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■トリノが産んだふたりの天才
イタリアとクラシックカーの伝道師・越湖信一さんは、歴史的な傑作をいくつも生み出したふたりのデザイナーとも旧知の仲。そんな越湖さんだからこそ知る、巨匠たちの素顔に今回は迫ってもらいます。
●ガンディーニと“フツーの日本車”
いろいろと語ってきましたが、私にとってトリノは何よりカーデザインの聖地です。これまで何回もピニンファリーナやベルトーネ、イタルデザインなど名だたるカロッツェリアを訪ね、デザイナーの皆さんにインタビューもさせてもらいました。かのガンディーニ御大の郊外にあるスタジオ兼ご自宅を訪問したのもよい思い出です。
そう、彼がスズキ ワゴンRを日常の足として使っていたのはよく知られています。
1990年代にガンディーニ・ジャパンという組織が誕生し、日本との縁が深かったのがそのひとつの理由です。しかし、ある時スタジオを訪問すると、なんのことはないフツーの日本車がガレージに収まっているではないですか(ここではあえてモデル名を秘す)。
それこそ庭のゴミまでガンディーニ関連のことなら何でも観察しようという情熱に燃えていた私(笑)は、これはいいネタになるかも、このなんということのないクルマの何かに、凡人の私が見落としている見どころがあるのかと、勇んで尋ねたワケです。
「マルチェッロさん このクルマをあなたが選んだワケは何ですか?」と。
しかし想像(妄想?)に反して、その答えはあまりにあっさりしたものでした。「いやー、ずっと乗っていたBMWが壊れてしまってねえ。直すのも、新車を収めてもらうにも、かなり時間が掛かることがわかった。するとちょうど隣が日本車のディーラーで、すぐに乗って帰れるような新車があったワケ。普段乗るクルマなんてなんでもいいからね。しかし、そんなこと何で気にするんだい?」という至極気の抜けた答えだったのです。
「いやいやガンディーニさんが普段どんなクルマのステアリングを握っているかを知りたい日本人エンスーはヤマほどいますよ」と言うセリフを飲み込んだ私でした。
●御大はカウンタックを語らない
この会話が象徴するように彼は至極正直で、ハナシを盛ることなど決してない真面目な人物です。
そして私たちみんなが聞きたい“カウンタック生誕の裏話”などというお題には、恐ろしいほど興味をお持ち頂けない。だからジャーナリスト仲間で話題となるのは、ガンディーニ御大ほどインタビューして面白くない人物はいないという定説なのです。
つまり、自らの過去の仕事を語ることに全く関心がなく、さらにハナシを盛る資質が全くないというのが、私の御大に対する見立てです。しかし、彼は気難しく付き合いにくい人物では全くないことも付け加えておきます。とても気配りがあり、各所で出会っても気さくに挨拶を交わしてくれる“良い人”なんです。
●エンスー垂涎のジウジアーロの手帳
もうひとり、トリノの御大と言えばジョルジェット・ジウジアーロ。彼もやはり自分の過去の仕事に全く興味のない人物です。しかし彼はやはり大企業の経営者でもあったワケですから、ガンディーニ御大ほどストイックではありません。
そこそこ過去のことを語ってくれるのですが、その時もいい加減なことは伝えたくないという実直な気迫を強く感じます。
たまに見せてくれるのですが、彼は秘密の手帳を大切に保管しています。そこにはなんと、1960年代初期から彼の関わった仕事のスケジュールがぎっしりと書かれているのです。
「ほら、この日から117クーペのスケッチに取り掛かかり、ここでクレイモデルが完成しているのがわかるだろう」なんていうことが明らかになったりするワケですから、冷静でいられるワケがありません。
とかく同世代のカーデザイナーとして、よく比較される両御大ですが、共通しているポイントを要約するなら、「まだまだたくさんの未来をデザインしたいんだ。だから昔のことなんかに関わっている時間はないから、放っておいてね」ということなんです。
やはりいろいろな意味で天才は違うなと、つくづく思います。それにお二人とも1938年生まれで、今年84歳というご高齢にも関わらず、エネルギッシュなことこの上ないのです。特にジョルジェット御大は週末になるとトリノの裏山の岩場をバイクで攻めているんですから、驚くばかりです。
●「ジウジアーロ」? 「ジュジアーロ」?
ところでこの「GIUGIARO」という名前をどう発音するか? これは議論分かれるところです。
そもそもファミリーの由来はアフリカだそうで、イタリアでも至極珍しい苗字なのです。
「ジウジアーロ」というローマ字読み的な名前に異議を唱えたのは、カースタイリング誌を創刊した故藤本 彰氏。彼は「ジュジャーロ」という表記に拘りました。氏とご一緒に本を作った時は揉めました(笑)。正直なハナシ、「ジュジャーロ」でもどちらでも私は良かったのですが、ウェブで情報が拡散される現在、マジョリティの表記を用いないと、本の存在が検索に引っかからないのです。
結論から言えば、本のタイトルは「ジウジアーロ」で、本文中は「ジュジャーロ」という玉虫色の解決を行ないました。
たしかに「ジュジャーロ」がより近いかとは思いますが、「ジウジアーロ」と発音して聞き取られないわけではありません。彼らは珍しい名前をもつ人物の定めとして、いろいろな呼び方をされることに慣れているのです。私もそうであるように。(でも、イタリア人ならジウジアーロの名前を知らない人は未だに少ないと思いますが)
息子であるファブリツィオが船舶無線で接岸許可を申請しているとき、まさしく一語一語はっきりとジウジアーロと発音していたのを私は横で聞いていました。
そもそも違う言語を日本語で完璧に表記するのは不可能ですからね。そんなワケで今回は特別企画としてファブリツィオにジウジアーロと発音してもらった生データをお届けしたいと思います。これはクリッカーでも初企画かな(笑)
「ジュジアーロ」?「ジュジアーロ」? ジョルジェット・ジウジアーロ(Giorgetto Giugiaro)の正しい発音は? 長年の論争に決着をつけてくれたのはご子息ファブリツィオですhttps://t.co/S6e3R3xoWx pic.twitter.com/LEtLFsHC2K
— クリッカー編集部 (@clicccar) June 3, 2023
(続く)
(文&写真:越湖信一)