電気の力で生まれ変わった現代のトッポリーノ 【フィアット500eとは】

■フィアットとは:19世紀末に創業 現在はステランティスの中心的存在

フィアット1号車
フィアットの最初のモデルとなるフィアット3 1/2HP

フィアットの創業は19世紀末の1899年。FIATとはFabbrica Italiana Automobili Torino(トリノ自動車製造会社)という意味です。

最初のモデルは幌型で、フィアット3 1/2HPというクルマでした。1916年にはトリノのリンゴット地区に欧州最大規模となる5階建ての巨大な工場を建設します。

黎明期であるこの時期にフィアットは鉄鋼、鉄道、電気、公共交通などにも進出します。1934年には実用性を重視したフィアットバリラを発表、1936年には初代フィアット500(トッポリーノ)が発表されます。

左上が1899年、右下が1991年となるフィアットの歴代エンブレム
1935年〜1948年、つまり戦前、戦中、戦後を通じて製造された1500

第二次世界大戦前夜、ムッソリーニ率いるファシスト党は、海外事業を縮小するように迫ります。

これにより国内事業に力を入れたことで、トラックや商用車の技術を発展させ、航空や鉄道部門の事業を拡大します。戦時中は乗用車製造は減産となりますが、商用車の生産台数は伸びていきます。

戦後、アメリカが行ったマーシャルプラン(欧州復興計画)によって資金援助を受けたフィアットは工場を再建、生産台数も伸びていきます。

1953年にはフィアット初となるディーゼルモデルである1400ディーゼルを投入、1967年のジュネーブモーターショーで4人乗りクーペのディーノクーペを発表、1972年にはコンパクトミッドシップモデルのX1/9を発表します。

FFのパワーユニットをミッドシップに搭載するという画期的な手法で作られたコンパクトミッドシップスポーツのX1/9
ステランティスは星で明るくなるという意味

1979年には自動車部門が独立、フィアットオートS.p.A.を設立し、フィアット、ランチア、アウトビアンキ、アバルト、フェラーリを編入、1984年にはアルファロメオ、1993年にはマセラティも編入されます。

2014年にはアメリカのクライスラーとフィアットが合併しフィアット・クライスラー・オートモビル(FCA)が設立され、クライスラー、ジープ、ダッジ、ラム・トラックスの4ブランドが統合されます。

2016年にはフェラーリはグループから離れて独立しますが、大株主が同一であることもあり、関係が途切れているわけではありません。

日本でではあまり馴染みのないブランドがボクスホール。写真はモッカというSUV

合併によって巨大化をしてきたフィアット(FCA)は、2021年にフランスのPSAと合併しステランティスとなり現在に至ります。

ステランティスの所有するブランドは、アバルト、アルファロメオ、クライスラー、シトロエン、ダッジ、DS、フィアット、ジープ、ランチア、マセラティ、オペル、プジョー、ラム、ボクスホールと14にもなります。

●500eとは:エンジンからモーターにパワーを変更したフルモデルチェンジ

トッポリーノの愛称でよばれた初代500

フィアットに500という名前のクルマが登場するのは、第二次世界大戦以前の1936年のことです。

初代フィアット500は569ccのエンジンをフロントに搭載する2シーターのFRモデルで、ちょこまかと走る姿からトッポリーノ(ハツカネズミ)というニックネームがつけられます。初代500は大戦を挟んで1955年まで製造されます。

2代目の500は1957年に登場します。排気量は479ccが基本で、後に登場するスポルトと呼ばれるモデルには500ccのエンジンが搭載されます。エンジンをリヤセクションに搭載するRR式で、乗車定員は4名を確保したことで販売台数を伸ばします。

このモデルは新しい500ということでNUOVA 500と名付けられますが、多くの場合、イタリア語の500であるチンクェチェント(Cinquecento)と呼ばれることが多くなっています。この2代目モデルは1977年まで製造されます。

2代目500はNUOVA 500の愛称で呼ばれた
チンクエチェントの正式名称で呼ばれたモデル。かなり角張ったデザインを採用する

2代目まではこの系譜で誰もが納得するのですが、3代目モデルとなると意見が分かれます。

3代目は2007年に登場したモデルとするという考え方と、1991年から1998年までポーランドで生産されたCinquecento(チンクェチェント)を3代目とする考え方があります。

ポーランド製のCinquecentoはFFで、一連の500とは異なる直線基調のボディを持ちます。日本に正規輸入されなかったこと、車名が500ではなくCinquecentoであることなどが系譜から外される理由です。

一方、Cinquecentoの製造が行われた期間が1991年~1998年で、ちょうどNUOVA 500も2007年登場の500も存在しない時期に当たるため、Cinquecentoを3代目とする考え方もあるというわけです。

