世界初の有人気球飛行/KFC日本1号店オープン/トヨタ初のトラック「G1トラック」発表!【今日は何の日?11月21日】

■パリで世界初の有人気球飛行、ケンタッキー・フライド・チキンの日本1号店がオープン

気球
気球

1783(天明3)11月21日、フランスのモンゴルフィエ兄弟が製作した熱気球が、人類史上初となる有人飛行に成功しました。パリ郊外のブローニュの森から飛び立った熱気球は、25分間かけて8kmを飛行したそうです。熱気球に乗ったのは、科学者ピラートル・ド・ロジェと軍人フランソワ・ダルランドの2名で、2人は人類で初めて空を飛んだ人間として歴史に名を残しました。ちなみに、時の国王ルイ16世は危険だから囚人を乗せたらと提案したそうですが、2人は記念すべき初飛行を汚してはいけないと自ら搭乗を志願したそうです。囚人を乗せたらとは、今では考えられない話ですね。

カーネル・サンダーズ像(C)Creative Commons
カーネル・サンダーズ像(C)Creative Commons

また1970(昭和45)年のこの日、名古屋市郊外に日本初のケンタッキー・フライドチキン(KFC)の第1号店がオープンしました。フライドチキンのスパイスの種類や調合率などは一部の人にしか知らされてないというのは有名な話ですね。ちなみにKFCは世界で初めてフランチャイズ方式を採用した会社として、その成功モデルは各方面の模範となっているそうです。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?

●トヨタ初のトラック・G1型トラックの発表会を開催!

1935年(昭和10)年のこの日、トヨタ(当時は豊田自動織機製作所)が東京の東芝ガレージで「G1型トラック」の発表会を開催しました。トヨタ自動車の実質的創業者の豊田喜一郎氏は、「日本人の手で日本に合った日本人のための国産車を作る」という崇高な理念のもと、エンジンからボディまで完全オリジナルの乗用車の開発を目指していました。

1935年に発表されたG1トラック
1935年に発表されたトヨダG1型トラック
トヨタG1型トラック
トヨダG1型トラック

ところが当時は戦時中であり、政府が求めたのは軍事にも使用できるトラックでした。トヨタは、政府からトラック製作の強い要請を受けたため、急遽乗用車とともにトラックの開発も進めることになりました。1934年にA型エンジンが完成し、それを搭載した試作車の「乗用車A1型」が1935年5月に出来上がりました。しかしトラックの市販化を優先し、同じくA型エンジンを搭載した「G1型トラック」を完成させ、1935年の11月21日に発表したのです。

G1を改良した1936年発売のGA型トラック
G1を改良した1936年発売のGA型トラック

G1型トラックは、当時としては先進的な流線形のスタイルを採用したボンネット型トラックでした。シャシーはフォードのシャシーを模して製作。シボレーエンジンがベースのA型エンジンは、排気量3.4Lの水冷直列6気筒OHVで最高出力65PS/3000rom、最大トルクは9.4kgm/1800rpm~2000rpmを発揮しました。

トヨタ初の乗用車、1936年発売のAA型
トヨタ初の乗用車、1936年発売のAA型

G1トラックは発表前の1935年8月から生産を始めていましたが、不具合が多く、加えて生産体制や販売体制が不十分なため、最終的には総生産台数は379台にとどまりました。翌年の1936年9月にトヨタ初の乗用車「AA型乗用車」とともに改良型の「GA型トラック」を発表し、本格的な大量生産に移行しました。

当時国産車といってもほとんど輸入部品で作られたものでした。トヨタがこだわったのは純国産のクルマであり、米国製モデルを参考にして、試行錯誤のクルマづくりであったことが想像できますね。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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