車が増えてくるので、追突事故が大幅に減少することを期待したいと思います。
■チャイルドシートとは
前席への装着は厳禁
2000年4月の道路交通法改正によって、6歳未満の幼児にチャイルドシートの着用が義務付けられました。チャイルドシートは、シートベルトが適正に機能しない体格の小さな子どもが安全に乗車できるように開発された拘束装置です。
チャイルドシートの種類や役割、使い方について、解説していきます。
チャイルドシートの種類
シートベルトと同じように、体格の小さな子どもでも安全に乗車できるように開発された拘束装置が、チャイルドシートです。2000年4月道路交通法の改正によって、6歳未満の子どもにチャイルドシートの着用が義務付けられました。
チャイルドシートには、体格によって乳児用と幼児用、学童用の3種類があります。学童用は6歳以上用であるため、法規上使用義務はありませんが、安全確保のために用いられます。
現在は、乳児用と幼児用を兼用できるチャイルドシートが一般的です。
取り付け方法については、常備の3点式シートベルトを使って固定する「ベルト固定式」と「ISO-FIX式」があります。
ベルト固定式とISO-FIX式
シートベルトで固定する方法は、すでに全席装着が義務化されている3点式シートベルトを利用する方式です。ベルト固定式は今のところ主流ですが、正しく固定しないと機能が発揮できず、装着ミスや誤使用による事故が発生しています。
装着ミスや誤使用を防止し、車への確実な装着を目的に考えられたのが、ISO-FIX式です。ISO-FIX式は、文字通りISO(国際標準化機構)で規格化された装置で、脱着が簡単でありながら確実にロックできるシステムです。
ISO-FIX対応の車には、後席シートの奥にロアアンカー、シートバックの後部や上部にトップテザーアンカーが装備されています。ロアアンカーにチャイルドシート下部のコネクターを固定して、上部はトップテザーと呼ばれるベルトでトップテザーアンカーと連結して固定します。
2006年に乗用車を対象に汎用性のあるISO-FIX取り付け装置の装備が義務付けられ、2012年7月以降は統一基準のISO-FIX取り付け装置の装備が義務付けられました。
チャイルドシートの適正な装着場所
新生児から使用できるチャイルドシートは、前向きと後ろ向きの両方向で装着ができます。正面衝突などの衝撃から乳児を守るには、衝撃が分散できる後ろ向き(進行方向と逆向き)が推奨されています。1人座りができるようになり、後ろ向きで足が支えるようになったら、前向き(車の進行方向)に装着します。
装着場所については、法規上は特に指定されていません。
助手席に装着している人もいるようですが、正面衝突などでは前側のダメージが大きいこと、エアバッグが開いたときに大きな衝撃を受けるので絶対に止めるべきです。
後席の中央が安全という考え方があるようです。正面衝突時に前席との間に挟まれない、左右からの衝突に対して安全という考え方ですが、賛否はあるようです。そもそもISO-FIX仕様では、後席中央には装着できないので論外です。
後席の左右どちらかについては、衝突のパターンによって大きく変わるのでどちらが有利とは言えません。
法規上は、6歳以上になるとチャイルドシートは使用しなくても問題ありません。ただし、シートベルトが正常に機能するには身長が140cm程度以上は必要、ということは認識しておいた方が良いと思います。6歳以上になっても身長が140cm以上(平均的には高学年)になるまでは、安全のため学童用チャイルドシート(ジュニアシート)を使うことを推奨します。
■衝撃吸収ボディとは
多くの車は、衝突時の衝撃から乗員を保護するために、衝撃吸収バンパーや衝突安全ボディを採用しています。衝突安全ボディは、変形することで衝撃エネルギーを吸収するクラッシャブルゾーンと、変形せずに乗員を守るセーフティゾーンで構成されています。
乗員を守る衝撃吸収バンパーと衝突安全ボディについて、解説していきます。
衝撃吸収バンパー
バンパーは、低速で歩行者や車、障害物に衝突した時に、乗員と対人、対物保護のための部品です。また、デザイン要素としても重要な役割を担っています。
かつては、バンパーだけで独立した存在でしたが、グリルやアンダースポイラーと一体構造となっており、どこからどこまでがバンパーか、見分けできなくなっています。
バンパーは一見シンプルな構造に見えますが、通常はバンパーフェイス、エネルギー吸収フォーム、衝撃を緩和する金属製バンパービーム、潰れることでエネルギーを吸収するクラッシュボックスで構成されます。
バンパーフェイスは、スタイリングや空気抵抗低減を意識したデザインが増え、樹脂(ポリプロピレン)製が主流です。樹脂は強い力を受けると割れたり変形しますが、自己復元性があり、小さな変形なら復元できます。
エネルギー吸収フォームは、発泡タイプとハニカムタイプがあります。発泡タイプが軽量、安価なので主流です。金属製バンパービームは、サイドメンバー間を結合する重要な役目も担っています。
モノコックボディ
車のボディ構造には、「ラダーフレーム」と「モノコック」の2種があります。
重くて頑強なラダーフレームは一部のSUVで採用されていますが、乗用車のほとんどはモノコック構造を採用しています。