2007年登場車を3代目とするなら、新しい500eは4代目、Cinquecentoを3代目とするなら新しい500eは5代目となります。

充電器とともに街中にずらりと並んだパンダエレトラ

ステランティスでは、今回の500eがフィアットブランド初のEVという表現をしています。が、じつは歴史を振り返ると、フィアットは1990年代にパンダエレトラとチンクエチェントエレトラという鉛蓄電池を搭載したEVを製作しています。

鉛蓄電池のモデルであったので、その性能は推して知るべしで、今回の500eがフィアット初の実用的なEVであることは間違いないといえます。

ラゲッジルームにぎっししりと鉛蓄電池を搭載しているチンクエチェントエレトラ
2代目と500e
2代目と500eを並べると、大きさはずいぶんと違うがデザインの共通性が高いことを感じる

ステランティスは500eをフィアット初のEVと言いつつも、それよりも新しい500という呼び方をして欲しいともいいます。

この言葉の裏には、今後はパワーユニットが電動化されてもフィアット車はフィアット車であり続けるというスピリッツを感じます。

●500eの基本概要:専用設計された唯一無二のモデル

500e2台
FIAT500e

500eは見た目の印象、ボディのサイズ感などがエンジンモデルの500との共通性を多く感じるため、エンジンモデルの500をベースにEV化したクルマだと思われがちですが、500eは96%が新設計で、部品共有はわずか4%に過ぎないといいます。

500eリヤスタイル
リヤハッチは比較的ねかされた角度となる

その4%というのは、たとえばワイヤーハーネスのコネクターであったり…というレベルだというのです。

新設計されたプラットフォームには42kWhのリチウムイオン電池を搭載、モーターは118馬力/220Nmのスペックでフロントセクションに積まれ、前輪を駆動するFWDとなります。

ボディタイプは2ドア+リヤハッチの3ドアハッチバックと、折りたたみ式ソフトトップを備えるオープンモデルの2種です。

新設計のEV用プラットフォームを開発したのであれば、さまざまなクルマへの発展が考えられますが、その計画は今のところはないというのです。

とはいえ、ステランティスの最大の強みは数多くのブランドで技術や部品、人材や設備を使えることにあります。プラットフォームがそのまま使われることはなくても、さまざまな技術やパーツは今後、ステランティス内で生かされていくことは間違いないでしょう。

●500eのデザイン:NUOVA 500との共通性も多く感じるウォームなデザイン

500eデザインスケッチ
玉子型の丸いデザインが大切にされていることがわかるスケッチ

500eはひと目でわかるように2代目500であるNUOVA 500や先代モデルの500と共通性のあるデザインが採用されています。

曲線と曲面で構成されたボディは、どこか動物的な印象を与えてくれます。エンジンが存在しないので、ノーズ部分はグリルレスとなります。ノーズ部分には2本のメッキバーがあしらわれ中央に500のロゴが配置されます。

500eヘッドライト
特徴的なデザインのヘッドライトまわり

特徴的なのはヘッドライトです。ヘッドライト本体はノーズ側に取り付けられますが、上部はスッパリ切り取ったような半楕円形となっています。

そしてその切り取った部分を補うように、ボンネットにまるで眉毛のようにデイタイムライトを取り付けています。ヘッドライトの斜め下には、頬紅をあしらったかのような楕円のリングが取り付けられ、この部分が点滅してウインカーとなります。

500eインテリア
インテリア全体からはモダンさを感じる

インテリアもじつに有機的です。インパネの素材はザックリとしたファブリックで、グッと張り出した筋肉のような盛り上がりが与えられています。

ポップグレードの場合はインパネの素材が樹脂パネルとなりますが、やはり曲面が強調された造形となります。

フロントシートはクッションとシートバックのセンター部分はフラットですが、サイドサポートはインパネ同様にグッと張り出した形状で抑揚にあふれています。

メーターはシンプルな単眼タイプですが、デジタル表示による情報量は多くなっています。ヘッドアップディスプレイも装備されますが、ちょっと表示が薄い印象でした。

●500eのパッケージング:小型車が得意なフィアットらしさがあふれる

500e斜め上フロント
この角度から見ると、前後共にフェンダーが大きく膨らんでいるのがよくわかる

フィアットは小さなクルマ作りに長けているブランドです。とくに乗用車については、小さなクルマを作り続けてきました。

最初の500は、当時の技術としては常識的だったFR方式としたことでコストは抑えられましたが、そのせいで2名定員となってしまいました。2代目のNUOVA 500では当時コストがかかるFF方式を避け、RR方式を採用することで低コストで4人乗りを実現しました。

