水素エンジン、斯く戦えり。世界初の水素エンジンレーシングカーでトヨタの社長がレースを走った【スーパー耐久2021】

■世界初のレース参戦なれど、まだ研究段階の水素エンジン

5月22日(土)、23日(日)に富士スピードウェイで決勝レースが行われた「スーパー耐久シリーズ2021 Powered by Hankook 第3戦 NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース」。その富士24時間レースの中で歴史的な出来事が起こりました。

水素エンジン搭載のカローラスポーツ
水素エンジン搭載のカローラスポーツ

ROOKIE RACINGから、世界初の水素エンジンを搭載したレーシングカー(カローラスポーツ)がレースデビューを果たしたのです。

水素エンジンはヤリスのガソリンエンジンを改造したもの
水素エンジンはヤリスのガソリンエンジンを改造したもの

このマシンに搭載されるエンジンは、水素を燃焼させて出力を得るということでは内燃機関となりますが、一切の有害物質を含んでいない「水」が排出されるということで、カーボンニュートラル実現の一つの手段としてトヨタが研究しているものです。

実際のエンジンはGRヤリスに搭載されている3気筒 1.6リッターターボエンジンG16E-GTSをベースに、燃料の供給系と直噴のインジェクターを水素用に変更し、スパークプラグも水素用に最適化したものに変更しています。

出力的にはベースとなるG16E-GTSと同じ272馬力を発生させることが出来るとのことですが、富士24時間レースに際しては耐久性を考慮して出力を少し絞っての参戦としたようです。

モリゾウ選手
モリゾウ選手とTGR佐藤プレジデント

決勝レース前の記者会見でTOYOTA GAZOO RACINGの佐藤恒治プレジデントは「レースに出たからといってスポーツカーに採用する技術とは言い切れない」としています。水素エンジンは特徴として低回転域のトルクが強いということらしく「中型トラックなどに最適なソリューション」としています。

なぜそのようなエンジンをレースで走らせるのかということについて、実際にマシンを走らせるROOKIE RACINGのチームオーナー、モリゾウ選手ことトヨタ自動車社長 豊田章男氏は「レースという極限環境で走らせることで研究の速度が一気に加速する」としています。

実際に実用化するにはまだまだ研究を重ねる必要があるという水素エンジンですがレース、それも24時間という長丁場の過酷な環境に晒すことで、問題点を出していこうということなのです。

●マイナートラブル頻発?

5月21日(金)に行われる予定であった公式予選が悪天候のためにキャンセルされてしまいます。

TVカメラなどに囲まれるグリッド上の水素エンジン搭載カローラ
TVカメラなどに囲まれるグリッドの水素エンジン搭載カローラ

そのため水素エンジンを積んだROOKIE RACINGのカローラスポーツがどのくらいのタイムで、予選グリッドのどの位置につけるのかということがわからないまま、2021年のこれまでのランキングと4月に行われたテストのデータでスターティンググリッドが決定されました。

TVカメラなどに囲まれるグリッド上の水素エンジン搭載カローラ
TVカメラなどに囲まれるグリッドの水素エンジン搭載カローラ

水素エンジンを積んだROOKIE RACINGのカローラスポーツは、クラスとしてはST-Qと設定。トヨタ86が参戦するST-4クラスとマツダデミオやロードスターが参戦するST-5クラスの間にスターティンググリッドが設けられました。

富士24時間レーススタート時の水素エンジンカローラ
富士24時間レーススタート時の水素エンジンカローラ

そして22日(土)の15時に富士24時間レースのスタートが切られます。

走行タイムはおおむね2分4~5秒台、モリゾウ選手でも7秒台と、ST-5クラスのマツダロードスターより少し速いというタイム。ベースエンジンのGRヤリスは1分56秒台で走行していますが、これはエンジンの出力調整以外に様々な計測器や水素用のタンクの重量増が200kgほどあるためとのことです。

重量増があり、なおかつ研究段階の技術というのに、レーシングスピードで走ることが出来る実力はかなりのものではないかと思われます。

水素エンジン搭載カローラスポーツ
水素エンジン搭載カローラスポーツ

しかし日が沈むころに電気系トラブルが発生し長時間のピットワークを余儀なくされ、またその後もピット作業を多く繰り返すこととなります。電気系のトラブルといっても致命的なものではなく、水素特有のマイナートラブルで、インジェクション交換やプラグ交換で対応していったとのことです。

夜間走行の水素エンジン搭載カローラスポーツ
夜間走行の水素エンジン搭載カローラスポーツ

そんな状況を乗り越えながら夜通し走る水素エンジンカローラスポーツは、モータースポーツの速さ以外のもう一つの側面である「技術を作るということ」を、今の時代にもう一度呼び起こしてくれていると感じざるをえません。

●実は燃費が課題?

