日本国憲法が施行/トヨタの豊田章男社長生まれる/日産スカイラインGT-Rがレースデビュー【今日は何の日?5月3日】

■日本国憲法施行にちなんだ「憲法記念日」

5月3日は「憲法記念日」です。1947(昭和22)年のこの日、日本国憲法が施行されたことにちなみます。連合国軍最高司令官マッカーサーの指令により草案が起草された日本国憲法は、前文と11章103条で構成され、「国民主権」「戦争放棄」「基本的人権の尊重」の3つの基本理念が掲げられています。以降、憲法は一度も改正されていませんが、戦争放棄や戦力不保持などを掲げる第九条の改正を提起する意見が、最近話題になっていますね。

5月3日には、俳優の野村宏伸と三宅裕司、ラグビーの松田力也、陸上の為末大、トヨタ社長の豊田章男、シンガーのクリストファー・クロスとジェームズ・ブラウン、ボクサーのシュガー・レイ・ロビンソンなどが生まれています。本日紹介するのは、豊田章男です。

●就任以来数々の困難を乗り越えてきたトヨタ創業家の社長・豊田章男が誕生

豊田章男(2011年) (C)Creative Commons
豊田章男(2011年) (C)Creative Commons

豊田章男は1956年(昭和31)年5月3日、愛知県名古屋市に生まれました。ご存じのように曾祖父は、トヨタグループ創始者の豊田佐吉、祖父はトヨタ自動車の実質的創業者2代目社長の豊田喜一郎、父親は6代目トヨタ社長の豊田章一郎です。1979年に慶応大学法律学科を卒業し、バブソン大学経営大学院を修了。いっぽうでホッケーの全日本代表に選ばれるほどの選手であり、国際C級ライセンスを保持するレーシングドライバーでもあります。

1984年にトヨタに入社し、さまざまな業務を経験しながらステップアップして、2009年、52歳で社長に就任します。しかし2009年は前年のリーマンショックの煽りでトヨタ初の赤字を記録、2010年には米国で発生した暴走事故問題への対応、2011年は東日本大災害によるサプライチェーンの分断など、就任直後の数年はかつてない逆風に見舞われました。しかし創業家出身というリーダーシップを発揮して困難を突破、その後のコロナ危機や半導体不足にも果敢に立ち向かい、安定的な経営を続けています。

「100年に1度の大変革時代」と言われる現在の自動車業界、逆境に強い豊田章男社長の手腕の見せどころと言えそうです。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょうか?

●スカイラインGT-RがJAFグランプリレースで鮮烈デビュー!

スカG伝説が始まったのは、1964(昭和39)年の第2回日本グランプリでのこと。それは、グロリアの直6エンジンを搭載したプリンス「スカイラインGT」が、最終的にはポルシェ904に負けはしたものの、1周だけポルシェの前を走ったことに始まります。翌年には、スカイラインGTをベースにした「スカイライン2000GT」がデビューして、大きな注目を集めました。

1969年のJAFグランプリTSレースに出走するスカイライン2000GT-R
1969年のJAFグランプリTSレースに出走するスカイライン2000GT-R
1968年にデビューしたスカイライン2000GT-R
1968年にデビューしたスカイライン2000GT-R

その後もスカイラインは進化を続けますが、スカイラインを生んだプリンスは1966年、日産に吸収合併されます。1968年8月に3代目スカイライン(通称、ハコスカ)がデビュー、翌年には1969年2月には「スカイライン2000GT-R」が発売されます。当然のようにGT-Rはレースへ参戦、そのデビュー戦に選ばれたのは、その年の5月3日に開催されたJAFグランプリレースでした。辛勝ではありましたが勝利を収め、ここからGT-Rの破竹の連勝が始まりました。進化しながら他を寄せつけない圧倒的な走りで、スカイラインGT-Rは1972年まで国内レース49連勝という金字塔を打ち立て、伝説となったのです。

1964年にレースのために100台生産されたスカイラインGT
1964年にレースのために100台生産されたスカイラインGT

当時は、速いクルマこそ優れたクルマ、レースで勝つことがそのクルマの価値やブランドイメージを高めるのに効果的だったので、メーカーは威信をかけて戦ったのです。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

Mr. ソラン 近影
某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きなクルマで、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。