3代目以降ではFF方式とすることで、より広い室内を獲得しています。

500eでは重量物となるバッテリーを床下に搭載、フロントにモーターを配置しフロントタイヤを駆動するFWDとなります。FFという呼び方はエンジンが非常に重量が重かった時代の呼び方だと言えるでしょう。EVではもっとも重量のある構成品はバッテリーなので、FFという呼び方よりFWDのほうがしっくりきます。

100年を超えるクルマ作りの知見はしっかり生かされていて、小さいボディながらも大人が乗ることができる後席や、きれいに折りたたむことで快適なオープンエアモータリングが楽しめるソフトトップなどは、さすがの作りという印象を受けます。

●500eの走り:コーナリングが気持ちいい 現代のトッポリーノ

500e走り
ビシッと引き締まったコーナリングが気持ちいい500e

コンパクトなボディの四隅いっぱいに配置されたタイヤ、よくよく見ればなかなか張りのあるボディ。

NUOVA 500や現代の500に乗ったことがない人でも、その走りのよさは直感的に感じることができるでしょう。

実際に走らせると、期待を裏切ることはありません。加速に関してはスーパーカー的なEVの加速はしませんが、必要にして十分な加速感で、コンパクトなボディを考えれば「おっ、速いな!」と関心させられるタイプのものです。

500e タイヤ
レンジに装着されるタイヤは205/45R17サイズのグッドイヤー・エフィシェントグリップ
500e2台俯瞰
ハッチバックもオープンもどちらも走りはキビキビしていて楽しい

そして何よりも気持ちいいのがコーナリングです。首都高のランプのようにちょっときつめだけど、踏んでいくとそれなりに速度が上げられるようなシチュエーションでは、路面にグッとタイヤが貼り付くようなコーナリングを披露します。これは紛れもなく重心が低いことによるもの。

500eオープン走り
ルーフをオープンにしても風の巻き込みは少なく、快適なオープンエアモータリングが楽しめる

500eはエンジンモデルの500に比べて300kgほど車重が重いのですが、それがネガティブ要素にはなっていないのです。

車重が重くなればサスペンションのスプリングを固くし、タイヤのロードインデックスをアップしなければなりませんが、そうした仕様変更と重心のダウンがじつにうまくかみ合ってこのハンドリングを生んでいます。

重量アップは絶対的速さに対して不利なのは間違いないですが、ハンドリングに関しては重量が何kgであるというよりも、どこに重心があるかのほうが大きく影響します。

初代500はハツカネズミのようにちょこまか走るということで、イタリア語のハツカネズミを表すトッポリーノの愛称がつけられましたが、500eもまさにトッポリーノのような走りが可能です。

500e フロアコンソール
走行モードの切り替えはフロアコンソールのスイッチで行う。クルマがコンパクトなので、この位置でもスイッチが遠いという印象はない

500eにはノーマル、レンジ、シェルパという3つの走行モードが用意されています。ノーマルはアクセルペダルを緩めた際にコースティング状態になるもの。レンジはしっかりと回生ブレーキが効いてワンペダルっぽい走りができるものです。

ノーマルという表現は従来のエンジン車に近いという意味で用いられていますが、EVっぽい走りということで考えると、レンジのほうがノーマルと表されてもいいでしょう。

シェルパは最高速度を80km/hにセーブしたうえで、エアコンやシートヒーターをオフにして走行距離を稼ぐモードです。充電量が減ってきて、目指す充電ポイントまで電気を節約すれば到達できると言ったときに使うものと考えればいいでしょう。

シェルパモードでもアクセルを床まで踏み込めばモードが速度制限は解除されるので、必要な状況での高速までの加速は可能です。

500e 充電口
充電口は右後ろで、クルマ側の充電口はコンボ規格(CCS1)で、アダプターを使ってCHAdeMOと接続するため、普通と急速に分かれていない
500eインパネ
シンプルな配置のインパネは乗車してすぐに各部の操作系が理解できる。唯一、戸惑うのはP、R、N、Dの切り替えボタンだ

乗り心地についてはしっかりと確保されています。なかなか硬めのサスペンションなのですが、動きに渋さはなく段差乗り越え時もしっかりと動いてショックを吸収してくれます。

ブレや振動面もよく抑えられていて、WLTCモードでの満充電走行距離335km程度ならそのまま移動できそうです(もちろん実際にこの距離を走るのは大変だと思います)。

オープンモデルは、トップを後方に折りたたむタイプです。窓枠は残るのでマツダロードスターのようにはならず、真横から見るとオープンしているようには見えません。

たとえて言うなら、オイルサーディンのような楕円の缶詰のように上側をくるくるっと巻き上げる感じの開き方です。

リヤにはガラスウインドウを備え、第1段階ではガラスウインドウを残した状態、第2段階ではガラスウインドウまでが開きます。第2段階まで開けてしまうと、ガラスウインドウがあった位置にソフトトップが畳まれるので、後続車が視界から消えてしまうのでちょっと不安。

