三菱の「ミラージュ」デビュー。先進技術満載のスタイリッシュな3ドアハッチバック【今日は何の日?3月1日】

■世界戦略車として三菱の技術力を結集したコンパクトカー

1978年にデビューした初代ミラージュ
1978年にデビューした初代ミラージュ

1978(昭和53)年の3月1日、三菱自動車から3ドアハッチバックのコンパクトカー「ミラージュ」がデビューしました。

三菱自動車は1970年に三菱重工から分離独立したばかりで、当時は先進技術重視の社風が強く、ミラージュにも数多くの先進技術が盛り込まれました。

●斬新なデザインと軽快な走りで若者の人気を獲得

初代ミラージュは、オイルショックと厳しい53年排ガス規制を乗り切った三菱が、世界戦略車として開発したコンパクトカー。空気抵抗を抑えるために、ボディ表面の凹凸を抑えたスラッシュサーフェイスや、スラントノーズを採用したヨーロピアンなスタイリングが斬新でした。

初代ミラージュのハッチバック
初代ミラージュのハッチバック

パワートレインは、新開発の1.2L&1.4L直4 SOHCエンジンと、アピールポイントのひとつである副変速機機構を利用した“スーパーシフト”付4MTで構成。スーパーシフトは、低ギヤ比の”パワー”と高ギヤ比の“エコノミー”の2つの運転モードを切り替えることができる三菱独自の技術です。実質的には8速MT相当になり、切り替えは変速レバーの隣に配置されたスーパーシフトレバーで行います。

さらに、日本初の気筒休止機構付エンジンやターボエンジンも追加され、直線基調のエッジのきいたスタイリッシュなデザインと軽快な走りが若者から支持され、人気を獲得しました。

●一時途切れるも、12年振りに6代目ミラージュで復活

1983年デビューの2代目ミラージュ1600GSR
1983年デビューの2代目ミラージュ1600GSR

その後、1983年の2代目ミラージュでは、“エリマキトカゲ”が登場するユニークなCMが大きな話題となり、先代の人気を加速。しかし、その後モデルチェンジを続けますが、ライバルの出現もあり、徐々に人気は右肩下がりになり、2000年には生産を中止しました。

2016年発売の6代目ミラージュ
2016年発売の6代目ミラージュ

そして12年のブランクの後、2012年に6代目ミラージュが復活。6代目ミラージュのアピールポイントは、ガソリン登録車トップクラスの低燃費と、軽自動車並みの低価格。パワートレインは、1.0L&1.2L直3 DOHCエンジンと、INVECS-III CVTが採用されました。

大々的なCM戦略の効果もあり、順調な販売で滑り出したミラージュですが、以降は苦しい販売が続きました。

●40年余りの歴史に終止符を打ったミラージュ

厳しい販売を続けていたミラージュですが、三菱はついに2022年をもって日本での販売終了を決断。ただし、アジアや北米でのミラージュは堅調な販売を続けているので、海外向けの生産は継続しています。

国内販売低迷の理由としては、「ヤリス」や「フィット」「ノート」といった人気モデルに比べてアピール力に欠けていたこと、また、スペースユーティリティに優れた軽のハイトワゴンが大人気の市場で優位性を示すことができなかったことなどが上げられます。


コルトに続いて、ミラージュも販売終了となり、三菱のコンパクトカーはなくなりました(スズキのOEM車デリカD:2を除く)。三菱を代表するコンパクトカーのミラージュが消え去ったことは残念ですが、軽とSUVという2本柱で今後進めるという、三菱の決意の表れなのでしょう。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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