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■「小さな高級車」はなぜ日本市場で成立しないのでしょうか?
11月9日に国内仕様が発表されたレクサスの新型LBXは、従来のヒエラルキーを越えた新しい高級車像を提示しました。一方、いわゆる「小さな高級車」はこれまでも何度となく提案されたものの、日本市場でいまひとつパッとしませんでした。それは一体なぜなのでしょう?
今回はそんな国産車4台を振り返りつつ、その理由を紐解いてみようと思います。
●ヨーロッパの強豪に対抗した日本的高級車
まず最初に取り上げるのは、トヨタ・プログレです。
1998年、ズバリ「小さな高級車」をキャッチコピーとして登場した同車は、メルセデス・ベンツのCクラスやBMW3シリーズの日本版を標榜する意欲作でした。
ギリギリ5ナンバー枠に収められたボディは、FRらしいショートオーバーハングによるグッドプロポーション。フロントの4灯ランプこそ特徴的なものの、縦型のリアランプを含めて基本は端正な佇まいです。5層コートの美しい塗装や本革、本木目のインテリアなどは、センチュリーと同じチーフエンジニアが担当した成果でしょうか?
当時の「華がない」「保守的」といった声は、先の欧州勢との比較による自虐的な面もあったかと。個人的には日本的な高級コンパクトセダンとして面白い存在だったと思いますし、ある意味トヨタのいちばんいい時期の逸品だったかもしれません。
●オキテ破りのなんちゃってハイソカー
2台目は、日産からローレル・スピリットを紹介します。1982年、当時の日産モーター店にはお手頃なエントリーモデルがなく、これに対応するために企画、発売された異色作です。
B11型サニーに、格子状グリル、メッキのフェンダーミラーやドアハンドル、ツートーンのボディカラーなどを施して「ローレルみたい」にした手法はいささか強引ですが、そもそも同車がヨーロピアン調のバランスのいいスタイルだったこともあって、意外に大きな破綻は感じられなかったんです。
そのためか、何と4年後にはB12型のトラッドサニーをベースに、より本格的な「化粧」が施された2代目が登場。ボンネット上のマスコットやワインレッドのインテリアが印象的でした。まあ、さすがに3代目はなかったのですけれど……。
●ホンダのMM思想にヨーロッパの香りを
3台目は、ホンダ・コンチェルトです。1988年、当時同社と提携していたイギリスのオースチン・ローバーグループとの共同開発により、アコードとシビックの間を埋める格好で登場したコンパクトセダンです。
「ファウンデーション」の開発キーワードは、豊かで良質なセダンを目指したもの。造形的には「グラッシースタイリング」を掲げ、キャビンの全周囲を6ライトのグラスエリアとすることで欧州的な上質さを獲得、とくに5ドアの開放感は印象的でした。
インテリアでは厚みのあるパッドで覆われたインパネや、大型の本革シートが豊かさを表現。ただ、それでも販売的に苦戦したのは、その贅沢さ自体がホンダファンと乖離していたからかもしれません。
●国内専用の高級なデミオという企画
最後は、マツダ・ベリーサです。2004年、「シックで上質な個性を追求した内外装デザイン」をテーマに、2代目デミオベースの国内専用車として登場したコンパクトハッチです。
デミオより50mm長いボディは、ラウンドシェイプと張りのある面が自慢で、余計なラインのないサイド面はもとより、リアパネルのボリューム感も見所。高級車らしい光りモノは、グリルやボディの下回りなど最低限の表現に抑えており、このあたり好ましいものでした。
ただ、見方を変えると、この大らかなボディにはこれといった特徴がなく掴みどころがなく、頑張ったインテリアも「加飾感」が強い。デミオのようなヒット作にならなかったのは、もしかしたらそのあたりに理由があったのかもしれません。
さて、こうして4台を振り返ってみると、車自体の課題も感じる一方、コンパクトと高級=高価の間の壁が思っている以上に高かったこともありそうです。高級なのはわかるけど、お金を払ってまでは要らないよ、と。
その点、そもそも高級ブランドのレクサスが手掛けたLBXには価格に必然性があり、成功事例になる可能性は高いと言えるかもしれません。