ロールス・ロイスが初のEVを「スペクター」と呼ぶワケ。車名に込められた深い意味とは?

■次期型EVも「幽霊」を意味する車名を採用

ロールス・ロイスが開発中の次期型EV、スペクターのプロトタイプ車両。フロントビュー
ロールス・ロイスが開発中の次期型EV、スペクターのプロトタイプ車両

ロールス・ロイスは、2023年の発売を目指し、同社初の電気自動車を開発しています。

正式車名は「Spectre(スペクター)」。幽霊、妖怪、お化けを意味する単語ですが、じつはこの名前、すでに100年以上前からロールス・ロイスが使っていたものなのです。

●100年前のデモカーで初めて使われた「スペクター」の名

1910年に製造されたデモカー、シルバー スペクター。フロントビュー
1910年に製造されたデモカー、シルバー スペクター

1910年8月、ロールス・ロイスは当時開発したデモカーを「シルバー スペクター」と名付けました。

No.1601のシャシーナンバーが与えられた同車は、1915年に英国陸軍省(当時)へ売却され、のちに1933年にシェフィールドの自動車技師の元へと納められたことまでは分かっています。しかし、その後のNo.1601の行方はようとして知れないそうです。

●実験車の機密を保持するためのコードネームに

ところで、実験車両のシャシーナンバーにはexperimental(実験)の「EX」を付けるのがロールス・ロイスのルールです。1919年の「1EX」にはじまり、最近の例では、2016年に「103EX」と呼ぶスタディモデルが登場しています。

スペクターのコードネームが与えられたロールス・ロイスの実験車「30EX」。2台フロント
スペクターのコードネームが与えられたロールス・ロイスの実験車「30EX」

サー・ヘンリー・ロイス卿が晩年に開発を進めていたのが、まったく新しいV12エンジンに、独立懸架フロントサスペンションを組み合わせた「30EX」。残念なことにヘンリー・ロイス卿は1933年に逝去してしまいましたが、その後も「30EX」の開発は続けられ、1934年11月には走行テストを実施することに。

そこでひとつの問題が生じました。

それは、新しい開発車両の機密を保持するということ。そのため「EX30」に「スペクター」のコードネームが与えられることになりました。「スペクター」と通称された実験車は、最初の1台に続き、のちに9台が製造されました。

この実験車によるテストの結果、生まれたのが1936年の名車「ファントムIII」でした。

スペクターのコードネームが与えられたロールス・ロイスの実験車「30EX」。リヤビュー
コードネーム「スペクター」=「30EX」は、ファントムIIIの実験車として広範なテストに供された

「スペクター」のシャシーのうち、7台はのちに改良が施され、顧客向けの車両として販売されました。オーナーは、自分のクルマがもともと機密の実験車であったことを知らなかったそうです。

●電気に深い関心をもっていたサー・ヘンリー・ロイス卿

同社の歴史で重要な役割を果たした「スペクター」の名前は、量産モデルにつけられることのないまま21世紀を迎えました。

ところで、サー・ヘンリー・ロイス卿は、電気に大きな可能性を見出していました。実際に彼の最初の事業である「F. H. Royce and Company」では、ダイナモや電動モータを製造。バヨネット式のライトバルブ取り付け部品の特許も取得していました。

ロールス・ロイスが開発中の次期型EV、スペクターのプロトタイプ車両。リヤビュー
ロールス・ロイスが開発中の次期型EV「スペクター」は2023年に発売予定

そんな彼がついに実車化を目にすることができなかった実験車「30EX」。そのコードネームは、100%電気で走る最初のロールス・ロイスの名としてついに脚光を浴びることになりました。

電気自動車時代の旗頭を担う1台にとって、「スペクター」はまさしくぴったりなネーミングだったのです。

ちなみに、ロールス・ロイスは2030年までにラインナップのすべてをピュアEVにすると明言しており、それまでに内燃機関搭載車の生産、および生産を終了するということです。

(三代 やよい)

この記事の著者

三代やよい

三代やよい 近影
自動車メーカー勤務後、編集・ライティング業に転身。メカ好きが高じて、クルマ、オートバイ、ロボット、船、航空機、鉄道などのライティングを生業に。乗り継いできた愛車は9割MT。ホットハッチとライトウェイトオープンスポーツに惹かれる体質。生来の歴女ゆえ、名車のヒストリーを掘り起こすのが個人的趣味。