ハロウィンは元々何の祭?/新幹線が時速200km/hを記録/日産セドリックに国内初のターボ搭載!【今日は何の日?10月31日】

■新幹線が試験走行で200km/hを記録!

10月31日はハロウィンです。日本では、多くの若者が仮装をして楽しむ日になっていますが、本来はキリスト教の聖人に祈りをささげる「万聖節」の前夜祭として行われる神聖な日なのです。先祖の霊をお迎えするとともに悪霊を追い払うお祭りで、日本のお盆のような行事です。10月31日の夜、先祖の霊が家族に会いに戻ってくるときに悪霊も一緒に来るので、悪霊を追い払うためにお面を被ったり、変装するようになったそうです。かぼちゃを怖い顔にくり抜いて蝋燭を立てるのも同じで、魔除けの役割があるそうです。

また1962年(昭和37)のこの日、試験中の東海道新幹線が日本の鉄道史上初となる時速200km/hを達成しました。さらに翌年1963年3月30日には、当時の世界記録となる256km/hを記録しています。この勢いのまま1964年の10月1日に東海道新幹線が開通、10月10日に東京オリンピック開催の運びとなりました。日本としては東京オリンピックの前に、何としてでも世界最速の鉄道車両を走らせたかったのでしょう。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?

●国内乗用車初のターボを搭載したセドリック登場!

1979年発売のセドリックターボ
1979年に発売されたセドリック・ターボ
1979年発売のセドリックターボの後ろ外観、高級感溢れる4ドアセダン
セドリック・ターボの後ろ外観。高級感溢れる4ドアセダン

1979(昭和54)年のこの日、日産の5代目「セドリック」とその姉妹車「グロリア」に、国内乗用車としては初のターボチャージャー搭載モデルが追加設定されました。

初代セドリックは、日産のフラッグシップとして1960年にデビュー。トヨタの「クラウン」とともに、日本の高級車市場を二分する存在でした。1979年6月にはフルモデルチェンジして5代目が登場。そこから4ヵ月遅れて、ターボ搭載モデルが投入されたのです。

1979年発売のセドリックターボの運転席周り、メーターやスイッチが豪華さを演出
1979年発売のセドリック・ターボの運転席周り、メーターやスイッチが豪華さを演出

1970年代は、オイルショックや排ガス規制が強化されて環境性能が重視された時代です。そのため、出力向上のためのターボエンジンは当時の運輸省(現、国交省)の認可がなかなか下りませんでした。そこで日産は、高出力のためでなく、中低速トルクを増大して低燃費と性能のバランスを取ったターボという説明で認可を受けました。現在のダウンサイジングターボに近い考え方ですね。

1979年発売のグローリア、セドリックの姉妹車
1979年発売のグロリア。セドリックの姉妹車

ターボエンジンは、従来の2.0L 直6 OHCをベースに圧縮比を9.5から7.3に抑えるなど過給機仕様にチューニング。過給圧は控えめながら、最高出力145PS(ベースエンジンに対して15PSアップ)、最大トルクは21.0kgm(4kgmアップ)を発生。専用セッティングのミッションやハードサスペンションを搭載したターボモデルは、2.8L 直6 OHCエンジンよりもスポーティな走りができるモデルとして人気を集めました。

ターボエンジン追加と前後して、2.8Lの直6 OHCディーゼルエンジンも追加設定されるなど、高級乗用車として選択の幅を広げながら着実に完成度も高めた5代目セドリック。販売面では、クラウンには及びませんでしたが、堅調な販売を記録しました。

セドリックのターボ化は、日本市場に大きな影響を与えました。これが起爆剤となって、各メーカーが堰を切ったようにターボモデルを投入、1980年代の高性能時代が幕明けたのです。

毎日が何かの記念日。それではまた明日!

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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