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■ルノーとは:天才的技術者と経営才能のある兄弟が興したメーカー
1898年、当時まだ若干21歳であったルイ・ルノーは、自ら開発したダイレクト・ドライブ・トランスミッションをド・ディオン製3輪車に搭載したうえで4輪化したモデル「1 3/4CV」をパリの市内で走らせました。
それまでのクルマはチェーン&スプロケットやベルト&プーリーによって駆動力を伝達していましたが、ベルトドライブやチェーンドライブは伝達効率が悪いなどのデメリットがありました。
そこでルイは、シャフトによって駆動力を後輪に伝えるとともに、3速の変速機構を組み合わせたダイレクト・ドライブ・トランスミッションを搭載したのです。ダイレクト・ドライブの名は、トップギヤが直結となる方式だったことに由来します。つまり、3速がトップで直結となるシャフトドライブ、しかもリバースギヤ付きだったというのですから、現代のトランスミッションの原型がすでに完成していることになります。
ルイの「1 3/4CV」が、それまでどのクルマも登ることができなかったモンマルトルの坂を登り切ったことに見物人は驚愕、その場で12台の予約注文を受けるほどでした。
その後、ルイは2人の兄、マルセルとフェルナンとともに「ルノー・フレール社(ルノー兄弟社)」を設立します。ルノーの成功はルイの技術者としての天才的なひらめきと、企業経営に適した能力をもった2人の兄にあったといえます。
ルノーはモータースポーツに積極的に参加し、勝利を収めることで性能や信頼性をアピールしシェアを拡大。パリ市のタクシーを大量受注したことで、生産方式を変更し大量生産型の自動車メーカーになっていきます。そのタクシーは第一次世界大戦時には対ドイツ戦(マルヌ会戦)への兵士の輸送にも使われ「マルヌのタクシー」と呼ばれました。
第一次世界大戦後、ルノーはフランス軍にとって重要な存在となり、クルマはもとより、戦車や航空機用エンジン、航空機なども生産します。
時は過ぎ、第二次世界大戦が勃発。大戦中にナチス・ドイツがフランスに侵攻、フランスはドイツに降伏し、ルノーはドイツに管理されてしまいます。しかし、レジスタンスの抵抗などもあり形勢は逆転。ドイツ軍は降伏し、フランスは解放されます。ルノーの資産は国に没収され、戦後となる1945年ルノー社は国営のルノー公団となります。
国営となった後もルノーはモータースポーツには積極的で、F1やWRCへも参戦します。また車種も拡大しさまざまなクルマを世に送り出します。
そして1990年には株式会社となり、1996年には完全に民営化されます。1999年には日産自動車と提携し、現在に至ります。日本での輸入販売は、三井物産→キャピタル企業(一部車種は日英自動車)→ジヤクス・カーセールス→フランスモーターズ→ルノー・ジャポンという変遷となっています。
●ルノー・アルカナの基本概要:拡充を続けるルノーSUVを担う
アルカナは、ルノーが展開するクロスオーバーSUVの一翼を担うモデルです。世界的にSUVが人気で、各自動車メーカーはSUVのラインアップ拡充に躍起となっています。アルカナもそうした動きのなかにある1台です。
フランスのルノーではキャプチャー、カジャー、コレオスとともにSUVのラインアップに組み込まれています。現在、ルノー・ジャポンで扱うSUVは、キャプチャーとこのアルカナです。
2018年のモスクワ国際モーターショーでコンセプトモデルがワールドプレミアされ、ロシアの工場で生産を開始、2019年からロシアで販売が始まりましたが、現在ルノーはロシアでの工場を停止、事業は撤退しています。
2020年には韓国のルノーサムスン(現ルノーコリア)が兄弟車となるXM3を発売します。ロシアモデルのプラットフォームはダチアのB0というものでしたが、このXMはロシアモデルとプラットフォームが異なるCMF-B HSでジュークやノートと共通性のあるものです。日本に導入されるアルカナも、ルノーコリアで生産されたモデルとなります。
アルカナという車名は、ラテン語で神秘や秘密という意味を持ちます。ちなみに、占いに使われるタロットカードは、絵札の22枚を大アルカナ、それ以外の56枚を小アルカナと呼びます。
●ルノー・アルカナのデザイン:SUVながらスポーティさを強調
アルカナは流麗な5ドアハッチバックのボディを採用しています。つまりクーペフォルムが与えられたSUVで、クロスオーバーSUVというジャンルに属します。フロントはルノー車に共通するCシェイプのヘッドライトとセンターに配置された菱形のルノーエンブレムなどが特徴的です。
サイドを見るとルーフから流れるように配置されたハッチと、クィっと持ち上げられたテールエンドがスポーティなフォルムを演出しています。
また、最低地上高は200mmと高く設定され、SUVらしさも強調されています。前後のドアノブに合わせてドアパネルがゆるやかに盛り上がっていますが、目を引くのはフロントドア部分に設けられたシャープなプレスラインで、これはフロントフェンダーに置かれた「R.S.LINE」のエンブレムとつながります。
