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■水素にCNF、バイオディーゼル。「ST-Qクラス」で様々なカーボンニュートラルの提案
11月26日(土)・27日(日)に鈴鹿サーキットで開催された「ENEOS スーパー耐久シリーズ2022 Powered by Hankook 第7戦 SUZUKA S耐」。27日には決勝レースが行われました。
2022年シーズンは全7戦で競われるスーパー耐久の最終戦となるこの鈴鹿戦でも、やはり注目はカーボンニュートラルを様々なカタチで提案しているST-QクラスのGr.2マシンたち。
2021年の富士24時間レースから水素エンジンカローラで始まったカーボンニュートラルへのチャレンジですが、2021年の最終戦岡山からマツダがバイオディーゼルで参戦し、続く2022年シーズンではトヨタがROOKIE RACINGからGR86で、そしてSUBARUがBRZでカーボンニュートラル燃料を使ったマシンでの参戦。
様々なカーボンニュートラルへの提案が、このスーパー耐久のST-Qクラスから行われています。
これらのスーパー耐久におけるカーボンニュートラルへの挑戦は2022年に本格化していったと言ってもよいでしょう。その進化と真価はどれほどのものだったのか。最終戦の鈴鹿で確認していきましょう。
●CNFは国産製造を目指してデータを提供
カーボンニュートラル燃料(CNF)を使って参戦したROOKIE RACINGのGR86、そしてSUBARUのBRZですが、ST-Qクラス参戦マシンの中では速さの進化が最も目立っていたと言えます。
開幕戦鈴鹿ではGR86、BRZともに同じ車体を使うST-4クラスと同等の性能で、2リッターのトヨタ86、2.4リッターのGR86の集団に混ざっての走行となっていました。
賞典外となるST-Qでは排気量もマシンのサイズもバラバラではありますが、このCNFの2台だけは排気量区分を合わせてあるのでレースの上でもガチバトルが展開されていきます。そのガチバトルのおかげで軽量化やエアロなどの部分も大きく進化することとなります。
基本的に兄弟車と言われるGR86とBRZですが、ST-Qクラスにおけるこの2台は市販車をベースとしながらもエアロの考え方などが全く違うようです。
なかでも大きく違いを見せるのはボンネットとリアウイング。特にBRZのボンネットは第5戦もてぎから航空機用カーボン素材の端材リサイクル材料を使ってSUBARUグループ全体でSDGsに取り組む姿勢を見せています。
市販車では同じ水平対向エンジンを生んでいるGR86とBRZですが、ST-QクラスではGR86がGRヤリスのターボエンジンをベースに1.4リッターにスケールダウンしたエンジンを搭載。モータースポーツにおけるターボ係数を乗算すると2.4リッター相当となりBRZと同等となるように設定されています。
排気量のクラスをすり合わせてガチバトルしているこの2台ですが、CNFに対する走行データ、燃焼データはお互いのチームで共有しあっているとのことで、そのデータを基にエンジンなどの調整が行われており、その結果出力は大幅に向上しているようです。
ターボエンジンとなっているGR86ではブースト圧を上げれば容易に出力を上げられるイメージがありますが、自然吸気のBRZでもかなり出力が向上しているようで、クラスとしては格上となるST-3クラスで3.7リッターエンジン搭載のZ34型フェアレディZを追い抜いてしまうほどの速さを見せています。
現在この2台に使用されているCNFはバイオマス由来の原料を使ったガソリン代替品となっているとのことで、海外からの輸入となっています。
この2台から得られた燃焼等の各種データはその海外のCNFメーカーへフィードバックされ、燃焼残留物の低減などに活用されているとのことですが、これらのデータを国内の石油精製メーカーへも提供し、最終的には大気中の二酸化炭素と再生可能エネルギーとしての水素を合成したe-Fuelの国産化に貢献していくとのことです。
2023シーズンではSUPER GTもスーパーフォーミュラもCNFを使ったレースをすることが決定していますが、それを先駆けたこの2台は、モータースポーツのみならずCNFの一般市販も視野に入れた活動を行っていると言えます。
