■常にものづくりの現場と向き合って革新を起こす「現場サイエンティスト」
オートバイや電動アシスト自転車など身近なモビリティをはじめ、マリンやロボティクス、自動車用エンジンの開発など幅広い事業を展開しているヤマハ発動機。同社の広報グループは、一般的に、普段あまり接することのない多彩な事業などを対象に、現役社員からOBまで話を聞き、ニュースレターというカタチで発信しています。
今回のテーマは、主にビッグデータなどの膨大なデータを解析し、分析や運用などを行うデータサイエンティストならぬ「現場サイエンティスト」です。
ヤマハ発動機のDS(データセンシング)技術開発グループの齋藤義彦さんは、2年前にDX(デジタルトランスフォーメーション)留学をしたそうです。
DX留学とは、DX人財の育成を目的とする同社の社内人事制度。独自の育成プログラムと業務を通じた経験で、製造DXの実現に貢献する現場サイエンティストの育成を目指すというものです。
齋藤義彦さんは、たとえば、電着塗装の状態を遠隔監視している現場リーダーから感謝の言葉を掛けられたそう。塗装職場のリーダーから感謝を受けた状態監視システムは、齋藤さんが実現した数ある課題解決のひとつです。2時間おきに現場に通い、そのつど、圧力計の針と向き合っていたリーダーの負担を軽減。
さらに、メンテナンスの効率化や最適化など、副次的な価値も生み出しています。ほかにも、やはり齋藤さんが手がけたアルミ鋳造部品のトレーサビリティシステムなどは、品質向上に直結する仕組みとして鋳造、加工の各職場に革新を起こしているそうです。
齋藤さんは、現在の職場にDX留学する2年前まではアルミ加工職場のリーダーでした。「高校を卒業してから16年間、ずっと船外機部品の職場でものづくりをしてきましたので、現場の困りごとの本質が理解できますし、職場を預かるリーダーの苦労もよく分かります」と経験者としての視点で語っています。DX留学以前のデジタル知識は、ほぼゼロだったそうで、デジタルの力で改善をもたらす現場サイエンティストとして、いまやDXを推進する製造現場に欠かせない存在になっています。
齋藤さんの活躍を支える頼もしいパートナーが、高いデジタルスキルをもつ同期の若手コンビで、入社3年目の生産技術本部の出口淳一さん、IT本部の藤田周平さん。
出口さんは、主にデータベースの作成などを、藤田さんはデータ分析などを担当し、ともに改善につながる新たなシステムを生み出そうと奮闘しているそうです。
藤田さんは、「私の本来の職場は工場から5kmほど離れた本社にあるのですが、工場で仕事をしているほうが多いかもしれません。ものづくりの現場には目の前に課題があって、目の前に困っている人がいます。PCに向き合っているだけでは生み出せないものがあると感じています」と仕事の核心を説明。
出口さんも、「DXを進めるためには、人というアナログとデジタルの関係をデザインしていく必要があると考えます。齋藤さんの経験や感覚なくして、本質的な課題を乗り越えていくことはできません」と、あくまでも現場が主役のDXを強調しています。
齋藤さんは、「私は現場とデジタルの両方の気持ちが分かりますが、じつは互いに多少の苦手意識を持っています。でも出口さんと藤田さんは、現場に足を運んでその懐に飛び込んでいきます。その結果、同じ課題に対して同じ目線が生まれ、双方の強みを発揮しながら前進するという相互関係ができています。こうしたアプローチこそDX推進の強みであり、原動力だと思います」とまとめています。
現場が主役のDXは、同社の社内に限定した取り組みではないとのこと。取引先の製造現場からもDX留学を受け入れ、創意工夫を行いながら、現場最適のシステムやプラットフォームの開発が行われています。人財育成に重きを置いたヤマハ発動機のDXへのアプローチは、独自性と実効性の高さから、広く製造業各社から注目を集めています。
(塚田勝弘)