三菱パジェロの弟分「パジェロイオ」登場。北里柴三郎博士がペスト菌発見【今日は何の日?6月15日】

■ベンジャミン・フランクリンが凧の実験で雷が電気であることを証明

ベンジャミン・フランクリンと雷(C)Creative Commons
ベンジャミン・フランクリンと雷(C)Creative Commons

1752(宝暦4)年6月15日、実業家/政治家/科学者であった米国人のベンジャミン・フランクリンが、凧を用いた実験で雷が電気であることを証明しました。雷の日に凧を揚げ、雲の粒同士の摩擦で発生する雷の静電気を、凧を通してライデン瓶(コンデンサーのようなもの)に集めることに成功したのです。非常に危険な実験で同じような実験によって何人かが命を落としたそうです。

北里柴三郎博士(C)Creative Commons
北里柴三郎博士(C)Creative Commons

また1894(明治27)年のこの日、ペストが大流行していた香港に派遣された北里柴三郎博士がペスト菌を発見しました。またペスト患者の家にネズミが多いことに気づいて、ペストが広がる原因であるネズミを駆除することが有効であることも突きとめました。博士はネズミを退治するため、みんなにネコを飼うことをすすめたそうです。今どきは逆にやられてしまわないか心配ですが(笑)。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?

1998(平成10)年6月15日、三菱自動車から「パジェロイオ(io)」が発売されました。

1998年発売のパジェロイオ
1998年発売のパジェロイオ
1998年発売のパジェロイオ(Rear View)
1998年発売のパジェロイオ(Rear View)

三菱は、パリダカの大活躍などでRVブームを牽引、大ヒットしたパジェロのシリーズ化を図りました。まず軽SUV「パジェロミニ(mini)」を1994年に、コンパクトSUV「パジェロジュニア(Jr)」を1995年に投入しました。ただし、パジェロジュニアは軽のミニをベースとしたため室内空間が狭いなどの問題から販売は振るわず、1998年に生産終了しました。

パジェロジュニアと入れ替わる形で後継車として登場したのが、パジェロイオです。シャシー/ボディを新設計し、パジェロのダイナミックなフォルムを継承したコンパクトSUVを目指しました。パワートレインは、当時三菱が訴求していた1.8L GDI(ガソリン筒内噴射)エンジンと電子制御4速ATの組み合わせ。駆動システムには、パジェロの4WDシステムの軽量小型化を図った新開発の4WD「スーパーセレクト4WD-i」を採用しました。

1991年発売の2代目パジェロ
1991年発売の2代目パジェロ
1994年発売のパジェロミニ
1994年発売のパジェロミニ

パジェロとパジェロミニの中間に位置する手頃なちょうど良いサイズのSUVとして、発売後1ヶ月の受注は5,800台を超える好調なスタートを切りました。その後も商品力強化を図りましたが、徐々に販売は低迷し、残念ながら2007年に1代限りで生産を終了しました。

パジェロは欲しいけど大きすぎて高い、もっとコンパクトなパジェロが欲しいという要望に応えて登場したパジェロイオ。しかし、2000年を過ぎて本家パジェロの人気に陰りが見え始めると、兄弟車も人気を維持するのは難しくなりました。「親亀こけたら皆こけた」という感じでしょうか。

毎日が何かの記念日。それではまた明日!

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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