リヤも菱形のエンブレムがセンターに配置、マフラーの排気口もダブルとなるので、左右シンメトリー感が強調されています。左右のリヤコンビランプはエンブレムから流れるように配置されたシグネチャーランプと連結され美しいリヤビューを実現しています。
インテリアはSUVというよりもスポーツカーのような雰囲気。ダッシュパネルはカーボン調、シートはレザー&スエード調のコンビとなります。ダッシュパネル、シート、ドアトリムなどにはレッドライン&レッドステッチのアクセントがちりばめられ、スポーティな印象となっていました。
●ルノー・アルカナのパッケージング:CMF-B HSプラットフォーム最長のホイールベース
プラットフォームはルノー日産アライアンスのCMF-B HSを使います。CMF-B HSは日産のジュークやノート、ルノーのルーテシア、キャプチャーなどに使われています。ホイールベースの設定が比較的自由で、ノートが2580mmなのに対し、アルカナは2720mmと140mmも長く設定されています。
日本に導入されるモデルは、ハイブリッドのFF。エンジン&モーターはボンネット内に収納、駆動用のバッテリーはリヤアクスルの上に搭載、コントロールユニットは室内に配置されます。アルカナにはミッションが採用(後述)され、ミッションもボンネット内に収納されます。ハイブリッドのコントロールユニットはボンネット内に配置されることが多いのですが、いかに小さく設計されたとはいえミッションがスペースを取り、コントロールユニットはさすがに収まり切らなかったのだと予測されます。
ボディサイズは全長が4570mm、全幅が1820mm、全高が1560mm。注目したいのは全幅が1820mmであること。ルノーのSUVはカジャーが1840mm、コレオスが1845mmという数値であるなか、全幅を1820mmで抑えてきたのは立派なことです。
じつはルノーは先代のトゥインゴでは1655mmだった全幅を、現行モデルでは1640mmに狭めています。近頃はモデルチェンジごとに全幅が広がるのが当たり前のなか、全幅を抑える傾向にあるルノーのクルマ作りは、今後も注目したい部分です。
●ルノー・アルカナのメカニズム:ドグクラッチのデメリットをモーターで解消
ルノー・アルカナは1.6リットルガソリンターボエンジンとモーターを組み合わせたハイブリッドモデルですが、非常に特徴的なミッションが組み合わされたE-テックと呼ばれるシステムを使っています。
E-テックには走行用のモーターのほかにもう1つ、HSG(ハイボルテージスタータージェネレーター)と呼ばれるモーターが装着されています。HSGの役割は、エンジンの始動と回生時の発電機としてのものです。
現在、アイドリングストップは多くのクルマで採用されています。そのアイドリングストップからの再始動にはいくつかの方式がありますが、いずれの方式であってもエンジンの最初の始動は従来型のセルモーターを使うものがほとんどです。
しかし、E-テックでは従来型のセルモーターは装備せず、最初の始動も走行中の再始動もHSGで行います。そして、このHSGがミッションの変速にも大きな役割を担っています。
一般的なマニュアルミッション車は、ギヤを1速に入れてクラッチをゆっくりとつないで発進、スピードが上がっていくに従って2速、3速とシフトアップしていきます。が、E-テックのプロセスは違っています。
E-テックには通常のクラッチ機構はなく、発進はモーターで行います。約40km/hまではモーター走行となり、その後は80km/h程度までがモーターとエンジンを組み合わせたハイブリッド走行となりますが、80km/h以上ではエンジンのみの走行となります。
E-テックに使われているミッションはモーター側が2速、エンジン側が4速で8種類の組み合わせとなりますが、モーターのみ走行時の2速、エンジンのみ走行の4速も存在するので、組み合わせ数は2×4+2+4で14通りが存在、そのうち2つの組み合わせは同じギヤ比となるため、速数(段数)としては12速(12段)となるとのことです。
E-テックはドグクラッチ式を採用したATです。レーシングカーなどでは普通に使われることが多いドグクラッチ式ですが、乗用車で使われることは珍しいものです。ドグクラッチは凸部分のあるパーツと凹部分のあるパーツが噛み合わさったり、離れたりして動力を伝えたり、切断したりします。
入力側と出力側では回転差がありますが、レース用ミッションのドグクラッチはかみ合いクリアランスを大きくして、凸側と凹側に回転差があっても押し込めるようにしています。
E-テックの場合はHSGによって遅いほうのシャフトを増速し、回転をシンクロさせてドグクラッチをつなぎます。プレゼンテーションでドグクラッチのかみ合いクリアランスについての言及はありませんでしたが、ドグクラッチのクリアランスは市販車への採用時の大きな障壁で、クリアランスが大きいとノイズも大きくなり、従来は乗用車用として使えませんでした。
構造が簡単でコストも安く、ミッションのコンパクト化が可能なドグクラッチですが、このノイズが問題で乗用車に使われなかったので、E-テックではモーターシンクロによってこのクリアランスを狭めノイズを低減したのはあきらかでしょう。
E-テックの斬新さには100年以上前にルイ・ルノーが考案したダイレクト・ドライブ・トランスミッションの血統を感じずにはいられませんでした。