この状態でパトカーなどに後ろにつかれたら、何も悪いことをしていなくてもドキドキしちゃうでしょう。

●500eのラインアップと価格:ボディタイプは2種 ハッチバックは2グレードあり

ポップ外観
16インチタイやが装備されるベーシックグレードのポップ

500eはハッチバックが2グレード、オープンが1グレードです。

とはいえ、ハッチバックのベーシックグレードとなるポップは受注生産ということなので、実質上はハッチバックボディのアイコンとオープンのオープン(オープンというグレード名なのです)の2グレードという感じです。アイコンとオープンの装備はほぼ同一です。

アイコン&オープンに装着され、ポップでは省略となる代表的な装備を列記しておきます。()内は置き換わるポップの装備です。

ポップインテリア
ポップはダッシュパネルが樹脂パネルとなる

・6スピーカー(4スピーカー)
・ワイヤレスチャージング
・アダプティブクルーズコントロール(クルーズコントロール)
・レーンキーピングアシスト
・トラフィックジャムアシスト
・トラフィックサインレコグニション
・ブラインドスポットモニタ
・センターアームレスト
・センターコンソールリッド
・ウェアラブルキー
・ヘッドレスト付き5:5分割可倒式リアシート
・360度パーキングセンサー

●500eのまとめ:5ナンバーサイズで43.0kWhの電池はかなり魅力的

クルマの肥大化が進むなかで、全長3630mm、全幅1685mm、全高1530mmと、5ナンバーサイズに収まる500eのボディは、日本の道路での使い勝手はバツグンにいいものです。比較的サイズの近いホンダeは全幅が1750mmとちょっと広くなります。

ただしホンダeはリヤモーターとすることで、ハンドル切れ角を確保し最小回転半径を4.3mと小さくしています。500eの最小回転半径は5.1mと数値的にはかなり差があります。

最小回転半径というのはタイヤの中心が描く軌跡でボディの四隅が通るギリギリの寸法ではありません。最小回転半径が大きめであっても、1685mmというナローな全幅はさまざまな面で有利となるはずです。

一方、今年中には日産&三菱から軽自動車のEVが登場する予定という面も見逃せません。500eに搭載されるバッテリーの容量はホンダeよりも大きな43.0kWhで、新しく登場する軽自動車もさすがにここまでのバッテリー容量とはならないはずです。

ホンダeより小さいボディでホンダeより容量の大きいバッテリーを積む、フィアット500eのボディサイズ&バッテリー容量のバランスは絶妙といえるでしょう。

500eトランク内部
普通充電ケーブルはラゲッジルームフロア下に収まる。市販時はここに充電アダプターがプラスされる

価格はポップが450万円、アイコンが485万円、カブリオレが495万円となりますが、国からの補助金が65万円支給されます。

また、現状では500eは購入はできずに「FIAT ECO PLAN」というサブスクリプション型リースか、「パケットFIAT」というカーリースを使って乗ることになります。

両タイプともに一般整備料金や車検時整備費用、ブレーキフルードやポーレンフィルター(エアコンフィルター)は2年事、ワイパーは1年ごとに交換、補機用バッテリーやブレーキパッドは必要に応じて交換されます。

FIAT ECO PLAN
FIAT ECO PLANでの支払い例。実際は地方自治体の補助金の額などによって、変化するので、参考としてもらいたい

「FIAT ECO PLAN」は5年契約の任意保険もセットとなったプランながら、半年ごとの更新月に所定の追加料金を支払えば早期終了も可能。

「パケットFIAT」は任意保険の等級が高い人向けのプランで、5年契約の一般的なカーリースとなります。

「FIAT ECO PLAN」「パケットFIAT」ともに65万円の補助金はもちろん、地方自治体の補助金(昨年の例だと東京都の場合は45万円)などについても、ディーラー側がすべて手続きを行ってくれる方式となっています。

(文:諸星 陽一/写真:諸星 陽一、小林 和久、ステランティス)

この記事の著者

諸星陽一 近影

諸星陽一

1963年東京生まれ。23歳で自動車雑誌の編集部員となるが、その後すぐにフリーランスに転身。29歳より7年間、自費で富士フレッシュマンレース(サバンナRX-7・FC3Sクラス)に参戦。
乗って、感じて、撮って、書くことを基本に自分の意見や理想も大事にするが、読者の立場も十分に考慮した評価を行うことをモットーとする。理想の車生活は、2柱リフトのあるガレージに、ロータス時代のスーパー7かサバンナRX-7(FC3S)とPHV、シティコミューター的EVの3台を持つことだが…。
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