ホンダ2代目「シティ」デビュー。初代のトールボーイからワイド&ローに大変身【今日は何の日?10月30日】

■大人気の初代とは真逆のコンセプトで2代目は市場で苦戦

1986(昭和61)年10月30日、ホンダの2代目「シティ」がデビューしました。1981年にデビューして大ヒットした“トールボーイ”の初代シティのコンセプトとは異なる、走りや快適性重視のコンセプトに変更。これが裏目に出て、初代のような人気を獲得することはできませんでした。

1886年にデビューした2代目シティ。初代とは真逆のワイド&ローのスタイリング
1986年にデビューした2代目シティ。初代とは真逆のワイド&ローのスタイリング


●初代シティは、背高ノッポの“トールボーイ”で大ヒット

1981年、“トールボーイ”と称した独特の背高ノッポスタイルのシティがデビューしました。“カッコいいクルマ・イコール・背が低い”という、当時の常識を打ち破り、1570mmの全幅に対して1470mmの全高を持った画期的なクルマでした。否定的な意見もありましたが、結果は若者の圧倒的な支持を得て大ヒットします。

1981年発売の初代シティ、「トールボーイ」の愛称で大ヒット
1981年発売の初代シティ、「トールボーイ」の愛称で大ヒット

全長の短いクルマの室内空間を最大にするため、高さだけでなく、タイヤは極力ボディの四隅に追いやり、サスペンションはスペース効率に優れたマクファーソンストラットを採用。パワートレインは、徹底的にコンパクトに設計された新開発の1.2L直4 SOHCエンジンと、4速&5速MTおよびホンダマチック4速ATの組み合わせが選べました。

1982年には、2Lクラスと同等の速さを持った“韋駄天ターボ”と呼ばれた「シティ・ターボ」や1984年にはオープンモデル「シティ・カプリオレ」が加わり、シティ旋風を巻き起こしました。

●スポーティさと快適性を追求した2代目

1986年のこの日、初のモデルチェンジによって2代目シティがデビューしました。2代目は、大ヒットした初代のスタイルをいとも簡単に変えて、多くの人を驚かせました。

2代目シティの居住性を重視したパッケイジング
2代目シティの居住性を重視したパッケイジング

そのスタイルは、初代とは全く異なるロングホイールベースのワイド&ローに変更。クルマとしての基本機能と効率を徹底追及した、新世代コンパクトカーを目指しました。

特徴的なのは、低重心に加えてフラッシュサーフェイスと軽量化によって、走りを重視している点です。パワートレインも一新、軽量で高剛性のアルミロッカーアームやアルミシリンダーブロックを採用した新世代1.2L直4 SOHCと、5速MTおよびホンダマチック4速ATの組み合わせでした。

走りに磨きをかけた2代目シティでしたが、初代のような人気は得られませんでした。初代のシティのイメージがあまりに強すぎたためか、スタイルがシンプルで地味過ぎるという意見が多く、その存在感を示せなかったのです。その後、さまざまな改良を加えていきましたが、販売は伸びず1994年に生産を終了しました。

●大衆受けしなかったが、モータースポーツで大活躍

市場での人気はいま一歩だった2代目シティですが、実はモータースポーツでは大活躍しました。

パワーアップした新開発の16バルブエンジンと軽量・低重心のボディ、刷新された足回りを装備した2代目は、“安くて軽くて速い、そしてコントロールしやすい”と評判になり、ジムカーナーのA1クラスで活躍。さらに1988年にボアアップして排気量を1.3Lに拡大した電子制御噴射PGM-FI仕様は、ジムカーナーやダートトライアル、ラリーのコンパクトカークラスでは、“無敵のコンパクトカー”と呼ばれるほど成功したのです。

大衆受けしなかった半面、プロには大人気と、2つの顔を持つクルマでした。


ヒットモデルの後継でありながら、基本コンセプトを真逆の方向に変更した2代目シティ。試みは評価されませんでしたが、一方でチャレンジ精神旺盛なホンダらしいクルマだったとも言えますね。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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