『シバタイヤ』ってどこが出しているタイヤ? 現在ユーザー急増中! 【D1GP2023 EBISU DRIFT】

■第4戦筑波では初優勝したシバタイヤ

第5戦エビスドリフトの前に上野選手にもサポートが決まり、今季どんどん使用チームを増やしているシバタイヤ。第4戦では自チームのエースドライバー蕎麦切選手によって初優勝も果たし、実力も証明しました。

筑波サーキットで行われた第4戦では蕎麦切選手が初優勝しました。
筑波サーキットで行われた第4戦では蕎麦切選手が初優勝しました

このシバタイヤ、日本のブランドで、じつは一般車用にもかなりのラインアップを誇るタイヤなのです。

今回はこのシバタイヤとは、どんな背景から生み出されたタイヤなのかをご紹介しましょう。


●使用車両10台以上の大勢力へ

D1GPで使われているシバタイヤ。
D1GPで使われているシバタイヤ

さて、このシバタイヤですが、本格的に発表したのは2021年の東京オートサロンでした。発売しているのは柴田自動車株式会社。

オーナーは、もともとR31HOUSEというR31型スカイラインの専門ショップを経営している柴田達寛氏です。ドリフト競技をやっていくにあたって「好きなパターンと好きなコンパウンドで自分のタイヤが作りたかった」というのがタイヤメーカーをスタートさせた理由でした。

もともとは、蕎麦切選手がD1ライツに出ていた2019年以前に最初にタイヤを製作。中国のタイヤショーに行き、RYDANZ(レイダン)という現地のメーカーと商談をしてタイヤを作ってもらうことにしたのがスタートだそうです。なので、開発と製造は自社ではなくアウトソーシングです。

当時は1本6000円くらいで作って8000円くらいで販売していたそうですが、このときのタイヤの性能ではD1GPでは通用しなかったそうです。かといって競技に通用するレベルのグリップ力を発揮するタイヤを作るとなると費用ががぜん高くなるため、そう簡単にできることではありませんでした。

そこで蕎麦切選手が2020年にD1GPにステップアップしたときには、SAILUN(サイルン)からのタイヤサポートを受けました。そこから2年間SAILUNと一緒に戦ったのですが、D1GPのタイヤに関するレギュレーションが変わったことにより、SAILUNは2021年かぎりで撤退してしまいました。

そこで柴田シャチョーはD1GPで戦えるタイヤを自社で作る覚悟を決めたそうです。さいわいSAILUNと2年間一緒に戦ったことでドリフト競技におけるタイヤサプライヤーのノウハウを学ぶこともできていました。

シバタイヤのワークスカラーで走る3人。左から蕎麦切選手、田中選手、日比野選手。
シバタイヤのワークスカラーで走る3人。左から蕎麦切選手、田中選手、日比野選手

2022年からはD1GPのために開発した自社タイヤで参戦を開始。レギュレーション変更にともなって、撤退したタイヤサプライヤーがいくつかあったため、シバタイヤのサポートを受けるようになった選手も何人か出てきました。

そして、蕎麦切選手が好成績を残すなど、タイヤの実力が知れ渡ったおかげか、2023年シーズンにはワークスドライバーに日比野選手も加わったほか、田中選手もシバタイヤカラーに。また北岡選手、久保川選手もサポート選手となりました。

さらにシーズン中には斎藤(太)選手や上野選手らもサポート選手に加わり、第5戦エビスのときにはシバタイヤ使用車両が10台以上という大勢力になったのです。

しかし、そんなに手広くサポートして持続可能なのでしょうか? すると柴田シャチョーは「7万本売れているから大丈夫!」とのこと、D1GPはむしろ宣伝効果として有効なのだそうです。また、この事業が成立している理由には、従業員は3人だけ、商社を入れないダイレクト販売だからという形態もあるそうです。広い倉庫を確保して自社で在庫し、ユーザーには直接販売しています。

そしてシバタイヤはドリフトにかぎらず、タイムアタックやジムカーナなどのモータースポーツユーザー、そして一般ユーザーにも売れています。

ラインアップはすでに124サイズ! この中でモータースポーツ用は30種類で、それから「ようわからんサイズ」「この世にほかにはないサイズ」が60サイズもあるのだそうです。それがまたニッチなニーズの車愛好家から「お前らみたいなイカレたメーカーは最高だ!」と絶賛され、ファンを増やしているとのこと。

●蕎麦切広大なしにドリフトとの関わりはなかった

さて、こうやってタイヤメーカーになった柴田自動車ですが、そもそも自社タイヤを作ろうと思ったのはドリフト競技参戦がきっかけです。かといって柴田シャチョー自身はべつにドリフトに興味はありませんでした。ドリフト競技に参戦したのは蕎麦切広大選手の存在があったからです。