●ルノー・アルカナの走り:スムーズでまるでCVTのようなシームレス感
システムを起動し、ブレーキペダルを踏んでいる力を緩めると、クルマがスッと動き始めます。つまり、クリープ現象はありとなります。
日産がリーフのe-ペダルを出した際、完全停止できるワンペダルドライブに注目が集まりましたが、今はワンペダルではなく、従来のようにクリープ現象を残したペダル操作が使いやすいと判断する傾向が強くなっています。車庫入れなど細かい操作が多い日本では、クリープ現象があったほうがいいと私は思います。0~5km/h程度の速度調整は、アクセルペダル(つまり加速調整)でするより、ブレーキペダル(つまり減速調整)をするほうが容易だからです。
加速していくと、40km/hを過ぎたあたりでエンジンが始動してハイブリッド走行になっているはずです。はずと書いたのは、フィーリングとしてはエンジンが始動したかがわからないのです。メーター内にはエンジン、バッテリー、タイヤのイラストがあって、それぞれにエネルギーがどう動いているか?を示す矢印が表示されるのですが、走りながら頻繁に確認するのは難しいのです。間断ない加速とはまさにこのことでしょう。
ビックリするのは、この加速中にモーター側2速とエンジン側4速のギヤボックスが最適なギヤ比を探し当てて変速し続けていることです。ギヤが変わっているのに変速ショックはなく、まるでCVTを運転しているようにスムーズ。CVTは加速感が感じられないからステップ変速を組み込んだ…などというセッティングとは真逆で、こっちのほうがずっといいフィーリングです。
E-テックにはセレクトレバーのマニュアルモードやパドルシフトはなく、マニュアルで操作することはできないようになっています。非常に複雑なプログラムで、最適ギヤ比を算出して、それを2つの変速機の組み合わせで実現しているので、マニュアル操作でのギヤ比選択は難しいのでしょう。
日本人は高速道路での減速に、ブレーキを使わずにシフトダウンを使いたい人が多いので、こうしたマニュアル操作を求める人が多いのですが、そろそろそんな運転はやめて、手前からアクセルペダルを緩めるとか、必要時にブレーキを踏むという運転スタイルにあらためたほうがいいでしょう。本来、シフトダウンは落とした速度に合わせたギヤを選ぶもので、速度を落とすためのものではありません。手前アクセルオフ、ブレーキペダルのほうが回生によるエネルギー回収も効率的になります。
ハンドリングに関してはメガーヌやルーテシアのようにしっかりしたもので、地上高が200mmもあるSUVという印象は薄く、どちかというとちょっと硬めかなと感じるくらいです。
で、現代のクルマとしてはさほど扁平率が低いわけではありませんが、やはり60扁平くらいのほうがマッチングがいい印象があります。
●ルノー・アルカナのラインアップと価格:ラインアップは1種のみ
当初、日本に導入されるルノー・アルカナはR.S.LINE E-テック ハイブリッドというグレードのみで、価格は429万円。海外では1.3リットルターボモデルの設定もありますが、現在のところ日本への導入は行われていません。
装備は充実しています。ACCは同一車線上に先行車がいる場合は0~160km/h、同一車線上に先行車がおらず区分線が確認できる場合は60~160km/hで作動。レーンセンタリングアシストも同条件で作動します。先行車が停止した際は自動停止し、3秒以内であれば自動的に再発進、3秒を超えた場合はスイッチ操作、またはアクセル操作で再発進を行います。
アクセルペダルの踏み込み量に対するパワートレインのレスポンス、電動パワステのアシスト量、エアコン制御、アンビエントライトの色などを調整できるルノー・マルチセンスを搭載。運転モードはオリジナルカスタマイズの「マイセンス」、スポーツ走行に適した「スポーツ」、エコロジー&エコノミー重視の「エコ」の3種類が設定されます。衝突被害軽減ブレーキは歩行者&自転車検知機能付きです。
ナビゲーションは未装備ですがスマートフォン用のミラーリング機能付きの7インチマルチメディアモニターを装備。オーディオシステムはアルカミスのサウンドプロセッサー付きで、スマートフォンのワイヤレスチャージング機構も備えます。
●ルノー・アルカナのまとめ:E-テック機構に魅力を感じれば買い!
400万円台のハイブリッドSUVということで考えると、国産車だとトヨタのRAV4や三菱のアウトランダーPHEV、レクサスNXあたりがライバルとなります。輸入車だとボルボXC40、アウディQ3、シトロエンエアクロスといったところでしょう。
ルノー・アルカナの場合はE-テックという新しい発想のパワートレインを使っているところが特徴的で、このシステムが気に入れば候補としてはナンバー1にもなり得るものです。今まで感じることがなかった乗り味は特筆に値し、E-テックのために乗る人がいてもおかしくないでしょう。システムの斬新さを考えれば429万円という価格は、現在のクルマの価格のなかでの比較値ではさほど高いように感じません。
スポーティなスタイルと走りができて、ある程度の実用性も兼ねそなえ、スタイリッシュなSUVが欲しい、そして新しいものが好き…という人にはおススメできるモデルです。
(文:諸星 陽一/写真:諸星 陽一、小林 和久、ルノー)