モノコックボディは、ボディとシャシーが一体の卵の殻のような構造です。プレスで成形した1~2mm程度の鋼板を重ねた部分をスポット溶接でつなぎ合わせて、箱型に組み立てます。一体構造なためボディ剛性が高く軽量で、しかも車内スペースを確保でき、乗り心地も良好です。
一方ですべての面で支え合っているので、衝撃が加わったときにボディ全体が歪みやすいという弱点があります。
衝突安全ボディ
モノコックボディの耐衝撃性を改良したのが、衝突安全ボディです。衝突安全ボディは、強さと柔らかさの両面を兼ね備えて、乗員を保護する構造です。
事故で衝撃を受けた時には、車室の前後のクラッシャブルゾーンの変形によって衝撃エネルギーを吸収します。一方、車室周りのセーフティゾーンは強度を上げて、潰れないようにして乗員を保護します。前後のクラッシャブルゾーンが潰れて、車室のセーフティゾーンを保護する構造です。
各社の呼称はさまざま
衝突安全ボディは一般的な構造技術で、トヨタは「GOA」、日産「ゾーンボディ」、ホンダ「G-CON」、三菱「RISE」、マツダ「MAGMA/AKYACTIV-BODY」、スバル「新環状力骨構造ボディ」、スズキ「TECT」、ダイハツ「TAF」と呼ばれています。
衝突安全技術は、自車の安全性能の向上とともに、相手車両への加害性の低減を両立させることが最大のテーマとなっています。
乗員保護のための衝突安全ボディだけでなく、バンパーには歩行者の脚部への衝撃緩和や、ボンネットやフェンダーには頭部の衝撃軽減など、歩行者障害軽減にも積極的に取り組んでいます。
■ヒルスタートアシストとは
上り坂で止まると、発進時にズルズル後退するのではないか、前の車が下がってくるではないかと心配になったことはありませんか?「ヒルスタートアシスト」は、一時的にブレーキを保持して上り坂でのスムーズな発進を補助する機能です。
ヒルスタートアシストシステムの機能と効果について、解説していきます。
ヒルスタートアシストの概要
MT車の坂道発進について、教習所では以下の要領で行うように指導しています。
・ブレーキペダルを踏み、サイドブレーキを引いた状態でローギヤに入れる。
・ブレーキペダルからアクセルペダルへ踏み換え、エンジン回転を少し上げて半クラッチを維持する。
・サイドブレーキを徐々に戻し、クラッチペダルもゆっくり戻して発進させる。
MT車で運転に自信がないドライバーにとっては、サイドブレーキをリリースする手加減や素早いクラッチミートが煩わしい操作であり、結構難しいです。
ヒルスタートアシストは、ブレーキペダルからアクセルペダルに踏み換えるときに、1~2秒間ブレーキ機能を保持します。これにより、サイドブレーキを操作する手間が省けて、クラッチミートだけに集中できます。
AT車の場合、急な上り坂でなければヒルスタートアシストによって、サイドブレーキやフットパーキングブレーキの操作なしで容易に坂道発進ができます。
ヒルスタートアシストの仕組み
ブレーキ機能の保持は、一般的にはESC(Electronic Stability Control:横滑り防止システム)の油圧ブレーキ制御を利用します。日本では、すでにすべての車にESCの装着が義務付けられています。ESCには加速度センサーも組み込まれていますので、油圧制御の変更によって比較的容易にヒルスタートアシスト機能を追加できます。
各社が採用しているシステムには多少の違いはありますが、大まかには次のような流れで制御します。
・車輪速センサーで車両の停止を検知し、加速度センサーで坂道の傾きを算出
・アクセルペダルへの踏み換えのため、ペダルブレーキを解除するとブレーキ圧を保持(ブレーキ機能の開始)
・その後1~2秒程度の所定時間が経過するか、あるいはアクセルペダルの操作が始まると、ブレーキ圧を開放(ブレーキ機能の解除)
ESC(Electronic Stability Control)
ESC(Electronic Stability Control)は、走行中の横滑りを防止して走行状態を安定化させるシステムです。
各ホイールの回転差や加速度センサーの情報などから車の横滑りを検出したら、エンジン出力と各タイヤのブレーキを制御して車の走行安定性を向上させます。
ヒルスタートアシストの必要性
現在、数少ないMT車を選んで乗ってる人は、車の操作や運転に自信がある人です。MT愛好者にとっては、坂道発進も難なくでき、むしろ勝手に制御が介入することに違和感や煩わしさを感じるかもしれません。
一方、AT車にはそれほど強い必要性があるとは思いませんが、実際には多くのAT車に採用されています。日本ではAT車の販売比率が98~99%と圧倒的に高く、操作性が容易な車が好まれるという実情に合わせた対応と言えます。
ダウンヒルアシスト
急な下り坂や雪道では、タイヤがロックして滑らないように自動的にブレーキを制御して、一定の低速度を保つ「ダウンヒルアシスト」と呼ばれるシステムもあります。
ヒルスタートアシストは、坂道発進の操作に慣れて、難なく対応できるドライバーにとっては、それほどありがたい機能ではないかもしれません。一方で、操作に不慣れなドライバーや高齢ドライバーにとっては、操作性だけでなく、安全性の向上にもつながる有効な機能です。
(Mr.ソラン)
クリッカー自動車用語辞典 https://clicccar.com/glossary/