柴田自動車はラジコンメーカーでもあります。そして蕎麦切選手はもともと自動車の免許をとる前からラジコン競技をやっていて、ラジコンドリフトの名手でした。柴田自動車と蕎麦切選手の付き合いはラジコン時代に始まっているのです。

柴田自動車が経営するラジコンサーキットで開催した大会に、まだ子供だった蕎麦切選手が参加してきました。そのあまりの上手さ、カッコよさに泣くほど感動した柴田シャチョーは、当時自分が趣味で作っていたワンオフのラジコンを蕎麦切選手に貸して「これで戦ってくれ」とお願いしたところ、そのラジコンで優勝してしまったのだそうです。

蕎麦切選手が全日本の大会で3連勝したこともあって柴田自動車はラジコンメーカーとしての事業も始め(それまではメーカーはやっていなかった)、蕎麦切選手のおかげもあって大成功しました。

蕎麦切選手はインフィニティQ60で参戦中(後追い)。この車両のカッコよさも人気の秘密です。
蕎麦切選手はインフィニティQ60で参戦中(後追い)。この車両のカッコよさも人気の秘密です

いっぽう蕎麦切選手は、いずれは実車でのドリフトドライバーになりたいと思っていました。ラジコンドリフトをやっていたのもそのためでした。蕎麦切選手のおかげでラジコン事業が成功したこともあり、柴田シャチョーは自社で蕎麦切選手をモータースポーツ選手に育てることにし、D1ライツ、D1GPへと選手、チームともにステップアップしてきたというわけです。

じつはこのラジコンメーカーの事業としてラジコン用の自社タイヤも販売していました。それもあって、実車のタイヤ事業を始める際もどうすればいいかはあるていど見当がついていたそうです。

●リーマンショックがなかったらシバタイヤもなかった!?

さて、柴田自動車がR31スカイライン専門ショップだということは先にも書きました。それがどうしてラジコンに関わるようになったのか。それは2008年のリーマンショックがきっかけだそうです。

柴田自動車の柴田シャチョー。もともとはR31スカイラインのマニアです。
柴田自動車の柴田シャチョー。もともとはR31スカイラインのマニアです

いわゆるリーマンショックで世界的な不況になり「R31だけで会社をやっていくのはヤバいんちゃう?」ということで、なにか別の事業もやろうと社内で会議をしたそうです。

そして「毎日現金が入ってくるような事業がいい」という中で、最後まで候補に残ったのが「釣り堀」と「ラジコンサーキット」。そのふたつでよりリスクの少なそうなラジコンサーキットを選んだそうですが、もしリーマンショックがなかったら、もし柴田シャチョーが釣り堀を選んでいたら、いまD1GPにはシバタイヤはなかったでしょう。

もともとタイヤづくりのノウハウはなにもない柴田自動車が、D1GPをはじめ、さまざまなドライバーを支えるタイヤを供給する存在になったわけですが、その道のりを柴田シャチョーは「ファンを作る! それがやりかたです」といいます。たしかにシバタイヤの成り立ち、ラインアップ等から考えて、ファンは本当の車好きが多いでしょう。D1GPはもちろん、これからもさまざまな形で期待していきたいメーカーですね。

●エビスラウンドでも表彰台を獲得

さて、8月26日・27日に開催された、2023GRAN TURISMO D1GPシリーズ第5戦と第6戦ですが、第5戦はTEAM TOYO TIRES DRIFTの藤野選手が単走優勝で、同じくTEAM TOYO TIRES DRIFTの川畑選手がラウンド優勝。そして第6戦は+LenoRacing watanabeの松山選手が単走優勝で、TEAM TOYO TIRES DRIFTの藤野選手がラウンド優勝でした。

なおシバタイヤ勢では第5戦に村上選手が2位に、田中選手が3位に入りました。

 

D1GP次戦は10月27日(土)~28日(日)。大分県のオートポリスで開催です。

D1GPの情報は公式サイトをご覧ください。

(文:まめ蔵/写真提供:サンプロス、まめ蔵)

【関連リンク】

D1GP 公式サイト
https://d1gp.co.jp

この記事の著者

まめ蔵 近影

まめ蔵

東京都下の農村(現在は住宅地に変わった)で生まれ育ったフリーライター。昭和40年代中盤生まれで『機動戦士ガンダム』、『キャプテン翼』ブームのまっただ中にいた世代にあたる。趣味はランニング、水泳、サッカー観戦、バイク。
好きな酒はビール(夏場)、日本酒(秋~春)、ワイン(洋食時)など。苦手な食べ物はほとんどなく、ゲテモノ以外はなんでもいける。所有する乗り物は普通乗用車、大型自動二輪車、原付二種バイク、シティサイクル、一輪車。得意ジャンルは、D1(ドリフト)、チューニングパーツ、極端な機械、サッカー、海外の動画、北多摩の文化など。
続きを見る
閉じる