結論から言うと水素エンジンカローラスポーツのレース周回数は358周で(総合優勝のDAISHIN GT3 GT-Rは763周)水素充填回数は35回。つまり10周に1回の水素充填が必要ということになります。また充填時間は合計で4時間以上。1回あたり約7分ということになります。

水素充填の様子
仮設水素ステーションでの水素充填の様子

リアシートをすべて潰して搭載される水素タンクは、新型MIRAIよりも容量の多い180リッターほどとのこと。水素充填で6kgほど入る計算となっています。

レーシングスピードで走ると、タンクからエンジンに送られる水素の量は、新型MIRAIが市街地走行する量とは比べ物にならないというのは想像に難くありません。が、その際に水素自体の温度が下がり圧力も低下するということが起こるために、燃焼に使った水素以外に、圧力低下等の要因も重なって10周に一度の水素充填が必要となるようです。

しかし、この部分はこれからの技術開発で解消されるものだとのことです。

水素エンジン搭載のカローラスポーツ
水素エンジン搭載のカローラスポーツとマツダデミオディーゼル

水しか排出しない水素エンジンもエコカーという見方をすれば、スーパー耐久ではクリーンディーゼルのマツダデミオが参戦し、マツダロードスターから約2秒ほど遅いタイムながら好燃費で給油量を削減し、ピットストップを減らすことで24時間をクラス4位という成績を残していますが、やはり加速時にはディーゼル特有の黒煙を吹いてしまいます。この2台の給油回数と排出物質は対照的といえるでしょう。

●24時間レースを完走した水素エンジン

インジェクション交換などのピット作業と、水素充填などによる合計時間は12時間6分におよび、走行時間は11時間54分ということにはなりましたが、水素エンジンのカローラスポーツは24時間レースのチェッカーフラッグを無事にくぐり抜けることが出来ました。

24時間レースのチェッカーフラッグ
24時間レースのチェッカーフラッグ

基本的なベースはガソリンエンジンでありながら、パーツを変えることで水素を燃料として使えるということを見せてくれた水素エンジンのカローラスポーツ。本来の目的とは違うかもしれませんが、自動車の音と振動というノスタルジーを残しながらゼロエミッション、カーボンニュートラルを実現できるという意味では、マニア待望の技術かもしれません。

参加者から祝福を受ける水素エンジン搭載カローラとモリゾウ選手
参加者から祝福を受ける水素エンジン搭載カローラとモリゾウ選手

このチャレンジは多くの参戦者から共感を得たのでしょう。チェッカー後にパルクフェルメへと向かうピットロードでは、ほかの参戦チームのメンバーからもタッチを求められるというシーンを見ることが出来ました。

モリゾウ選手ことトヨタ自動車社長 豊田章男氏
モリゾウ選手ことトヨタ自動車社長 豊田章男氏

自らもこの水素エンジンのカローラスポーツをドライブしたモリゾウ選手は、レース後の記者会見で「モビリティのカーボンニュートラルが全て電気モーターによるものとは限らない。これまでの自動車産業が培った技術から選択できるものである」と語っていたのが印象的でした。

この水素エンジンによるレースチャレンジは、仮設の水素ステーションの設置が出来るサーキットであればこれからも続けていきたい、とのこと。

また今回の水素は福島県浪江町で自然エネルギーだけで製造されたものを使っており、水素の製造工程でもカーボンフリーを実現できているとのことです。

水素充填の様子
仮設水素ステーションでの水素充填の様子

未来への選択肢のために行うレースというものも存在します。自動車黎明期のモータースポーツが100年に一度の自動車変革期に再びやってきたのではないでしょうか。

夜明けごろの水素エンジン搭載カローラスポーツ
夜明けごろの水素エンジン搭載カローラスポーツ

これからも新技術開発というチャレンジが、モータースポーツでなされることを応援していきましょう。

(写真・文:松永 和浩

この記事の著者

松永 和浩 近影

松永 和浩

1966年丙午生まれ。東京都出身。大学では教育学部なのに電機関連会社で電気工事の現場監督や電気自動車用充電インフラの開発などを担当する会社員から紆余曲折を経て、自動車メディアでライターやフォトグラファーとして活動することになって現在に至ります。
3年に2台のペースで中古車を買い替える中古車マニア。中古車をいかに安く手に入れ、手間をかけずに長く乗るかということばかり考えています。
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