●水素エンジンは1年半で大きく進化
2021年の富士24時間レースから活動が始まった水素エンジンカローラによるスーパー耐久ST-Qクラスでのチャレンジ。いまやST-Qクラスと言えば水素カローラと言うくらいに一般的にも認知されつつあります。
今年、2022年の富士24時間レースからベース車両がカローラスポーツからGRカローラへと変わり、社名もORC ROOKIE GR Crolla H2 Conceptとなりました。
出力的にも毎戦向上が見られ、最終戦鈴鹿の時点ではベースエンジンとなったGRヤリスなどに使われる1.6リッター3気筒ターボエンジンのノーマルパワーである272馬力は超えているとのことです。そして水素充填のスピードも向上し、2021年の富士24時間では1回の充填に5分かかっていたところが2022年の最終戦鈴鹿では1分少々という短縮ぶりです。
航続距離も約30%の向上となっていて水素燃焼技術の基礎研究と言う面では恐ろしいほどの開発スピードと言えます。
水素の異常燃焼についても信頼性を向上させ高回転を回せるところにはなっていますが異常燃焼自体のメカニズムの根本を掴むところには至っておらず、この部分の研究は継続されていくとのことです。
そして来シーズン、2023年シーズンでは液体水素を燃料とする旨も発表されています。現在は常温高圧の気体水素が燃料として充填されていますが、液体水素となれば-237℃という極低温を保持しなくてはならず、その方法は液体水素のタンクを全二重式の魔法瓶構造とするとしています。
液体水素を使用するとなれば水素の製造から貯蔵、輸送、そして充填まですべてが刷新されることなります。これらの技術は液体水素運搬船を開発した川崎重工の技術を利用するのかもしれません。
●マツダはバイオディーゼルの新型マシンを投入
ST-Qクラスのカーボンニュートラル技術の中で最も身近と言えるのがマツダのバイオディーゼルマシンです。
これまでST-5クラス相当のMAZDA 2による参戦をしていましたが、この最終戦鈴鹿ではMAZDA 3での参戦となりました。
マツダが使うバイオディーゼル燃料は食用油の廃油を精製したものとミドリムシ由来の炭化水素をブレンドした燃料で、日本国内で製造されています。
バイオディーゼル燃料といえど出力的には一般的なディーゼル燃料(軽油)と遜色なく、むしろディーゼルエンジンの高いトルクでトランスミッションが音を上げるほど。実際、最終戦鈴鹿の予選ではトランスミッショントラブルにより予選タイムを出す走行時間枠に走行できず、嘆願書により決勝グリッドに並ぶという事態となりました。
このバイオディーゼル燃料によるMAZDA 3でのチャレンジはカーボンニュートラルとしてのディーゼルエンジンの生き残りをかけた重要なチャレンジと言えます。
バイオディーゼルに限らず、水素、CNFなどのカーボンニュートラル技術が、バッテリーEV一辺倒となりつつある次世代車に対し、選択の幅を広げて行こうする姿勢をスーパー耐久のST-Qクラスによって進めているとも言えます。
●新世代レース車両の開発の場としても活用されるST-Qクラス
先ごろNISMOより新型フェアレディZのGT4レース専用マシンが発表されました。
その実践開発を担ったのがST-Qクラスに参戦していたNissan Z Racing Conceptでした。賞典外の開発研究に使われるST-Qクラスだからこそこういったレーシングマシンの開発にも活用されています。ST-Qクラスが発足した初年度に参戦していたGRスープラも実はGT4マシンの開発のための参戦でした。
ブレーキメーカーのENDLESSも自社のブレーキキャリパー開発のためにST-QクラスでメルセデスAMG GT4を参戦させています。GT4マシンとしてST-Zクラスに参戦した場合はブレーキキャリパーはメーカーが指定したものしか装着できないため、ST-Qクラスに参戦することで自社キャリパーの装着が出来ます。
ホンダも2023年のレース体制発表で2023シーズンはST-Qクラスに新型シビック TYPE-Rを参戦させ、参加型モータースポーツ向けのレーシングマシンを開発すると明言しています。
これからますます注目が集まるスーパー耐久のST-Qクラス。様々なチャレンジを期待していきましょう。
(写真・文:松永 和浩)