大阪に世界初の自動改札/文豪芥川龍之介生まれる/最も古い自動車会社ダイハツ創業!【今日は何の日?3月1日】

■世界初の自動改札は大阪阪急電鉄の北千里駅

1967(昭和42)年3月1日、大阪の京阪神急行電鉄(現、阪急電鉄)の北千里駅に、世界初の自動改札機が設置されました。1970年に開催される大阪万博のために自動化を進めた、という経緯があるようです。オリンピックなど国際的なイベントがあると、必ずインフラが整備されたり急速に技術が進むことがよくあります。ここ数年で日本の自動運転が急速に進展したことにも、東京オリンピック開催が影響しているようです。

さて、3月1日に生まれたのは、女優の中山美穂、タレントの加藤茶、ラグビーの五郎丸歩、劇作家の菊田一夫、作家の芥川龍之介、米国シンガーのジャスティン・ビーバー、作曲家のフレデリック・ショパンなどです。本日紹介するのは、誰もが知っている文豪の芥川龍之介です。

●芥川賞で有名な大正時代屈指の文豪、芥川龍之介が誕生

芥川龍之介(C)Creative Commons
芥川龍之介(C)Creative Commons

芥川龍之介は1892(明治25)年3月1日、東京中央区の牛乳製造業を営む家庭の長男として生まれました。生後間もなく母親が病気となり、母方の芥川家に預けられ、11歳の時に母が逝去したことを機に芥川家の養子となりました。1913年に東大英文科に入学し、高校時代の同期の菊池寛や久米正雄らとともに同人誌「新思潮」を立ち上げ、作家活動をスタート。代表作の「羅生門」は在学中23歳の時の作品、24歳の作品「鼻」は夏目漱石が絶賛したことでも有名です。

芥川龍之介は教育的な作風や人間の苦悩や人のエゴ、欲望をテーマにした作品を多く残しています。また分かりやすい筋書きの児童小説も残しており、「羅生門」や「蜘蛛の糸」などは教科書などで扱われています。

ただ私生活では、女性問題や家族問題などを抱えて、最後は自殺という結末で35年の生涯を終えてしまいました。特に小説に興味のない人でも、芥川龍之介の小説を読んだことがあるのではないでしょうか。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?

●量産車メーカーとしては日本最古のダイハツ創業!

ダイハツの起源は、今から115年前の1907(明治40)年3月1日まで遡ります。起源は国産の発動機(エンジン)を製造するために、当時の大阪高等工業学校(現、大阪大学工学部)校長である安永義章博士や機械科長の鶴見征四郎らによって創立された「発動機製造株式会社」です。

1957年発売の小型3輪「ミゼット」
1957年発売の小型3輪「ミゼット」
1965年にデビューしたイタリア車風「コンパーノ・スパイダー」
1965年にデビューしたイタリア車風「コンパーノ・スパイダー」

創業年の1907年には国産初の吸入ガス発動機を製造し、1930年に自社製エンジンを搭載した3輪自動車「HA型(ダイハツ号)」を発売して自動車市場に参入しました。1951年にダイハツ工業に改称し、1957年に発売した軽3輪の「ミゼット」が大ヒットして、1963年には「コンパーノ」で4輪乗用車にも進出します。ダイハツという名前は、他の発動機と区別するために顧客が「大阪の発動機」と区別して呼び、それを詰めて「大発(ダイハツ)」と略称したことに由来します。

2002年にデビューしたオープンスポーツ2代目「コペン」
2002年にデビューしたオープンスポーツ「コペン」
2003年にデビューしたスーパーハイトワゴン「タント」
2003年にデビューしたスーパーハイトワゴン「タント」

1967年にトヨタと業務提携を結びトヨタの子会社になりましたが、「ミラ」、「ムーヴ」、「コペン」、「タント」、「キャスト」など、軽自動車においては販売トップの座に君臨しています。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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